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夜光浴びる貴方へ  作者: 紫雪
23/27

23.話し合い2

「…ボディタッチ、多くないですか?」


 無意識に敬語になってしまった。正直、こんな空気の時にする話じゃないと思う。けど、ふざけて流されるような時にもしたくはない。向かいの宵くんは目をぱちくりさせながらも、「続けて」と言ってくる。


「アンダー向かう時はそういう設定だったけど、家帰ってからも、なんか、頭とか、な、撫でてくる、から」


「もしかして、アンダー行く時から嫌だった?」


 そんなことはない。私は首を左右に振り、否定する。


「ううん。設定って割りきってたし、宵くんに下心無いって分かってたから、嫌じゃなかった」


 宵くんは守るために腕を組ませてくれていた、思い込んでるとかじゃなくて、本当にそうなのだ。けど。


「けど、やっぱりちょっとびっくりするっていうか、そんな男の人と距離近いことないし」


 兄さんはあの通り。無口でクール、頭撫でるとか絶対ない。小さい頃は結構かわいがってくれてたんだけど。


「うん、そっか」


 宵くんは頷いた。反省してるようにも、嬉しそうにしてるようにも見えた。


「ごめん」


 言い訳することなく、ぽつりと言葉にした。


「何のごめん?」


「驚かせて。俺も、触りたくて触ったんじゃない、と思う」


「どういうこと?」


 私が尋ねると、宵くんは「言い訳になる」と言って口を閉ざした。私はもうそこで聞くのを諦めたりしない。言ったのはそっちなんだから。


「話して、私は理由が聞きたいの」


 聞きたいから、気遣ったりしない。私は言うと、宵くんはこっちを見た。


「そう言ってくれて嬉しい」


 気遣わない私を歓迎する。それでも私は本題から逸れないように、まっすぐ目を合わせた。


 しばらくの沈黙が続き、宵くんは、頬を、少し赤くし、目を逸らした。


「……シュー、みたいだなって」


「はい?」


「……人って感じより、猫とか、動物みたいだなって思って」


 かわいがりたくなっちゃった、と宵くんは顔の前に両手を広げ、覆う素振りを見せた。きゃー言っちゃった、と仕草で表現してくる。対して私は何も追いつかない。


「え?どういうこと?私がシューみたいって」


 人と猫なんざ近しい要素など何も無いのに、と思うけど、宵くんは照れてる。


「……言葉にするの恥ずかしいんだけど」


 今更何を。こっちだって、まさか猫のようだと言われるとは思ってもいない。質問する側が恥ずかしいまである。むっとすると、諦めた宵くんが手を戻し、唇を噛んだ。


「……癒し、系?話してて、とてもメンタルが安定するというか」


 言語化されると本当に恥ずかしい。私が話さなければ続くであろう沈黙が怖かったが、宵くんはそのまま話し続けた。


「…心ちゃんの考え方は、俺には無くて。聞いててネガティブになりそうなところを、助けてもらえて、ます」


 敬語になっちゃった。絶対宵くんが年上なのに。私だって使わざるを得ない。


「それなら、良かった、です」


 ああもう。こんな関係じゃないのに。一日で目まぐるしくこの人との距離感が変わっていく。難しいし、大変。だけど、それは相手もきっと同じ。近づいて遠のいて、そうやって仲良くなれたら。


「でも、心ちゃんが気になるようだったなら気をつける。本当にごめん」


「いや、いいの。触んないでって訳じゃなくて」


 なんかこう、もっと、自然に。


「設定上いとこで、私は人で。いとこの人間を、猫のように扱うのはちょっと違うんじゃないかなって思っただけで」


 こんな言い方だと人以外のいとこが彼にいるようだ。おもしろい。違うことは、分かってくれてる。


「そうだよね、ごめん」


「いいよ。これからいとこ()っていこう」


 私が言うと、宵くんは笑った。厄介なほどに美しすぎる顔。仲直り?も上手くいったので、私はふと尋ねてみる。


「頭撫でたのはなんで?シューっぽくても、触ることが目的じゃないって」


 触りたくて触ったんじゃないってことは、撫でる、という動作がメインじゃないってことだ。宵くんはしばらくうーんと考え、そして目を合わせてきた。


「感謝の手段、って言っちゃえば俺的にしっくり来るかも」


「どういうこと?」


「今日、救助手伝ってくれてありがとう、一緒にご飯食べてくれてありがとう、明るい言葉をくれてありがとう、とか、そんな感じ」


 私も、かわいがるよりしっくり来た。下心が無いと分かったのは、その気持ちが全面に出てたからか。


「それなら、まあ」


 なんだか過剰に反応してしまったようで恥ずかしい。宵くんは立ち上がり、寝ているシューに近づく。


「でも、心ちゃんが気にしてたなら、教えてくれて良かった。感謝なんて、もっと他の方法で伝えられるもんね」


 宵くんが抱き上げると、シューは伸びながらも腕の中で丸くなって、宵くんはよしよしと撫でる。


「かわいがりたいとか、守ろうとか、色々あるけど。言葉で表現するよう努めるよ」


 顔を横に向けてこちらを見てくる。


「心ちゃんももっと俺に伝えてよ、かっこいいとかかっこいいとか」


「言われ慣れてるでしょっ」


 何言ってんの、と私が笑うと宵くんは「顔バレしないとそうでも無いのよ」と苦笑いした。その顔で歩けば黄色い声は飛んでくるようだけど、直接伝えてくる人は少ないらしい。あら残念。


