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05.豹変する

「うん、好きだよ!」

 カリンが顔を皺くちゃにして答えた。

「アタシ、この宿の人はみーんな大好き。女将さんも、旦那さんも、坊ちゃんも、料理番の皆も。酒場に来るお客さんたちはちょっと気性が荒いけど、お酒を奢ってくれるから好き。もちろんニーナのこともね」

 洗濯機から回収したびしょびしょのシーツを、カリンが脱水機にかけていく。ハンドルを回すと濡れたシーツがローラーに巻き込まれていき、水気が絞られる。洗濯機と同じくらい不思議な機械だ。

「ニーナは? 皆のことをどう思う?」

「私には、よくわからない」

 ニーナは山城にいたときのこと、爺と二人で暮らしたときのことを思い返してみる。あの頃、自分は確かに愛されていた気がする。自分も同じように愛を返していたのだろうか。それもよくわからない。爺はよく「お嬢さまは少しだけのんびり屋さんでいらっしゃいますからな。爺はそういったところも好ましく思っておりますぞ」と笑っていた。ひょっとすると自分は、周りの者より少し鈍感であるのかもしれないとニーナは結論付ける。

「そっかそっか。じゃあ、アタシのことはどう思う?」

「……カリンはいつも元気」

「へへん、それだけが取り柄だからね」

「あと、髪が美しい」

「髪が? アタシの?」

 カリンが目を丸くして、結い上げた髪に手をやった。

「あのさ、アタシの髪は赤毛だし、ちりちりすぎて櫛も通らないんだ。綺麗だなんて一度も、親からだって言われたことがないんだから」

「美しいと思う。炎みたい」

 カリンの丸い鼻がみるみる赤く染まっていく。はにかんで「ありがと」と呟く彼女の表情は、今までに見たことのないものだった。カリンはご機嫌に鼻歌を歌いはじめる。


 ニーナは洗濯機のハンドルを回していく。宿屋の仕事の中でもニーナはとりわけ洗濯が気に入っていた。洗濯機に入れると、汚れものが綺麗になって出てくる。いったい中で何が起こっているのか、想像するだけで楽しかった。

「洗濯機は不思議な機械ですね」

「うん。魔法みたいだよね」

「魔法?」

 聞き慣れない単語にニーナが顔を上げる。

「そう、魔法! 箒に乗って空を飛んだり、杖を振るって火を起こしたり、イタチを猫に変えたりする不思議な力だよ。大昔はそういう特別な力を持った人たちがいたんだってさ。坊ちゃんの小説の中にそんな魔法使いが出てきてさ、とってもわくわくするの!」

 カリンは饒舌に捲し立てた。ただでさえこの町は奇妙なもので溢れかえっているのに、魔法というものはそれに輪をかけて奇想天外なものなのだろうか。

「カリンは小説を読むのですか?」

 照れ臭そうにしながらカリンは頭を掻いた。

「ああ、うん。ここにきてからパコに読み書きを教えてもらったからさぁ。アタシなんかが小説を読んでるなんて、気恥ずかしいから内緒にしてるんだけど。共用ルームに積んである新聞の過去号をこっそり読んでるんだ。ま、坊ちゃんの小説しか読んでないけどね」

「十六夜にそれを言えば、小躍りしながら歓喜の歌を歌ってみせると聞きました」

「えーなにそれ、おっかしい! 今晩言ってみよっかな」

 カリンは腹を抱えて笑った。ひとしきり笑って満足したところで、彼女は目尻に滲んだ涙を拭った。


「ニーナ、アンタは本を読んだりすることはないの?」

「城では本を読む機会がありませんでした。独り立ちしてからも、狩りだけをして過ごしていました」

「へー、アンタ狩猟をするんだ。弓が得意なの?」

「いえ、狼になって狩るのです」

「……狼?」

「はい。狼に姿を変えて、噛みついたり、爪を立てたりして獲物を捕るのです。狼の姿の方が、素早く動けますから」

 ニーナは何食わぬ顔で答えた。カリンの顔から血の気が引いていく。力の抜けた手から洗い上がりのシーツが離れ、地面に落ちる。

「ニーナ、アンタは……狼なの?」

「ええ。私は人狼です……カリン、せっかく綺麗になった洗濯物が落ちてしまいましたが。いったいどうしたのです」

 ニーナが一歩歩み寄ると、カリンが一歩後ずさる。紙のように真っ白になった顔に、恐怖の色が浮かぶ。かちかちと歯の根が合わない音がする。

「カリン?」

「あっ、あああ……あ、あ、うう、うう」

 カリンが溺れるように激しく喘ぐ。並べても意味を為さない言葉が、断続的に口から漏れ出している。めちゃくちゃに掻きむしられた喉に、幾筋もミミズ腫れができていく。

「カリン! 一体どうしたというのです」

 ニーナが尋常ではないようすのカリンの腕を掴もうとすると、彼女は赤毛を振り乱しながら、声にならない悲鳴を上げた。足をもつれさせながら走り去っていくカリンの背中を、ニーナは訳もわからず見送った。

 吊るされた白いシーツが、強風にはためく。地面に落ちたシーツは泥に汚れてしまっていた。

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