15.誤解の融点は低い
「ねえ、何かしたの?ミラ不機嫌そうだけど」
「俺ではないね、多分」
ミラに近づきながらこそこそ話す私たち。いや、めちゃ宵くんのこと睨んでますけど??
「てか、ほんとにミラなの?」
宵くんは私に向かって言う。声も聞いた、顔も見た。間違いない、ミラだ。でも、髪型はいつもと違う。今のミラはロングウルフ、少しぼさぼさしている。写真のミラは、ツインテールしたりおだんごしたり。下ろしているのは1枚もない。
「多分ミラ。髪型違うけど」
「まさか人違い?」
「そんなはずない。というか、呼ばれてるんだから何にしろ行かなきゃでしょ」
さっきの騒ぎはなかったかのように、野次馬は日常に戻っていく。るうちゃん、助かるといいな。そして私たちも、今からあるであろうことをうまく受け流さなきゃいけない。
「宵く、、凛音晒したことあるんじゃないの?」
「あー、無きにしもあらず」
真剣かつ闇深い宵くんはどこかに行ってしまった。ただひょうひょうとしている。というか、覚えてないって…。私は小声で叫ぶ。
「ぜったいそれだよ!!」
「俺だってバレてないでしょ、大丈夫だって」
こんな楽観的な宵くん、はじめてみた。だんだん心開いてくれてるってことだろうか。
焦りと嬉しさとをごちゃまぜに、私たちはどんどん近づいていく。先に口を開いたのは、宵くんだった。
「何か用なの?」
「別に。アンダーで人助けしてる奴、久しぶりに見たから。ありがとう」
ミラはまっすぐ宵くんを見て言った。私にも目線をくれて、「あんたもね」と微笑んだ。
ああ、やっぱりミラだ。さっきは切羽詰まった状況で誰もがキリキリしていたけど、この人はやっぱり、私が推してる繊細で、強い、ミラ。
「最初は役立たずって思ったけど、慣れてないだけなんだね」
優しいミラに肯定も謙遜もできないでいると、宵くんが首を傾げた。
「俺に用あるんじゃないの?」
たしかに。ミラが睨んでたのは宵くんだ。
「ああ。そうだった」
ミラは私の腕を引っ張って自身に寄せ、宵くんから突き放した。でも、宵くんは私の右腕を掴んでいる。
「…何?なんのつもり?」
ちょっとちょっと、さっきのホワホワした空気はどこ行ったの?
「あんた、どこのホスト?」
ああ、宵くん、顔よすぎて間違えられてる。
「人助けでチャラになるとでも思ってんの?こんな若い子とつるんで、アンダーにまで来て、何がしたいの」
「俺はホストじゃないよ」
宵くんは冷静に答える。笑顔を貼り付けて。
「じゃあその格好は何?」
「私服。趣味なんだよねこういう系統」
「この子は?地雷の、この格好は?」
「趣味だよ」
間もなく宵くんが言う。
「あんた、アンダーを客にとってる訳じゃないの?」
ミラは眉をひそめた。
「うん。俺にはちゃんと仕事がある。客のことを姫とか言わない仕事が」
そして、私の腕を引っ張り、ミラから離して私の肩に腕を回す。
「そしてこの子はホスト狂いでもなんでもない。こういうファッションが好きな、ミラが大好きなひとりの女の子だ」
ミラはぱっと目を開き、私を見る。その反応、やはりミラ。
でも、ミラはこういう時に変な交流はしない。名乗ることもない。ただまん丸になった目を細め、口角を上げた。
「へえ。いい趣味してんね」
私はほっと一息つく。宵くんは私の方を見、肩に回した腕を戻した。
「じゃあ2人はどんな関係?」
ミラの唐突な質問に私たちは固まる。兄さんを絡ませるか?でも私が言えばホスト狂い説が高まらない?「こういう設定」感が出てくる気がする。宵くんの顔色を伺いたいが、さらに怪しさが出るだろう、向けない。
結果、私は宵くんに託すことにした。真実を話すもよし、兄さんと共有したシナリオでもよし。乗り切ればいいんだ。宵くんは口を開く。
「んー、兄妹?」
「顔の系統が違うでしょ、それに妹ならこんなとこ連れてこない。なんで嘘つくの」
失敗。宵くんの妹を担うポテンシャルを私は持ち合わせていないのだ。
「何か隠すためとかじゃないんだ。ほんとに怪しくない」
宵くんがあわあわしている。そしてその発言は怪しさ以外何も無い。
「じゃあ言いなよ」
「師匠と……弟子?」
「はあ?」
またもや失敗。
「師弟って、何の?」
まだ行けるっぽい。でも、そんな師弟関係はない。アンダーを変えるためとか、そんなこと言う訳にはいかない。宵くんは、苦し紛れに、振り絞って答えた。
「うーん………、夏休みを、た、楽しむための……?」
嘘じゃない。嘘じゃないけど、誤解を招くには充分すぎた。
「夏休みって、へ?あんたら学生なの?」
宵くんは苦笑い。晒し屋のはずなのに、なんでこんな嘘が下手なの?身バレしてないことが本当に疑問。
「あの!!違うんです!!」
つい私は口を挟んでしまった。驚いたようにミラが私を見る。
「兄の友人なんです、彼は。そして私は高校生。夏休みに1人旅行しようと思って、兄の伝手でこの人を中心に生活してます。アンダーも今日案内してもらうために一緒に来ました!」
早口かつはっきりとまくしたてる。怪しいけど、堂々とした態度には説得力があるはず。あと大体本当だし。兄に聞いてもズレはない。
目の前のミラは私の早口に驚きつつも、「ふーん」と半分ほど信じてくれたようだ。宵くんも私の方を向いてにこっと笑った。
「兄妹の嘘はどうするつもり?」
鋭い視線が再び宵くんを突き刺す。しかし、宵くんは焦った様子もなく下を向いて少し拗ねたように答えた。
