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1-06 捕物

「ま、いーや。さっさとお前の服を選ぼう。どれにすっかな」


リーヴェは腰に手を当てて、にんまり笑った。

そうだすっかり忘れてた。この服飾店に寄ったのは、聖騎士の制服が目立って仕方ないギルに、町で浮かない服を選ぶためだった。


「本当に貴女が選ぶんですか?非常に不安なんですが……」

「うっさい。あたしが選ぶつったら選ぶんだよ」


ピシャリとギルを黙らせたリーヴェは、つかつかと棚の間を歩きまわる。

黙って見ていると、リーヴェは積まれた服の山をざっくり見て、薄青の麻のシャツとグレーのズボンをパッと手に取った。


「これを着てみろ」

「…………そんな一瞬で決められるんですか」

「あ゙?こういうのは直感が大事なんだぜ」

「やっぱり自分で選びま……」

「おい、たらたらしてんじゃねぇよさっさと試着しろ」

「…………」


半ば脅されるように試着室に押しこまれる。もうどうにでもなれ、とヤケクソで服を着たギルは、青碧の目を瞬かせた。

適当に選んだようにしか見えなかったのに、意外にサイズはぴったりだ。色や着心地も悪くない。聖女の第六感……?

試着室から出たギルは、ぼそっと呟いた。


「……わりといいですね」

「だろ?これなら目立たねぇよ。ほら、鏡で見てみろ」


言われて、大きめの鏡を覗きこむ。そこに映った自分は、たしかに普通の町人らしく見えた。それに、今着ている上下は、ギルの短い褐色の髪や、瞳の色にもよく映えている。

この聖女と趣味が合うのか……と聖騎士は愕然とした。

嗜好が似てるかもとか、考えたくない。怖い。


護衛の葛藤に気づかず、リーヴェは「あたしの見立ても悪くないだろ」と胸を張った。そして、支払いを済ませて荷物をまとめたギルを、ぐいぐい店の外に引っ張っていく。


「よっし祭に行くぞ!爺さんまたな!」

「……はいはい。店主、失礼します」

「リーン、また来いよぅ。兄ちゃんもまたなぁ」


二人はアル爺さんに手を振って、祭の人波に乗って噴水へと歩き出した。




+++++




「────いいか、"外"ではあたしをリーンと呼べ。それから敬語もやめろ」

「わかり…………いや、わかった」

「それでいい。あと、人が多いところはスリもいるからな。懐には注意しとけよ」


移動の途中、聖女はギルに、"外"での心構えや言葉遣いをレクチャーした。彼女は平民出身だと聞いていたが、思った以上に世慣れているようだ。


「あとは……」

「きゃぁっ!」


話しながら歩いていると、後ろの雑踏で女の悲鳴が上がった。二人はぱっと振り返る。


「泥棒っ……!!」

「ちっ」


女性用のバッグを手にした男が舌打ちして、人にぶつかりながら逃げていくのを、二人は視界にとらえた。その瞬間、


「待てっ、リーン!」


隣を歩いていた聖女が、素早く身を翻した。止めるのも聞かず、身軽に雑踏を駆け抜けていく後ろ姿を、ギルは慌てて追う。


リーヴェはあっという間に男に追いすがり、ドン、と体当たりで転ばせた。石畳の上を転がった男は、さっと立ち上がって懐からナイフを取り出した。

周囲から悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすようにひとびとが逃げまどう。


(あるじ)を追いながらその様子を見ていたギルは、肝を冷やした。

男はリーヴェの頭一つ高く、体の幅は二倍。相手が小柄な女だと見るや、男は刃物で脅せば逃げると踏んだらしい。


……いくら強いといっても、今のリーヴェは丸腰ではなかったか。何か武器を持たせておくべきだった。

ギルの後悔をよそに、リーヴェは唇の端を不穏に引きあげた。憎たらしいほど余裕の笑みを浮かべ、突き出した指先を、ちょいちょいと上に向けて動かす。

かかって来いと煽っているのだ。


(何やってるんだよ、バカか!)


逃げまどう群衆をかき分けながら、ギルは叫ぶのを必死に堪える。

案の定、男は小娘にからかわれて、頭に血がのぼった。顔を真っ赤にして、何かを怒鳴り散らしている。


「リーン!」


流れに逆らって懸命に走る。だが、二人のところに辿り着く寸前、逆上した男がナイフを振り上げてリーヴェに襲いかかった。


鈍色の光が閃く。

鋭く突き出されたナイフは、けれど虚しく空を切り裂いた。聖女はトン、と右に動いて軽やかに凶刃を避けると、直後に深く踏み込んだ。同時に、男の顔面に鮮やかに拳を叩きこむ。


反動で男の体が宙を浮いた。石畳の上に背中からドッと落ちて、「ぐぇっ」と潰れたカエルのような呻き声が上がった。その男の手から、リーヴェはすかさずナイフを蹴り飛ばす。


「何を、考えてるんだよ!」


やっと二人の元に到着したギルは、リーヴェを非難しつつ、鼻血を押さえて起き上がろうとした男の鳩尾に、思いきり蹴りを入れた。

八つ当たりめいたその一撃は、容赦なく盗人の腹を抉り、一瞬で昏倒させてしまった。




「これ。あんたのだろ」

「ええ、ありがとうございます……!」


リーヴェが盗まれたバッグを持ち主に返すと、その若い女性は涙を浮かべて何度も頭を下げた。

遠方から王都で働く兄を訪ねて来たついでに、祭を見物していて、先程の被害に遭ったらしい。


「王都にはいろんなやつがいるから、気をつけなよ。じゃあな」

「はい、お世話になりました」


丁寧にお礼を言って去っていく女性に、リーヴェは軽く手を振った。逆方向に目をやると、うなだれた盗人の男が王都警備隊に引きずられていくところだった。


「さて、噴水んとこに行くか。……てか、そのシケたツラは何なんだ。祭を楽しめよ祭をー」

「誰のせいだと思ってるんだ……怪我でもしたらどうするんだよ!」

「それこそ愚問だろ。あたしは高位の治癒どころか蘇生だって使えるんだぞ。そもそも、あんなチンピラ風情に負けるわけねぇじゃん」


お前も知ってるだろ、と言いたげに鼻で笑う聖女に、ギルはむっとして言い募る。


「それとこれとは別だろ!あの男は刃物を出してきたし、リーンは丸腰だったろう。本気で血の気が引いたぞ……」


男が刃物を出した光景を思い出すとぞっとする。そんな護衛を、リーヴェは不思議そうに見上げた。


「……あたしを心配したのか?」

「当たり前だ。愚問はそっちだろう」

「へぇ……なんか新鮮だな」

「何がだ」

「そういう心配をされるのが」


薄茶に変わった瞳を細め、リーヴェは「ふひひ」とにやついた。ギルは軽く眉を寄せて、機嫌よく歩き出した聖女の後についていった。




────結論から言うと、二人が大道芸を見ることは出来なかった。


リーヴェは、困っている者を見ると、手を貸さずにいられない性分らしい。

そのため、なかなか目的地に到着できず、やっと着いた頃には大道芸人たちは撤収し、噴水前にいたのは、通りすがりの通行人と野良猫だけになっていた。

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