「まあ、部屋貸してくれてありがとうございます」


 私が他人行儀に礼をする。宵くんもうんうんと頷いた。


「貴重なんだからね、知らない人なんか入れるつもりなかったんだから」


 私がアンダーを変える、などと言ったから入れてくれた訳じゃなく、ほとんどは宵くんの良心からこうなっていると身に染みて感じる。


「いつもは誰入れてるの?」


「日比とかかな、基本同業者。徹夜で泊まってったりもするけど、女の子も居候も心ちゃんが初めて」


 なるほど、なんかあれっぽい。


「事件の匂いがする」


「まあ事件背景は揃ってるわな」


 宵くんは笑っている。初めてとか言われてドキッとしないあたり、その可能性は低い。


「同棲してた彼女に刺されましたとか、この辺じゃよくあることでしょ?」


「まあね。同業者でもそういうのいた」


 まじか。急にリアリティ増してびっくりする。宵くんは思い出すように「あいつは確かにクズだった」と頷いてる。


「私は彼女じゃないし同棲じゃないし心配ないね」


「俺もクズじゃないしね」


 クズじゃないどころか、優しすぎるほど。あ、事件といえば。私は宵くんに訊きたかったことを思い出す。


「宵くん」


「なに?」


「MOREについてなんだけど」


 宵くんは黙った。シューに顔を向けていて表情は分からない。


「宵くん?」


「今日は遅いから、もう寝な」


 MOREについて話したくないのだろうか。配信ではちゃんと話題として取り上げていたけど。第一、お昼に起きた私はまだ眠くない。


「私は起きていられるよ」


「生活リズム整えなきゃ。また明日」


 そう言って宵くんはシューを降ろす。歯磨きのためか洗面台に向かった。リビングに残された私は、ふう、とため息をついて、自分の部屋から歯ブラシを取りに行った。


 気を遣わないことで私たちは信頼関係を築く。でも、相手が避ける話題は無理に話さない方がいい。


 気まずいと思いつつ同じように洗面台に向かう。開けっ放しのドアの向こうでシャカシャカ音がする。そーっと覗いてみると、宵くんは目線だけをこちらに向けてきた。


「…ごめん。話したくないこと言って」


 宵くんは歯を磨き続ける。代わりに、洗面台の前から一歩後ろに下がったので、私も歯磨きを続ける。


 シャカシャカ。


 2人して並んで正面を向く。


「へふひははひはふはひはへははひ」


 宵くんが言った。何となくの意味を感じ取り聞き返さない。代わりといってはなんだけど、横にいる宵くんを見る。宵くんもまた、こっちを見てくる。だが、また鏡の方を向いて、シャカシャカ。そしてもう一度言ってきた。


「ひひひはふへひひはは」


 私は1度うがいをして、宵くんの方を向く。


「気にしてないよ。大丈夫」


 宵くんもうがいをした。


「…MOREのことは、話すと長くなるし、簡単には話せない。心ちゃんは、知って損すると思う」


 そんな風に言われるとは思ってもいなかった。


「損って?」


「知ってるだけで、誰かに襲われたり、されなくてもその対象になったり。一般人が知っていいことはない」


「宵くんはなんで知ろうとするの?」


 宵くんは少し考えて、歯磨きを片付けた。私は再びシャカシャカする。


「仕事だから」


鏡越しに宵くんを見ると、いつになく真っ直ぐな瞳をしていた。ただ、その視線の先は、鏡の中の彼だ。もっと言えば、その奥にいる何か。


「もしかして、配信観てた?」


 少しだけ、そう手や首でリアクションをすると、くくくっ、と宵くんは例の悪魔のような笑い方をした。


「心ちゃんが知りたいなら明日起きてから教えてあげる。アンダーを変えることに繋がるのはほぼ確実だけど、知っちゃったらもう引き返せないからね」


 私は強く頷くと、宵くんはポンと、私の頭に軽く手をのせる。


「じゃあ、おやすみ」


 そう言い残して、自室に戻って行った。


 MOREについて知ることができる。宵くんはどこまで知っているのか。私はもう、MOREが始まった最初っから、MOREに関わる覚悟を決めている。


 アンダーの破壊に繋がるなら、尚更避ける訳にはいかない。


 頭には手の感触が残る。どんな意味を持つのか、私は考えないように部屋に戻った。

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