「……一時的な付き合いだから適当にはぐらかしとけばいいかと思ったんだよ。あんたと次会うかもとか思わないだろ……」
「それもそうだね」
なんかミラは納得してくれたようだ。というか、そうじゃないと困る。
だって言えない。本当は兄の友人でもなんでもなくて、昨日知り合いましたなんて、しかも、アンダーを変えるっていう目的に同意したからだなんて。怪しさMAX、不健全。絶対言えない。
ましてや私は、宵くんにも伝えず、アンダーを壊すことでの変化を必要としている。今いる場所を、秩序を、壊そうとしている。
「アンダーに来て、次はどこに行くつもり?」
ミラは首を少し傾ける。
「知りたがりだな、あんたはそんなキャラだっけ」
「あんたじゃないミラ。私は元々主体的なんだよ」
ミラは覗き込むようにニコッと宵くんを見た。
「良かったら私の町も入れてくれない?」
聞かれた宵くんは、私の両肩を持って引っ張り、ミラとの間に私を挟んだ。照れてる?宵くんを振り返って見上げると、ポケットからサングラスを取り出してかける。「晒し屋」としてのじゃない。丸いし紫色でおしゃれだけど、目は完全に見えなくなった。
「この子に聞いて」
宵くんはそれだけ言うと、私の肩から手を離した。ミラは姿勢を変えることなく、 今度は私を覗き込む形になる。 初対面はどうであれ、確かに私はミラのファンだ。 推しの顔面が直接目の前にある。 写真に写るニヒルな笑みと違い、無邪気に笑う女の子。 ノーメイク、ノーセット、無加工なのにこんなに可愛いって、もはや才能なんじゃ。
「ね、どう?」
どうしよう。ミラともっと話したい気持ちもある。でも、これ以上絡むと墓穴を掘る可能性がある。そもそも、私がアンダーに来たってことになってない。あくまで、社会経験ツアーの一つとしてアンダーに来たってことに、ミラの中ではなっている。正直私は聖地巡礼という感じでアンダーの訪問を計画していたけど宵くんと出会って、聖地の改革を企てることが明確な目的としてなったわけで……。 宵くんには言ってないけど、改革の中には破壊と創造が入ってる。
どこまでも話してはいけない内容な気がしてならない。
それでも、目の前には瞳を輝かせた推し。 助けを求めるように宵くんを見ると、円形のサングラスはこっちを向いていた。さっきと違い、あたふたした様子はない。 顔を上げミラに話しかける。
「ミラさんさあ、この子今推しに会えて心臓バクバックなの。返事はSNS上でもいい?」
宵くん、ナイスすぎる。私もまばたきで共感を示す。ミラは「ふーん」と姿勢を正す。「じゃあアカウント教えて、それで他と区別するから」と言うので、私は数あるアカウントから1番の避難垢、学校の誰もしらない、ミラだけをフォローしたフォロワーゼロの鍵アカウントを見せた。
「わ、本当に私のこと大好きじゃん」と言いながらユーザーネームをスマホにメモしていく。
「そういえば名前は?」
ミラに尋ねられて驚く。他のミラのファンと差別化するようなことをしていいのだろうか。ミラは特別扱いを嫌う。するのも、されるのも。こんな、私を認知する行動を私は理解できなかった。
それを感じ取ったのか、ミラはふっと私を見る。
「『ミラ』はえこひいきは嫌いだけど。1人の夏休みに関わるくらいのユーモアは持ち合わせてるんだよ、私」
「素が気に食わないならそれまでだけどね」と続けるミラは、SNSで言葉を紡ぐミラそのものだった。
いろんなミラが、私の愛するミラを作り上げているんだ。
「心です。心って書いて、シンって読みます」
私は本名をごまかすことなく伝える。
「おっけい、心ね。そっちのお兄さんは?」
「俺は保護者みたいなもんだから。なんでもいいよ。」
「じゃあ心兄で」
宵くんは本名を言うわけでも、偽名を使う訳でもなく、兄さんの代名詞をしれっと奪ってしまった。ミラも「あでも兄の友人だっけ、まあいいや」とどうでもよさそう。兄さん、許して。
スマホをいじりながら、ミラは続ける。
「心、 私が思ったよりもおしゃべりでびっくりしたでしょ?」
「あ、はい。正直、もっと孤高の女王感があると思ってたかもです」
本音だ。意志の強い文章、カメラを見つめる 両目。たまにオフショットが載っても控えめにほほえむだけだ。そもそも紹介文には「現実世界にいません」って書いてる。
まるでおとぎ話のような存在、それがミラだ。
「 今躁鬱の躁なの。鬱は知ってるでしょ、暴れまくり、病みまくり。投稿荒れ放題。自分でも分かってるんだ」
スクロールする親指が止まる。 一瞬表情が消えたかと思ったが、そんなことなかったらしい。満面の笑みで私たちを見る。
「私そろそろ用事があるから話せないんだけど、2人はこの後どうするつもり?」
「とりあえず夕飯食べるかな。この近くってのもあれだし、移動しようと思う」
宵くんが答える。そうなんだ、と思いつつも異論はないので私もうなずく。
「なら電車で移動した方がいい。さっきのるうちゃん?の動画が拡散されつつある。晒し系とかこっちに集まってるかもね」
「そうだな、そうするよ。じゃあ」
「心いい返事待ってるよー」
「はい!ありがとうございました!」
ミラは壁に寄りかかりながら片手を上げて振り、私は何度もペコペコして先を歩く宵くんに ついて行く。「晒し系」に宵くんは反応することなく、私たちは別れた。