表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/45

番外編・02_聖女と聖騎士、その後

バハートとハロが提示した条件。

それは、結婚式を挙げるなら、クラウスとセラの出席許可をもぎ取ってくる、というもので。


職権濫用……とギルは思わなくもなかったけれど、リーヴェへの効果は抜群だった。

さすが"兄貴分"。聖女の動かしかたをよくわかってる。


「……バハート、その首をかけて約束しろよ」

「約束しよう、脳筋娘」


聖女の部屋にその知らせを持ってやってきたバハートを、まるで決闘の果たし状を叩きつけるかのように睨みつけるリーヴェ。

相変わらず、仲がいいのか悪いのかわからない。いや、これはこれでいいんだろうけど。


当事者の一人であるギルは、白目がちにそんな二人を眺めていた。その隣でエミリが目をキラキラさせている。


「リーヴェ様の花嫁姿が見られるなんて、嬉しいです。ね、ギル殿」

「ええ、まあそうですね」


たんたんと返したギルを見上げて、エミリは「すべてわかってます」と言いたげにニヤニヤした。

だからその顔。やめて。


…………というわけで、翌日から、リーヴェは別人のように結婚式に前向きになった。

猛然と準備に取り組むリーヴェを見て、呆れる反面。

こんな状況になって初めて、ギルは、自分が彼女の花嫁姿を楽しみにしている事に気づく。

エミリはつくづく慧眼だ、とギルは思ったのだった。




そうして順調にことは進み。

あっという間に日々が過ぎて。

二人の式は、もう目前に迫っていた。




+++++




「ギルさん、大変です!」


とある街の宿に到着して早々。

荷物を整理していたギルの部屋に、血相を変えた髪結師の女性が飛びこんできた。

何かトラブルだろうか。身構えながら、ギルは彼女に問いかける。


「どうしました?」

「リーンさんが見当たらないんです!」


トラブルの原因は花嫁だった。

ギルは眉間をおさえた。

ひさびさの脱走だ。

彼女が行きそうな場所に、素早く当たりをつける。


「すぐ連れ帰りますので、部屋で待機してください」


髪結師に伝えて、即座に駆け出す。


……ギルとリーヴェの結婚式は、とある事情で、王都近郊の街で挙げることになった。

今日は式の三日前。二人はたくさんの荷物とともに街に移動し、最終的な調整に入る。やることは山積みだ。早めにリーヴェを連れ戻さねばばらない。


ちなみに多忙を極めるバハートとハロ、エミリは、当日に転移魔術で来る予定になっている。

だが、もう一組の招待客は、今日別の宿に到着する。リーヴェはきっとそちらに向かったのだろう。

町を疾走しながら、ギルはそう予測を立てていた。




はあ、はあ、と息を切らし、ギルはもう一つの宿の前に立っていた。


中から、「ちょ、お待ちください!」「うるせえ、そこをどけ!」と言い争う声が聞こえる。

あの声。リーヴェに間違いない。当たりだ。


宿に飛びこんで階段を駆け上がると、リーヴェが騎士風の男に殴りかかろうとしているのが見えた。

ギルは彼女をとっさに羽交い締めにして、すんでのところでその暴挙を回避した。

危なかった……


「リーン、落ち着け。殴ったら式が中止になるかもしれない」

「ちっ」


リーヴェが舌打ちしたその時、騎士が背にしていた扉がすっと開いた。


「いったい何の騒ぎ?」


扉から顔をのぞかせた青年の目が、大きく見開かれる。


「おー殿下!元気そうだなぁ!」


羽交い締めにされたリーヴェに、ニカッと笑いかけられた美貌の青年──クラウスは、驚きを浮かべ、青い目をパシパシ瞬かせた。


「リーヴェ……じゃなかった、今はリーンだったね。

君、どうしてここにいるの。それに僕はもう殿下ではないけど」

「えーと、クラウス様と、セラに会うために脱走してきたんだ!」

「……そういうことか。君は相変わらずなんだね」


クラウスはくすりと苦笑して、護衛の男に目配せする。そして、「せっかくだから、二人とも少し休んでいって」と部屋に招き入れてくれた。


「セラ!あんたも元気そうだな!」


部屋に入った途端、リーヴェは中にいた美女に飛びついた。


「ちょっと、危ないわ」


抱きつかれた美女──セラは慌ててリーヴェを押しやって、手にしたカップをソーサーに戻す。

クラウスは、セラとお茶を飲んでいたらしい。テーブルには二人分のセットが用意してあった。


セラは優雅な仕草で立って、ひとしきり再会を喜んだ後、リーヴェに呆れた視線を投げかけた。


「聞こえてたわよ。貴女、自分の結婚式の準備を放り出して、脱走してきたんですって?」

「ああ。二人が来てるって聞いて、いても立ってもいられなかったんだ!」

「聖騎士さんを困らせちゃダメでしょ」

「だいじょーぶ」


へへっと笑ったリーヴェにますます呆れ顔になったセラは、「あなたも大変ね」とギルに苦笑した。


