6
現れた聖女は白の魔術師であった。そのことも人々が聖女を歓迎する理由の一つである。この世界には6対3対1の割合で黄の魔術師、人、白の魔術師がいる。それから数人の魔女。聖女が通うサクヨ学園は魔法使いであることが入学条件となっている。なぜ白の魔術師と魔女の人口がこんなにも少ないのか。それはこの国の忌まわしき過去が関係している。この国では昔、人と魔法使いたちの間で戦争が起こった。当時の王と側近たちははその原因として魔女の存在を挙げた。そして国全体で魔女狩りが行われた。その当時の人口の割合は、4対3対2対1で黄の魔術師、人、白の魔術師、魔女がいた。だがその魔女狩りにより魔女は激減した。その後、魔女ではなく別の原因であったとされたものの、魔女の存在は隠されるようになった。問題となったのはその数十年後である。人や魔女の人口の減少は予想されていたものだったが、それと同時に、白の魔術師の人口まで減り始めてしまった。何とか生まれてくる白の魔術師の人数を増やそうとしたものの、人や魔術師、魔女がどうやって決まるのかは、誰にもわからず、人々になすすべはなかった。
「この世界には聖女伝説の他に、隠された予言があるのです」
小説を読もうとしたら見知らぬ場所にいた。彼女、ヒカリは混乱していたが、周りの人々はそんなヒカリをせかすことなく世話をしてくれた。おかげで、何とか状況を理解することができた。ヒカリはどうやら魔法が存在する世界へと召喚された。きっとこれが友人の話していた異世界トリップというものだろう…現実にあり得るとは知らなかった。
「隠された予言ですか?」
ヒカリは焦ったが、まあ焦るだけでは何も始まらない。とりあえず何もわからないので周りの話を聞くことにしてみた。それによると、自分はこの世界を救うために召喚をされたらしい。
「この世界では数百年に一度、時空に閉じ込められていた赤の神がこの地へと舞い降り、黄の神が守護するこの地へ復讐をすると言われています。赤の神がどのような方法で復讐をするかなどは、古い文献にも記載されておらずわからないのですが、この国でも有数の予言者が、その数百年に一度の機会がもうすぐやってくると示したのです。このような時に聖女様の召喚に成功したのも何かの縁でしょう」
いや、まって。おかしいでしょう。そのあやふやな話を信じろってか。そのために私は呼び出されたって言われても理解できないから。はい、そうですか。じゃあ世界を救います。なんて言えるわけないだろう。
「現に数百年前には、赤の神によりこの地に疫病が蔓延し、この国の人口が半数まで減ってしまったこともありました」
まじか。ヒカリは目の前に座る、青い縁のモノクルをした生真面目そうな青髪青眼の宰相を凝視した。今現在、ヒカリは王宮の応接室にいた。ヒカリが座っているソファも、目の前にあるテーブルも、床に敷いてある絨毯も、そこに存在している至るものが、ヒカリには今まで触ったこともないような高級品だった。そんな場所に1週間程度で慣れてしまうなんて恐ろしいが、ヒカリはそのくらい度胸の据わっている少女だった。その応接室にはヒカリの他に、この国の宰相、騎士団長、魔術師団長と呼ばれる存在がいた。
「聖女ヒカリ様には、この国のサクヨ学園に通い魔法の鍛錬をしていただきます」
褐色の肌に紫の髪、白いローブをまとった神秘的な容姿の魔術師団長が言った。何でもこの世界の魔法は魔法陣というものに魔力を流し発動させるらしく、基礎を知らなければ魔法を使うことはできないらしい。
「我々の息子たちも一緒ですので何も心配することはありません」
赤い石のついた指輪を左薬指にしている赤い髪と目が印象的な騎士団長が言った。顔に傷跡があり少し強面であるが、優しい表情である。彼らにはちょうどヒカリと同じくらいの息子たちがいて、その学園にも通っているらしい。
「はあ、わかりました」
全てに対して納得することはできなかったが、ヒカリはとりあえず学園に通ってみることにした。元の世界に戻れないかとも聞いてみたが、召喚する方法は考えていても返す方法までは考えていなかったらしい。全く勝手な話だが、彼らにとってはそれほど重要な問題なのだろう。戻る方法ができるのを待っていてもいいが、どうせ機会をくれるというなら自分でも帰る方法を探してみようとヒカリは思った。それに魔法についても気になるし。この機会に異世界の学園というものを体験してみるのもいいのではないだろうか。それに学園は寮生活だというではないか。今は王宮の一室を借りているが、この生活に慣れてしまう前に1人でも生きていけるようにしたい。
「ヒカリ!」
応接室から今生活させてもらっている部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「ソル君!公務は終わったのですか?」
そこには金髪金目の少年がいた。この少年の名はソル・シュバルト。このシュバルト王国の第1王子だという。ソルはヒカリが気を失った後、目が覚めた時に初めに見た人物で、取り乱していたヒカリのことを良く気遣ってくれた。それからも学園や公務で忙しい中、こうしてヒカリを見かければ話しかけてくれている。こんな大物のことを様づけでなく呼んでもいいのかと最初は戸惑っていたものの、本人からそう呼ぶように言われてしまったので以降そう呼んでいる。
「ああ、そうだよ。それよりも、父上からヒカリが学園に通うと聞いたのだが本当かい?」
ソルはその見た目や言動も、ヒカリが王子と言われて想像するような王子だった。最初はヒカリのことも聖女ヒカリ様と、恭しく呼んでいたが、肌が痒くなるので訂正させてもらった。この国の人間は結構顔の整った人が多い。先ほどの宰相や騎士団長、魔術師団長もそうだし、ソルの父親である国王もそうだ。また、よく王宮内で見かける役人の人や、廊下に立っている騎士さんまで皆整っている。もしヒカリが元の姿のままで召喚されていたとしたらかなり浮いたのではないだろうか。
「うん。数日後には通うと思う」
「それは楽しみだ。私も学園に通っているからいつでも頼りに来てくれ」
ソルが嬉しそうに笑うので、ヒカリもつい嬉しくなる。その後学園に通い始め、新聞記者に取材されたり、ソルの友人を紹介されその顔面に絶句したり、彼らの様々な思いを知り一緒に悩んだりして楽しい学園生活を送るのだが、それはまた別の話。