16.笑みの直前の嫌悪は
いつもなら何も起きないはずなのに、2人に話しかけ、受け入れた。
「ミラ」 には似合わない行為。 それでも、ファンであるという心は許容した。あの保護者とかいう男も深く言及してこなかった。いや、元々私を知らないだけかもしれない。
しかし、本当に兄の友人という関係なんだろうか。特に男、はじめの2回の嘘は何かを隠すようだった。まさか、誘拐?心に不安な様子はなかったから違うか。そうだとしても男は怪しい。見たことあるようでない顔。整えすぎてるせいか、逆に印象に残らない。 サングラスをかけられたこともあるのかもしれないが、目の形もよく覚えられていない。不思議と男の特徴が記憶から抜けていく。
私が心に夢中だったのも原因だろう。次会う時こそ覚えようと心に誓う。心が来てくれるのを、私は信じている。口から出たのは全て本当だ。心は特に空気の質に敏感かもしれない。私が顔をしかめたのを、見なくても感じ取った。実際、「おしゃべりのミラ」で覆った笑顔に、心は安心していた。
つまり、私が隠した、私の不機嫌を、あの子は一瞬で見破った。
大したもんだ、と思う。さっきまで2人がいた場所、ビルとビルの間、そのすぐ近くの街灯に寄りかかって、私はその用事を待っていた。
私が一瞬でも不機嫌を晒すことになった原因。スマホに現れたメッセージの通知。音も鳴らず、メッセージが来たことすら、画面の見えない心たちには分からなかっただろう。それで私は動きを止めたんだから、ますます心は私の不機嫌の理由は分からない。
アンダーには少しずつ迷惑系配信者などが集まってきている。さっきのるうちゃんのやつだ。けどほとんどは底辺、生配信も誰も見ていないようなやつら。一人だけ、有名な配信者がリポートしてる。
転々とある街灯は、アンダーにできるだけ影ができないように照らしている。歩き回るアンダーと配信者で影ができる。一つだけ黄色味みがかった光を、私が浴びている。ビルとビルの隙間の入り口までも、少し照らしてくれるような暖かい光。
ちらっとスマホを見ると、6時を少し過ぎていた。
「ミラちゃん、待った?」
背後からした女の子の声。ひどく驚き、背筋が凍るような感覚がした。振り返らないままスマホをスクロールしながら答える。
「別に。退屈してた訳じゃないから」
傍から見れば私はひとりに見えるかもしれない。女の子はビルが作った影から出てこない。目を引く見た目もあるが、光のところにいる存在ではないというのが理由らしい。
いじわるを楽しむような声を持ち、「んふふっ」と喜ぶ彼女にはもはや狂気さえ感じる。
「ミラちゃん、こっち向いてよお」
私は振り返り、街灯に寄りかかる。従ったわけじゃない。この子にはいつも、確認が必要だ。
「……髪についてる。左、毛先」
「ありゃりゃ、汚いねえ。ありがとうミラちゃん」
髪が動き、偶然光に反射して見えた。白いワンピースで、目の前の子は腰まである長い髪を拭いた。ワンピースは汚れるが、この子は気にしない。
汚すとは珍しい、きっと急いでたんだろう。
「よく見つけたよね。しかもあの子の客だって」
「たまたまだよう。よく2人で外いるの見たし。今日も、たまたますれ違って」
「動画みてから?本当に?」
私は闇に問いかける。
「……」
「本当に偶然すれ違った?」
「……るうちゃんは、お友達だもん」
「答えて」
「、動画、観たんだよ。そしたらるうちゃん倒れてるし、ミラちゃんが助けようとしてるし。誰かが、画面の中で、急性アルコール中毒だって言ってるし。止めたって言って、泣き崩れてる子もいたし。それで、思ったの。」
全身に鳥肌が立つ。
「あーこれ、あいつが飲ましたなって」
「……それで?」
「探した。探して、」
言葉は続かなかった。代わりに、いつもの明るい声で言う。
「もう、どうすればいい?」
「手遅れでしょ、好きにすれば」
「うん、そーする」
ああ、胸糞悪い。
「るうちゃんに飲ませた人とあなたが探した人、違うかもしれないよ?」
「そしたらまた飲ませた人を探すよ。まあ、今日のであってるだろうけどね」
「そんな半分思い込みで人を」
「しいーっ」
目の前の子は人差し指で口をふさぐ。心と、大して年齢は変わらないだろうに。言動が幼い。いや、幼くしている。
「……そんな態度をとったって、私はあなたが重ねる罪を軽く思うことなんてできないんだからね」
「知ってるよう」
闇の中で、笑ったように見えた。
この子がこうやって罪を犯すのははじめてじゃない。何回も報告を受けるし、それすらほんの一部なんだろう。しかもちょっと前から仲間ができたとか言って、ターゲットをよく絞っていた。
ターゲットは訳ありだけど、私はそれに賛成できない。かといってそれを警察にいうまで善人じゃない。この子の悪行がバレて、私にまで事情聴取に来たなら、その時話そう。
やはり胸糞悪い。私は話題を変えることにする。
「連絡とれてるの?あの子と。MOREが始まってもうすぐ4ヶ月でしょ?」
「あー、アサヒ?ぜんぜーん」
腕を後ろに組んでビルに寄りかかる。「MOREに参加するとかも聞いてなかったし。選ばれたのかすら分からないよ」
アサヒも、アサヒと仲のいいこの子、みるくも、心には関わりのないんだと思うと、安心する。と同時に、私が架け橋にならないようにしなきゃと、背筋を伸ばす。
「……みるく」
「なあに?ミラちゃん」
「やっぱり寂しい?親友だもんね」
「うーん、気が合っただけだよお。アサヒとは。でもね、」
街灯の光にえいっと1歩踏み出し、満面の笑みで私の両手を握る。
「また会えたら、ぎゅっとしてまた、お話しするんだっ」
15歳のみるくは、相応に健気な顔を見せてくれたおかげで、この子に、この子の行動に対する嫌悪はなくなってしまった。
私は手を離し、そっと抱きしめて撫でた。
「アサヒもきっと望んでない。もうしちゃだめだよ」
何をとは言わなかったが、みるくは耳元で「うん」とつぶやく。
肩が濡れる。
私は白い髪を撫でる。白い肌を持つみるくは、赤い目を擦る。私は強く抱きしめた。