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「アマンダ様、そろそろ店じまいの準備を」
魔法屋に来ていた客人と喋っているアマンダにウォルフは小声でそう促した。
「そういえば今日だったっけ?」
「そうですよ」
アマンダは小さくうなずくと、きていた客に「申し訳ないのだけれど…」と断りを入れて帰路へと促していた。まだ日も沈んでいないある日の夕方。アマンダの魔法屋はいつもより早い時間に閉店準備を始めた。
「アマンダ様、危機感というものをお持ちください。自分自身のことでもありますのに。全くあなたという人はいつまでたっても変わらないのですから。これだから私は目が離せなくて…」
客人が店から出ていくとウォルフはアマンダにぐちぐちと言い始めた。
「ああ、はいはい。ごめんねー」
ウォルフの長い長いお説教が始まる予感がし、アマンダは店のシャッターをすばやく下ろした。カウンターの箱から今日の分の売り上げを取り出し、店の奥へと入っていく。
アマンダの魔法屋は、地下室ありの3階建てだ。1階が魔法屋、2階がキッチンやお風呂場を含む生活スペース、3階が寝室、そして地下が商品開発室となっている。各階は1つの階段でつながっている。全ての階には防音・防御魔法と感知魔法がかかっており、感知魔法をかけたアマンダにはお店の中の様子が分かるようになっている。その他、地下の商品開発室にだけ金庫の魔法がかかっている。そこにはアマンダの商品資料や、アマンダの師匠にあたるブーイオの資料がある。ブーイオは現在旅に出ており不在であるものの、彼の資料の中には開発途中の新しい魔方陣などもあるため、管理は大切だ。金庫の魔法はその金庫の鍵となる魔法を知っていなければ開かないため、ウォルフでも勝手に開けることはできない。アマンダは店の奥にある階段をのぼり2階に行った。そしてリビングにあるソファにドカリと座り、お金を数え始めた。その間にウォルフはキッチンに行き料理をする。最近のウォルフの料理はジャガイモ尽くしだ。このジャガイモは学園の1年生が魔法の授業中に作ったジャガイモだという。授業内容の生命開花の魔法は水属性の魔法で、生命を持つ植物の成長を促進させる魔法だ。薬草などの成長も促進させられるため、回復薬を良く作るアマンダも利用している。この間学園に行った時に、学園長がジャガイモを箱ごと渡してきた。なんでも今年の一年生はとても優秀らしく、昨年以上の豊作になり余ってしまったのだとか。その優秀な生徒の中には聖女も含まれており、「予想を裏切る期待の生徒だ」とエトワールも嬉しそうに言っていた。そのため、毎日がジャガイモ尽くしではあったが、まだまだジャガイモは余っている。昨日はジャガイモのシチューだったため、今日はお昼にジャガイモのポタージュを作っておいた。ウォルフはそれを温めはじめる。
「今日は騎士団から大量の『回復薬』の注文が入ったから、大量だ―」
アマンダは売り上げを手にし、キャッキャッと嬉しそうにはしゃいでいる。ウォルフはそんなアマンダの様子を見てため息をついた。確かに普段であれば、今日のような注文がたくさん入った日には一緒になって祝い、喜んだであろう。だが、今日はだめだ。何があっても今日だけは憂鬱な気分が抜けない。
「そんなため息ばっかりついてると幸せが逃げちゃうよ」
アマンダはそんなウォルフの姿を見て不満そうな顔をする。アマンダもウォルフが落ち込むのは仕方がないとは分かっている。アマンダだってこの日は、毎回憂鬱なのだから。だが、落ち込んでばかりいてもこの日はいつだってやってくる。それはもう何十回も経験してきたから分かっている。落ち込んでいても楽しんでいても来るのなら、気分が明るい方がいいじゃないか。なんだって、そんなため息ばかりつくのだ。こっちまで気分が下がってしまう。
「アマンダ様…、私は心配なのです」
「大丈夫だって。そんなに心配することじゃないし」
ポタージュの鍋をかきまぜながら、ウォルフは心配そうな表情でアマンダを見る。対してアマンダは今日の売り上げのお札を指で数えており、ウォルフの方を見ようともしない。
「このような日に、もし、あなたの身に何かあれば…私は悔やんでも悔やみきれません」
「何かあったとしてそれはウォルフのせいじゃない」
「っ!そんなことを言わないでください!だから心配になるのです!」
「今までは何もなかった。これからも何もないわ」
「アマンダ様」
ウォルフはなおも何かを言おうとした。その時かきまぜていたポタージュが沸騰し、ゴポリと音をたてた。
「ああもう!うるさい!ほっといてよ!」
アマンダはバンッと手にしていたお札を机に叩きつけると3階への階段をかけあがっていった。ウォルフはそんなアマンダの姿にまた、ため息をつく。気が滅入っているのはアマンダも同じだ。それを払拭するために、今日1日、いつもより大げさにふるまっていたのをウォルフも知っている。確かに自分は心配し過ぎているのかもしれない。だが、この日はどうしても、幼い日に見たあの光景が思い浮かんでしまう。アマンダも知らない、自分と彼女の師匠のみが覚えているあの悪夢のような光景が。
「ちくしょう…俺は…」
「ちゃんとわかってる」
アマンダは布団にくるまりそう呟いた。ウォルフが心配するのも分かる。今日は特別な日だ。アマンダにとっても、ウォルフにとっても。だけどやっぱり、ウォルフの心配の仕方は少々過剰な気がする。自分はもうあと1年もすれば大人の仲間入りとなる年齢だ。この年齢までウォルフが心配するようなことは一度も起こっていないし、起こるとも思えない。アマンダは目を閉じた。その頬には一筋の涙が伝っていた。