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清き聖女と神々の伝説
作者:神
連載中(全…
その小説を見つけた時、彼女はその題名と作者の名前に衝撃を受けた。作者すごいな。自分を神だなんて。そして確かこんな名前のゲームカセットを見たことがあった気がする。あっ、違った。似たようなものがありすぎてわからない。でも不思議だ。彼女は冒険ファンタジーではなく、恋愛小説のタグ検索をかけたはずだ。タグの欄を見てみると、確かに恋愛にタグがついている。自分が知らなかっただけで、こういった題名が最近の恋愛小説の定番なのであろうか…といっても恋愛小説の定番の題名が思い浮かぶほど、彼女は恋愛小説のことは知らないのだが。彼女の趣味は運動をすること。だが、だからといって本は嫌いなわけではなかった。彼女は製本した小説を読んだことはあっても、ネット小説というものは見たことがなかった。そんな彼女にネット小説という知識を与えたのは小説好きの友人だ。その友人と話をしている時に、ぜひ最近のネット小説を読んでほしいと言われた。しかも彼女があまり手をつけたことがない恋愛という分野を。その友人がおすすめしてくれたのはそのサイトで一番人気のネット小説だった。ただ、彼女はその小説の名前をど忘れしてしまった。だから彼女は四苦八苦しながら恋愛のタグをつけ検索してみた。彼女は知らなかったのだ。そのサイトではネット小説を検索する際に、しっかり選択をしないと新着順で小説が表示されるということを。こういった小説が今の流行りなんだ…そっか、ネット小説は今現在、何が一番読者から求められているのかも知ることができるのか。そんなことを思いながら、彼女は小説の題名をクリックした。
気付けば彼女は見知らぬ場所にいた。見れば自分の周りには白い服を着た偉そうな人たちが立っている。
「えっと…」
彼女は混乱した。当たり前だ。自分は自室のベッドの上で慣れないネット小説のサイトを開いていたはずだ。なのに気付けばこの状況。驚かない方がおかしい。手にしていたはずの携帯電話もなくなっている。あれがあれば苦労しながらでもこの状況が分かったかもしれないのに…。だが、現代では珍しく携帯電話に不慣れな彼女では、それがあったとしても使えなかったかもしれない。『携帯を見るより本を見て体を動かせ。若いうちにこんなものばかり見ておっては、碌な大人になどならん』。彼女は祖母にそう言って育てられた。もっとも、それを言っていた祖母は、家族の内の誰よりも携帯の扱いに長けていたのだが。何が碌な大人になどならんだ。携帯を見てなくても自分は碌な大人になどなっていないだろうに。
「おお…!聖なる女性だ!清き光と共にまさしく聖女が現れた!」
「まぎれもない!彼女が伝説の…」
「ああ神よ!これでこの世界は救われます!」
周りの大人たちは口々にそう言い、中には涙を流すものまでもがいた。けれども彼女はドン引きである。混乱している状況の中で、周りを知らない人に囲まれて、しかもその人たちはなぜか喜んでいるし、なぜか涙を流す人までいる。まってまって、この状況で泣きたいのはあなたではなく私のはずだ。何この状況怖い。彼女はうつむいた。その時、自分の手が普段以上に白いことに気づいた。私の手はこんなにも白かったっけ…。彼女は手を凝視した。手の平を見て、手の甲を見て、また手の平を見る。もしかしたら意味も分からないこの状況に血の気を失っているのかもしれない。緊張すると手先が白くなることもあると何かの本で読んだ気がする…いや、あれは病気の一種だったか。反対の手で触れると何だか普段の自分以上に肌がすべすべしている気がした。そして気が付いた。なぜか視界にピンク色が見える。これは何だろう。彼女はそれを引っ張った。するとなぜか頭皮に違和感が。別の場所も引っ張った。するとまた別の場所の頭皮に違和感が。
「聖女様は何をやっておられるのだろうか」
「何かの儀式やもしれぬ。邪魔をしては悪かろう」
「彼女のような格好の人間は見たことがない。我々が知らぬこともあるだろう」
周りは見当違いなことを口にしているが、彼女の耳には入ってこなかった。だって自分の髪が…手が…まるで別人のようなのだ。そして彼女は見てしまった。その部屋の片隅に置かれた大きな鏡に映った自分の姿を。そこにはピンクの髪にピンクの瞳をした、えらく可愛らしい少女がこわばった表情でこちらを見ている。そしてその鏡の中の少女の手は、今現在の自分の手と同じように髪を触っていた。
「…」
次の瞬間、彼女は意識を失った。彼女はその日、人間は許容範囲外の衝撃を受けた時、声も出せずに倒れるのだと知った。
「せ、聖女様!!!」
周りは大混乱だ。しかし一番混乱していたのは、やはり彼女の心の中だろう。
その神は世界を作った。だって退屈だったから。そしてその世界の歴史を作り、辿るべき流れを作った。だが、その世界ではどうしても悲惨な運命にいきついてしまう。どのように作り変えようとも、その運命は変わらなかった。なぜならそれはその神が作る世界だったから。この世界の基盤はその神の考え方にある。その神が考えるシナリオがすべてである。その神はそれ以外に考えが浮かばなかった。一つの流れしか作れなかった。そこでその神は考えた。そして思いついた。自分では考えが浮かばないのなら、他人の考えを入れてみればいいのだ。その神は、かの神が作った世界のネット小説というものを利用した。かの神の世界は素晴らしい。たくさんのシナリオがあり、また、たくさんの結末が容易されている。だが、かの神は怒るだろうか。勝手に世界を覗かれて。いや、かの神は嫌味を言いながらも最後は許してくれるはずだ。かの神はなんやかんやで寛容な神である。だからこそ、かの神の世界はとても様々な事が起こるのだろう。良いことも、悪いことも、悲しいことも、嬉しいことも。