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1-05 王都

「リーヴェ様ったら、最近ちょっとはっちゃけすぎだわ……」


二人がいなくなったあと、ひとり残されたエミリ・オージュ上級神官はため息をついた。


聖騎士ギル・ガディットが護衛の任についてから、リーヴェは、水を得た魚のように生き生きしている。表面上は喧嘩腰だが、ギルを困らせて楽しんでいる節があるのだ。

元気なのは結構だが、生真面目な護衛の心労を思うと、手放しには喜べない。


「……まぁ、ギル殿は正直な方だから、リーヴェ様も気が楽なのかしらね。前よりずっとのびのびしてるし。良かった……のかなぁ……?」


うーむと首をかしげながら、乱雑に脱ぎ捨てられた聖女の正装を丁寧にたたむ。神官長に何と報告すべきか、頭を悩ませながら、エミリは控え室を後にした。




++++++




「────今日は逃がしませんよ」

「ちっ、離せよバカ」


転移した先の街角で、ギルは逃げる聖女を素早く捕まえた。今日こそは捕獲成功だ。

少々腹が立ったので、リーヴェの片頬をむぎゅーっと引っ張っておいた。


「いひゃいいひゃいっ」

「ははは、面白い顔ですね」

「うるへえっ」


リーヴェが本格的に暴れそうになって、彼は頬からさっと手を離した。

本気でやりあえば、周囲に被害が出かねない。お灸を据えるなら引き際が肝心だ。ここ一ヶ月で、ギルは、この聖女の扱いに慣れてきつつあった。


「てめえ……何しやがる……!」


赤くなった頬を押さえたリーヴェは、怒りの形相でギルに凄む。聖騎士はそれに動じず、じたばたする彼女の二の腕もあっさり離した。


「はぁ…………ほんとに仕方のない方ですね。もう城下まで来てしまったので、今日は特別に少しだけ付き合います。

……祭を見たいんでしょう?」


本当は引きずってでも大神殿に連れて帰りたいが、途中で逃がしたら元も子もない。

前回はそれで失敗した。少し町を歩かせて、満足したところで連れ帰った方がいいだろう。

ギルにとっては、苦渋の判断である。


それを聞いたリーヴェは、ゴロツキのような危険な目つきから、パァァァッとわかりやすく顔を輝かせた。


「ほんとか!?いやぁ、一人で見て回るのはちょっと寂しいかもって思ってたんだよな!ありがとう聖騎士!」

「オレはあくまで護衛としてついていくだけです。夕方前には引きずってでも神殿に帰りますが、それでよろしければ」

「全然いい!やったぁ!」


子供のように手を叩いて喜ぶリーヴェに、やれやれと苦笑する。留守を任せたエミリには申し訳ないが、少しの間なら何とかしてくれるだろう。


「で、どこに行きたいんですか?」

「よっし、噴水前に大道芸人が集まってるって聞いたから、そっちに行ってみようぜ!」

「はいはい……ですがその前に、オレは着替えた方が良さそうですね。聖騎士の服だと目立って仕方ないんで」

「……たしかに」


人通りの少ない路地裏だが、すれ違う通行人が好奇の視線を向けてくる。神殿所属の聖騎士が女連れだと、どうも目立ってしまうらしい。


「この近くにいい店があるぜ。街で浮かない服を選んでやるから、任しとけよ」


リーヴェは、にいっと笑った。

なぜ聖女がやたら王都に詳しいのか。正直理由はあまり知りたくない。以前の護衛やエミリの苦労を思って、ギルは小さくため息をつく。


「ため息ばっかついてたら幸せが逃げるぞ。ただでさえシケたツラしてんのに」

「誰のせいですか、誰の……!」

「ははは。じゃぁ行こうぜ」


顔をしかめた聖騎士に、リーヴェは快活に笑った。

このままストレスでハゲたら嫌だな……

聖騎士はそれだけが気がかりだった。




++++++




「ここだ」


リーヴェが指さした先は、王都の庶民が着るような、簡素な服が並ぶ服飾店だった。見たところ男性用も女性用も扱っている。

ウインドウを覗いて値札を確認する。高くはないが安くもない。手頃な価格だ。

ここなら確かに「目立たない服を手に入れる」にはぴったりだろう。


リーヴェが先導して扉を押し開けると、奥で縫い物をしていた老店主が振りかえった。


「あぁ、リーンか。久しぶりじゃなぁ」

「よぉアル爺さん。元気か?」

「……リーン?」


呟いたギルを「黙ってろ」と目で制し、リーヴェは店主との会話を続ける。


「アル爺さん、商売の調子はどうよ」

「ぼちぼちだな。星誕祭のおかげで、結構いい値段の服が売れとるから、ありがてぇこった。

ところでリーン、その聖騎士の兄さんは知り合いかい?」

「ああ、こいつはあたしの知人なんだ。祭を見て回るってのに、目立つ服を着てきやがってさぁ。着替えが必要だからここに寄ったんだ」

「……」


祭を見たいと言ったのはそっちだろう、とギルは思ったが、「余計な事はしゃべるな」と言われていたので沈黙を守る。しかし、


「なんだ、リーンの恋人か?お前も年頃だしなぁ、わははっはは」


と言われては、断固否定せざるをえない。


「心外です。こちらはただの 知 人 ですから誤解なきようお願いします」

「アル爺さん、やめてくれよな。本当にこいつとは何でもねえよ」


二人同時に声を上げる。横をちらっと見たら、リーヴェも苦虫を噛み潰したような顔で憮然としていた。


「だいたい、こんなシケたツラの男見てたら気分が下がんだよ」

「オレだって下品な娘はお断りです」

「……わかったわかった。わしが悪かったから、店で喧嘩はやめてくれんか」


苦笑したアル爺さんに諌められ、二人はお互い明後日の方向を見て、むうっと黙りこんだ。

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