そう────ハロとバハートは、きっちり約束を守ってくれた。結婚式への出席を特別に許可されたセラとクラウスは、監視付きだが、この街に数日滞在することになったのだ。


リーヴェとギルが、結婚式を王都ではなくこの街で挙げることに決めたのは、他でもないセラのため。

罪人として追放された彼女は、王都に入ることができない。それが理由であった。




────大神殿の事件後、結局、クラウスは王太子位を返上し、彼の代わりに王太子に選ばれたのは、国王の甥で、クラウスの従兄にあたる青年だった。

去年クラウスの父である王も退位し、彼が新たな王として即位している。堅実に物事をすすめる若き王は、国民の間でも評判がいい。


王の代替わりに伴って良いこともあった。クラウスとセラが、特別に恩赦を賜ったのだ。

魔物の憑依とは関係なく、二人は出会った頃から、本当に想い合っていたらしい。憑依が解けて、クラウスがセラの事情を知った後も、クラウスの想いは揺らがなかった。


恩赦の後、クラウスはすぐにセラを追いかけ、二人は近々結婚式を挙げる予定になっている。その後は小さな領地を賜り、慎ましく暮らしていくという。

もちろん、ギルとリーヴェも彼らの結婚式に招待されていた。


「……大丈夫じゃないぞ。髪結師の方が真っ青になってた。打ち合わせもまだだ」

「いいじゃねえか、ちょっとくらい。ケチ!」


ギルの苦言に、べっと舌を出したリーヴェは、クラウスとセラに向き直った。


「二人に聖女の祝福かけたら行く」

「普通、花嫁が祝福される側だと思うけどね」

「そんなんどうでもいい。あたしは、あんた達に幸せになってもらいたいだけだ」


クラウスの冗談めかした言葉に、リーヴェはフン、と鼻を鳴らす。そして並び立つ美しい男女の額に、そっと指でふれた。


「二人に、星の導きがありますように」


祈りを捧げたリーヴェは、「すげえ強力なやつにしといたぜ!」と自慢げに胸を張った。


「ありがとう。でも僕たちはとっくに幸せだよ。……君も幸せになって」


隣のセラを抱き寄せたクラウスは、その滑らかな頬にキスを落とし、リーヴェに片目を瞑ってみせた。

セラの美しい顔は平静を装っているが、その耳は赤い。


「あーはいはい、ごちそうさま。そろそろ邪魔者は消えるぜ。じゃあ行くぞ、ギル」

「リーヴェ、護衛殿、またね」

「次来るときは、前もって知らせなさいよ」

「おい待て!……すみません、失礼いたしました」


せっかちなリーヴェは、挨拶もそこそこにギルを置いていなくなってしまった。ギルは二人に一礼し、慌てて宿を出る。


早足でどうにかリーヴェに追いつく。

並んで歩きはじめたギルを、聖女はちらっと見上げた。その横顔は、鼻歌を歌いだしそうなほど機嫌がいい。


「……なあ。あいつら、聖女の祝福なんて必要なさそうなくらい幸せそうだったな」


聖女はそう言って、それは嬉しそうに笑ったのだった。




……そのようなドタバタを乗り越えて、ようやく結婚式当日がやってきた。


ギルとリーヴェの親族の出席はなかったが、代わりに、ハロとバハート、エミリ、クラウスとセラが立ち会う。

ステンドグラスが美しい神殿を貸しきっての、ごくささやかな、小さな式。


白い花で控えめに飾りつけられた、小さな礼拝堂の壇上。聖騎士の正装に身を包んだギルは、緊張しながら花嫁の入場を待っていた。


ここに来るまで、いろいろな事があった。つい感傷に浸ってしまうのは、聖女の護衛になってからリーヴェに振り回されてばかりだったからだろう。

これからも振り回されるのだろうが、きっとそれも悪くない。


この式を終えたら、リーヴェは聖女をやめる予定だ。

そしてただの「リーン」になる。

ギルも聖騎士を引退し、本格的に菓子屋を開く準備に入る。


──やがて扉が開き、その向こうに美しい純白の花嫁衣装を纏ったリーヴェが立っていた。

入場のエスコートを買って出たのは、チョコレートケーキ争奪戦で、聖女と死闘を繰り広げた"兄貴分"。バハートである。


二人はゆっくりと祭壇に向かって歩いてくる。

バハートをちらりと見る。今日は乱れなく髪を撫でつけた獅子の獣人が、ギルに向かって、片目を軽く瞑ってみせた。


招待客の席では、エミリが感極まって号泣している。ハロはいつもの無表情のまま、エミリにハンカチを差し出していた。

クラウスとセラは穏やかな笑みを浮かべて、歩いてくるリーヴェを見守っている。


やがてリーヴェはバハートから離れ、一人で壇に上がり、ギルと静かに向かい合った。ギルは手をのばし、繊細なレースのヴェールをそっと上げる。

素顔になった美しい花嫁は、眩しそうに美しい瞳を細めた。


「きれいだ、リーヴェ。誰よりも」

「……そうか。なら頑張った甲斐があったぜ」


心からの賛辞を送ると、花嫁は小さく首を傾けて、はにかむような笑みを浮かべた。ギルは、その微笑を一生目に焼き付けていこうと思った。



二人の結婚式編でした。

番外編もお読みいただき、本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