1-05 王都
「リーヴェ様ったら、最近ちょっとはっちゃけすぎだわ……」
二人がいなくなったあと、ひとり残されたエミリ・オージュ上級神官はため息をついた。
聖騎士ギル・ガディットが護衛の任についてから、リーヴェは、水を得た魚のように生き生きしている。表面上は喧嘩腰だが、ギルを困らせて楽しんでいる節があるのだ。
元気なのは結構だが、生真面目な護衛の心労を思うと、手放しには喜べない。
「……まぁ、ギル殿は正直な方だから、リーヴェ様も気が楽なのかしらね。前よりずっとのびのびしてるし。良かった……のかなぁ……?」
うーむと首をかしげながら、乱雑に脱ぎ捨てられた聖女の正装を丁寧にたたむ。神官長に何と報告すべきか、頭を悩ませながら、エミリは控え室を後にした。
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「────今日は逃がしませんよ」
「ちっ、離せよバカ」
転移した先の街角で、ギルは逃げる聖女を素早く捕まえた。今日こそは捕獲成功だ。
少々腹が立ったので、リーヴェの片頬をむぎゅーっと引っ張っておいた。
「いひゃいいひゃいっ」
「ははは、面白い顔ですね」
「うるへえっ」
リーヴェが本格的に暴れそうになって、彼は頬からさっと手を離した。
本気でやりあえば、周囲に被害が出かねない。お灸を据えるなら引き際が肝心だ。ここ一ヶ月で、ギルは、この聖女の扱いに慣れてきつつあった。
「てめえ……何しやがる……!」
赤くなった頬を押さえたリーヴェは、怒りの形相でギルに凄む。聖騎士はそれに動じず、じたばたする彼女の二の腕もあっさり離した。
「はぁ…………ほんとに仕方のない方ですね。もう城下まで来てしまったので、今日は特別に少しだけ付き合います。
……祭を見たいんでしょう?」
本当は引きずってでも大神殿に連れて帰りたいが、途中で逃がしたら元も子もない。
前回はそれで失敗した。少し町を歩かせて、満足したところで連れ帰った方がいいだろう。
ギルにとっては、苦渋の判断である。
それを聞いたリーヴェは、ゴロツキのような危険な目つきから、パァァァッとわかりやすく顔を輝かせた。
「ほんとか!?いやぁ、一人で見て回るのはちょっと寂しいかもって思ってたんだよな!ありがとう聖騎士!」
「オレはあくまで護衛としてついていくだけです。夕方前には引きずってでも神殿に帰りますが、それでよろしければ」
「全然いい!やったぁ!」
子供のように手を叩いて喜ぶリーヴェに、やれやれと苦笑する。留守を任せたエミリには申し訳ないが、少しの間なら何とかしてくれるだろう。
「で、どこに行きたいんですか?」
「よっし、噴水前に大道芸人が集まってるって聞いたから、そっちに行ってみようぜ!」
「はいはい……ですがその前に、オレは着替えた方が良さそうですね。聖騎士の服だと目立って仕方ないんで」
「……たしかに」
人通りの少ない路地裏だが、すれ違う通行人が好奇の視線を向けてくる。神殿所属の聖騎士が女連れだと、どうも目立ってしまうらしい。
「この近くにいい店があるぜ。街で浮かない服を選んでやるから、任しとけよ」
リーヴェは、にいっと笑った。
なぜ聖女がやたら王都に詳しいのか。正直理由はあまり知りたくない。以前の護衛やエミリの苦労を思って、ギルは小さくため息をつく。
「ため息ばっかついてたら幸せが逃げるぞ。ただでさえシケたツラしてんのに」
「誰のせいですか、誰の……!」
「ははは。じゃぁ行こうぜ」
顔をしかめた聖騎士に、リーヴェは快活に笑った。
このままストレスでハゲたら嫌だな……
聖騎士はそれだけが気がかりだった。
++++++
「ここだ」
リーヴェが指さした先は、王都の庶民が着るような、簡素な服が並ぶ服飾店だった。見たところ男性用も女性用も扱っている。
ウインドウを覗いて値札を確認する。高くはないが安くもない。手頃な価格だ。
ここなら確かに「目立たない服を手に入れる」にはぴったりだろう。
リーヴェが先導して扉を押し開けると、奥で縫い物をしていた老店主が振りかえった。
「あぁ、リーンか。久しぶりじゃなぁ」
「よぉアル爺さん。元気か?」
「……リーン?」
呟いたギルを「黙ってろ」と目で制し、リーヴェは店主との会話を続ける。
「アル爺さん、商売の調子はどうよ」
「ぼちぼちだな。星誕祭のおかげで、結構いい値段の服が売れとるから、ありがてぇこった。
ところでリーン、その聖騎士の兄さんは知り合いかい?」
「ああ、こいつはあたしの知人なんだ。祭を見て回るってのに、目立つ服を着てきやがってさぁ。着替えが必要だからここに寄ったんだ」
「……」
祭を見たいと言ったのはそっちだろう、とギルは思ったが、「余計な事はしゃべるな」と言われていたので沈黙を守る。しかし、
「なんだ、リーンの恋人か?お前も年頃だしなぁ、わははっはは」
と言われては、断固否定せざるをえない。
「心外です。こちらはただの 知 人 ですから誤解なきようお願いします」
「アル爺さん、やめてくれよな。本当にこいつとは何でもねえよ」
二人同時に声を上げる。横をちらっと見たら、リーヴェも苦虫を噛み潰したような顔で憮然としていた。
「だいたい、こんなシケたツラの男見てたら気分が下がんだよ」
「オレだって下品な娘はお断りです」
「……わかったわかった。わしが悪かったから、店で喧嘩はやめてくれんか」
苦笑したアル爺さんに諌められ、二人はお互い明後日の方向を見て、むうっと黙りこんだ。




