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夜光浴びる貴方へ  作者: 紫雪
11/27

11.推測は夢の中に

 息はある。眠っているだけのようだ。突然倒れたもんだからそれなりに焦ったけど今はもう安心している。


 急遽組み立てた簡易ベッドの上ですーすー息を立てる心ちゃんを近くで見る。起きていれば多分何かされると警戒してもおかしくない距離だ。出会ってから1日も、というか何時間も経っていないのによく信用できたなと思う。俺なら初対面の家で寝たりなんか1週間経ってもできないだろう。というか、俺言ったよね。何かされるかもよって。誰にとは言ってないし、するつもりもないけど。


 いつの間にか起きてきたシューがベッドに登ってきた。猫って警戒心強いもんだと思ってたけど、そんなことないっぽい。シューは心ちゃんの隣で丸くなる。代わりに俺が自室に戻ることにした。


 椅子に座ってパソコンを立ち上げる。立ち上げるまでに、マスクとサングラスもつける。一応だ、一応。顔バレしたくないと理由から、パソコンをいじる時は必ず顔を隠すようにしている。間違っても、自分から晒すことがないように。アプリから、自分の声や晒す動画を組み合わせる。そして、補導の前にやってた動画編集の続きをしながら、少し後悔した。


 なんで本名教えちゃったんだろう。


 さっきの俺は少し変だった気がする。俺から歩み寄ることなんかなかったのに。しないつもりだったのに。でも、そんなこと考えたとこで変わるものは無い。


 なんとなく生暖かい感じを覚えながら、気分転換に情報収集でもする。といっても、ニュースアプリを開くだけだが。


 アンダーの情報を求めすぎた結果、俺のニュースアプリは政治について一切教えてくれなくなった。まあ興味ないからいいんだけど。代わりに、俺が欲しい情報に調整されたそれが最初に出した見出しはこうだ。「男性の家を転々とする女子大生」。馬鹿だなあ、と思いながらクリックする。いわゆるパパ活をすることで金を稼いでいるという彼女は、最近はほとんど家に帰らずその辺のおっさん家を渡り歩いているらしい。夜になるとアンダーにやってきて騒ぐ。補導では見なかったが、きっとどっかいい情報屋でも持ってんだろう。


 また、俺と同じように配信者として活動する一面もあるそうだ。だが、配信内容は自身や他人の性事情。見たことないけど、見るもんじゃない。あれ、これ男バージョンもある。「ママ」の家を転々とするイケメン。21歳、注目の若手ホスト。ああ、これもだめだな。


 心ちゃん、あんたが憧れてる世界は、こういうとこなんだぞ。ニュースで取り上げられているこいつらが、アンダーの象徴と言ってもいいくらいだ。あんたの中のアンダーと違って、ミラだけで形成されていないんだよ。


 居場所がないって言っときながら、差し伸べる手を振り払う。仲間意識に漬け込んで、共感する振りをして利用する。そういう人たちが集まったところなんだよ。


 こんなきったないところで、まだ無知なJKを1ヶ月も守らなければならない。無理あるだろ、こんなの。


 アプリをとじたが、作業に戻るような気分ではなくて、俺はまたリビングに戻った。


 そして机に出したのはハサミと適当な紙。あいつを守るために、まず大事だと思ったのは生活の安定だ。家事を習慣づけて、強いメンタルをつくる。そんなのでできるか知らないが、堕落した生活からアンダーに依存する奴も少なくない。


 表でも作って、俺と分担してもらう。タダで住ませるつもりもない。あの王様なら、心ちゃんみたいなやつを保護するフリして、搾取するだろうな。補導で会ったあいつを思い出す。俺は違う。受け入れて共存を願う。平和主義者でいきたい。


 風呂掃除と皿洗いか、とりあえず書いておく。料理もたまには休みたいし、何しろタダ飯作り続けるつもりもない。薄情だが、俺はあいつに恩は無いし、本当は住ませる理由もない。


 でもなんでだろ、なにか共感出来たのだろうか。さっき握手を求めた時も、初めて心ちゃんに嫌われたくないと思ってしまった。嘘でも仲良くしようと手を取りあったことは俺の人生で何回もあったのに、偽りの気持ちで接することが怖かった。


 頭はぐるぐるとして、複雑にこんがらがる。俺は心ちゃんに何をしたくて、何をしてほしくて、心ちゃんは何を目的にしていて、何をしたいのか分からない。


 彼女と初めて出会った時に言ったことは本当なんだろうか。嘘は多少の事実を混ぜることで現実味が増す。自分自身を見失わないというのは目的のひとつだとしても、アンダーを変えたいのは本当か。


 頭をくしゃくしゃっと掻き回す。ああ、病んでんな、と思って鍵のかかった引き出しから薬を取りだした。適切な量を取り出して、水で流し込む。人間不信になりやすい俺は、眠剤を使わないと眠れない日もある。あの調子じゃ心ちゃんが俺より早く起きることもないだろう。万が一のことも考えて、部屋に鍵はかけるつもりだ。家事の分担はまた起きてからやろう。短時間で歯磨きを済ませ、急いでベッドに入った。そして目を閉じる。


 偶然、彼女のことを思い出した。ミラだ。そういえば、心ちゃんもあの時なにかミラについて言っていたような・・・


 心ちゃんの目的は、アンダーを変えること。そう思っていたけれど、実は違うのかもしれない。もっと掘り返せば、心ちゃんのアンダーと本当のアンダーには大きなズレがある。ミラが象徴となっているか、なっていないか。正直、ミラとは仲良くない。どんな人間か、詳しく知らない。


 くそ、なんで眠剤なんか飲んだんだろう。いや飲まなきゃ寝れないから仕方ないんだけども。考えるタイミングがおかしかった。少しづつ眠くなってくる。


 そもそも、アンダーを変えるためにひとりでホテルも取らずに来るなんて考えられない。なら、ミラの方か。()()()()()()()()()()アンダーを、変える。そういうことになる。もしそうなら、晒し屋として狂信的な信者を止めなければならない。


 今のミラに変なところでもあるのだろうか。それとも、ミラに心酔してるあまり、ミラに程遠い現実のアンダーと、心ちゃん自身にあるアンダーのすり合わせがしたいとか。もしくは、ミラに関わるなにかに変革をもたらすため。


 もしかして、MOREだろうか。昨日の夕方、平行世界にいることが分かった行方不明事件。ミラも何か関わっていなかっただろうか。


 他にも有り得る。ミラの望むアンダーを叶えるため、もしくは廃れたアンダーに溺れるミラを救うため。なんにせよ、アンダーを変えたいという意思が本当なら、今の状況に満足してないはずだ。ああ、もしかして、


「……アンダーを破壊するため……?」 


 まあ、目的がひとつとは限らない。眠過ぎて頭が回らなくなってきた。


 ただ、もしMOREが関わっているとしたら。俺がずっと追いかけていたその事件の解決に近づくなら。心ちゃんと協力するべきだと、気がついた。心ちゃん、ごめん、巻き込むことになるかもしれない。巻き込まれることを望んでいたとしても、俺はきっと謝る立場になる。


 心ちゃんのアンダーに、ミラしかいないアンダーに、「宵」という存在をねじ込みたい。


 ああ、だめだ。眠い。意識が遠のく中、ミラに対するうらやましさが芽生えたのには気づかなかった。

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