21.配信
宵くんの配信は、9時10分頃から始まった。壁の向こうから声が聞こえる。私は気配を消すように、シューと一緒にソファーの上で固まっていた。
ミラに返事をすることもこの時間やりたいことの一つだが、私はつい好奇心から、壁の向こうでどんな会話がされているのかを聞くことにした。
「掃除屋」のSNSから配信専用サイトに入る。3000人程が視聴していたけど、それが多いのかは分からない。私もイヤフォンを経由して、こっそり聴いてみる。
『ははっ、それもあるかもね。いーじゃん』
私が入ったタイミングが悪かったのか、宵くんは何かひとつ話をした後のようで、私は何か置いていかれた気持ちになる。
視聴者によるコメントは肯定の意を示している。たまにアンチの人が宵くんを非難したりバカにしたりしているけど、「掃除屋」はそんなこと1ミリも気になっていない様子だった。あーと空気を気づかい、そして口を開く。
『今日は普通に雑談しようと思ってたんだけど』
宵くんは少し間を置いて、そして息を吸う音が聞こえた。
『一斉補導から1日経ったけど、お前ら、どこでこれ聴いてる?』
本来の掃除屋はこっちだ。掃除屋の目的はアンダーを綺麗に保つこと。つまり、アンダーたちがあの場所にたむろうことは否定派だ。コメント欄には、行っていないという声が多い中、気になって行った、いつも行ってるから行ったなどとというものもあった。
『うん、うん。あーやっぱり今日行ってないって人多いか』
とあるコメントには、「掃除屋は犯人探ししないの?」とあった。どうやら一斉補導は警察の自主的な活動ではないらしい。宵くんは、このコメントを拾った。
『犯人探ししないの、あーね。他の配信者は結構してるよね、誰の陰謀なのかって』
全く知らなかった。畑が違う、とでも言うのだろうか。晒し系配信者に興味がなかった私は情報を持っていない。というか宵くん、今日ずっと私といたよね?そんなこといつ調べた?私が疑問に思っているあいだも、配信は続く。
『正直、気になんないかな。アンダー消滅否定派じゃないし。実際、迷惑になってんのも事実でしょ』
少し前の私なら苛立っただろう。でも宵くんの言葉を聞いて、納得してしまった。その通りだ。るうちゃんは正直、その辺を歩いていた人にとって迷惑だっただろう。けど、それはアンダーによるものだ。アンダーに来た、るうちゃんの問題。もはや今の私には、一斉補導が絶望に等しいなんて思えなくなってしまっていた。
『補導の時何してたんですか、あーはいはい。あいつに話しかけた時ね』
宵くんはまたコメントを拾った。あいつ?なんの事だろうと少し考えてみて、かすかに思い出したのはバスの中で見たネットニュースだ。逮捕されたアンダーの王様。それと話しているように見える白く長髪の女の人。もしかして、と思い、ついドアの向こう側を見てしまう。
『別に、煽りに行っただけだよ。……大人気ない?それはお互い様』
あの写真、警察に敵として見られていなかった。むしろ、宵くんに従っているようにも見えた。もしかして補導を提案したのは宵くんかもしれない。コメントにも、そういう意見がちらほら出てきた。よくも私の世界を壊してくれたな、なんて、やっぱり今は思えない。一斉補導で壊れたアンダーは、私の好きな、ミラのように輝いたアンダーじゃない。逮捕された、元小さな王様のものだ。
『掃除屋が補導企てたんですか、まあどっちでもいいよ。目標に沿ってるから、掃除屋がやったでも、他がやりましたでも気になんない』
宵くんは質問をよく拾った。でも、答えが曖昧なものも多いと言うか、自分がされている評価に興味を持っていない。
『補導の話はこれくらいにしよ、今日は誰も晒すつもりないから』
宵くんは一人称をあまり使わない。性別は声を聞けばほとんど男だと確定しているようなものだが、声が低くてハスキーな女性と言ってもギリばれない。変に中性的である。
『そういや、MORE、どんな感じ?』
雑談と言っていたように、話題がコロコロ変わる。MORE。これもまた、社会を揺るがしている事件のひとつだ。少年少女10人が、今別の次元にいる。彼らは、反乱を目的としている。
『身元がわかってるのが今6人?だっけ。名前は伏せるけど、アンダーのやつもいるよね』
掃除屋は、情報屋としての一面も持つことを初めて知った。コメントは「掃除屋MOREの話多い」、「それ昨日声明でたやつ!!」と宵くんがこの話題に触れることに対して賛否両論があるようだ。宵くんは、どのコメントも拾わなかった。
『飽きたやつは見るのやめろ。こっちは自分の意思でこれ追っかけてんだから。聞きたいやつだけ聞いて』
それだけ言って、MOREについて話を進める。
『昨日、MOREの公式SNSで失踪の目的について声明が出された。反乱を起こすことが目的って事だったけど、なんか違うと思わない?』
私はさっぱり想像がつかなかった。違うってなんだろう。世界を壊した後のことを考えていないこと、それはバスの中でも思ったことだ。
『あいつらは、悪く言えば私利私欲のために行動する。それが国に大きな影響を与えるって意味で、反乱という言葉を使ってる。想像だけどね』
想像と言いながら言い切った宵くんは、何か確信できるものがあるのだろうか。
『だって、世直しって表現するには、わがまますぎるでしょ。実際、アンダーの逆襲とかメディアで言われていても、お前ら含めたアンダー全員がMOREに賛同してるわけじゃない』
コメントは、時間差で肯定の意を示す。実際、アンダーの逆襲にはなっていない。メンバーにアンダーが多いことから、メディアが勝手にMOREの代名詞として作ったものだ。今でも現実世界で過ごすアンダーは、少し引いている。自分たちの持つアンダー文化とは完全に区別している。
『もちろん、MORE側もアンダーの逆襲って気持ちでやってないんじゃない?テレビはアンダーのカテゴリに入れて、今に不満を持つ若者グループって捉えてるけど、そうじゃない。俺たちは、まだMOREを何も分かっていない』
私はそこで聞くのをやめた。耳からイヤフォンを外す。これ以上、宵くんの考えとして聞くことはできない。
宵くんは、MOREの目的が反乱じゃないと考えてるんじゃない。知っているんだ。
どんな経路で入手したにしろ、私はMOREより先にアンダーを壊す必要がある。そのために直接、宵くんに聞かなきゃ。
私は宵くんと話すことを確認する。ミラについてと、MOREについて。あと、私について。ほんと、気づかいってなんだ。宵くんは、私に気を使いすぎだ。自分の家なんだから、もっとリラックスすればいいのに。でも、今もまだ彼にとって私が「知らない人」なら、もっと仲良くなる必要がある。計画的ではなく、自然に、ちゃんと、友達になりたい。
一瞬、さっきのことを思い出し、つい手で頭に触れてしまう。いや、宵くんは友達だ。配信者と異性の関係になるなんて考えられないし、きっとろくなもんじゃない。私は気を紛らわそうと、ミラのSNSを開いた。今から連絡する。
夕方、ミラに教えたアカウントから、メッセージ画面に飛んだ。
シューは膝の上でゴロゴロ喉を鳴らすので、ゆっくり撫でる。私も、今から連絡できることに嬉しくなった。




