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番外編・01_聖女と聖騎士、その後

本編終了から一年半~二年後あたりのお話になります。

聖女と聖騎士の結婚と、あの二人の後日談。全二話。

王都から東へ、馬車で半日。

そこにモルダ領の中央都市がある。商業がさかんなこの都市の片隅で、雷のような怒号が響いた。

古い一軒家が壊れてしまうのではないか、と心配になる大声で、ギルの父は息子を怒鳴りつけていた。


「ふざけるな、聖騎士をやめて、菓子屋を開くだと……!?その上、どこの馬の骨かも判らぬ娘と結婚したいなどと、お前は気でも狂ったのかッ!」

「その言い方はないでしょう、父上」


苛立ちを押し隠して、ギルは冷静に父を諌める。


「……けっ、くだらねえ」


横にいるリーンが小さく舌打ちした。

剣呑な空気を纏いはじめた彼女を、ギルは何とか視線で宥める。


──今日、ギルは婚約者(リーヴェ)を伴って久々に父を訪ねた。

騎士を引退した父は、現在この町で、都市警備隊を相手に剣術指南の職に就いている。

父は剣の師匠としてなら尊敬に値する人物なのだ。剣の腕前は一流だ。

しかし頑固親父の典型でもある彼は、親子としてやっていくには、少々問題のある父親だった。今も、近況を報告した途端、烈火の如く怒り出した。


こうなると予想はしていた。よってギルの精神的ダメージは少ない。

しかし息子の冷静な対応は、かえって火に油を注いでしまったらしい。父はますますいきり立って、怒声を張り上げた。


「……その女との結婚も、聖騎士を辞めることも絶対に許さんぞ。お前は、私の決めた相手と縁談を結ぶのだ!」

「……あ゙ぁ゙?黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって。こいつはあたしと結婚するんだ。親だろうが神だろうが、邪魔するやつはぶっ潰す!」


不機嫌だったリーヴェが、ついにブチ切れて怒鳴り返す。今この場にいるのは、聖女ではなく、一般人「リーン」だが、相変わらず気が強い。

暴言を吐かれた初老の父は、一瞬で顔を真っ赤にした。


「何を……この小娘がぁ!!」

「うるせぇ、ジジイ」


ギリギリと睨みあう二人の間に、「リーン、父上、二人とも落ち着いて」とギルは割って入る。

二人を会わせるのは、爆弾を持って火のなかに飛びこむようなものだと思っていたが、案の定である。


とはいえ。

万一リーヴェと父が殴り合いになったら────ボコられるのは、間違いなく父。

彼は今でも立派な体格を維持しているが、リーヴェは救国の英雄で、生粋の脳筋だ。

神剣を操るクラウスを殴り飛ばし、騎士団長と互角以上に戦う彼女は、王国の最終兵器といっても過言ではない。見た目で油断してはいけない。


ギルはリーヴェを宥めつつ、猛獣のように唸る父に、自分の決意を繰り返した。


「父上、オレはもう決めたんです。誰がなんと言おうと彼女と結婚しますし、聖騎士をやめて菓子屋になります」

「ならば貴様は勘当だ!二度とうちに顔を見せるな!!」

「上等だ、バーカ!!」


なぜかリーヴェが父に怒鳴り返している。もはや収集不可能だろう。撤退だ。


ピリピリした険悪な空気にため息が出るが、譲れないものは譲れない。ギルは父にきっぱりと本心を告げた。


「父上、不肖の息子で申し訳ありません。ですが、どうしてもこの二つは譲れないのです。……今までありがとうございました」


背を向けた父に一礼し、ガンギレするリーヴェをぐいぐい引っ張って、ギルは父の家を後にした。




────一応、結婚と転職の報告はしておこうと、父を訪ねたが、惨澹たる結果だ。仕方ないとはいえ、気分は重い。


ちなみに母はここにはいない。ギルの独立を機に、祖父母の家に戻り、その後父と離縁して別の男と再婚している。したがって、母と連絡を取るのは憚られた。

父の融通のきかなさに、母は愛想を尽かしたのだろう、と今は思う。


聖騎士を辞めると決めた時点で、父とはこうなる事も覚悟していた。だが……


路地裏で、二人は立ち止まる。転移魔術の呪符を取り出したギルは、大神殿に戻る前に、リーヴェへの謝罪を口にした。


「……本当にすまない、父がとても失礼なことを言った」

「気にすんな。あたしがついていきたいって無理言ったんだしさ」


頭を下げたギルに、彼女はあっけらかんと笑っている。怒りはすでにどこかに行ってしまったらしい。


「ま、こういうこともあるよな。縁が切れて、かえって良かったかもしれねえぜ」


ギルを見上げて、リーヴェは慰めるように言う。その言葉が意外で、ギルは目を丸くした。

小柄な聖女を見つめ返し、頭に浮かんだことをうっかり口にしてしまう。


「……『親を大事にしろ』とか言われると思ってた」

「へぇ。あたしに親がいないから?」

「あー……まぁ、そうだな」


歯切れ悪く肯定すると、聖女は肩をすくめた。


「あたしがいた娼館にはな、親に売られた娘が何人かいたんだ。クソ親の元に生まれるのも大変なんだって、あん時思ったぜ。

家族で支えあうのは美しいけど、それは相手によるだろう」


リーヴェは指輪で茶色に変えた瞳を軽く伏せた後、ギルをまっすぐに見た。


「なぁ、父親を見返す方法を知りたいか?」


聖女は悪ガキのような顔でニヤリと笑う。


「お前の選んだ人生で、誰よりも幸せになれ。簡単だろ」


一瞬目を見開いたギルは、彼女の言葉に思わず微笑した。


「リーンの言う通りだな」

「お前はあたしが幸せにしてやる。心配すんな」

「…………それは普通、男の台詞じゃないか」

「知らん。あたしが幸せにするつったらするんだよ」


呆れ気味のギルに、リーヴェはけらけらと楽しそうに笑っている。それから少し真顔になった。


「……あたしはあたしでいいんだって心底思えたのは、お前がそばにいたからだ。だからお前も、お前の思う通りに生きろよ」

「……あぁ」


思わずじんとしてしまった。それを知ってか知らずか、彼女はにいっと笑う。


「けどさぁ、こう見えて、ギルの親には感謝してんだぜ。お前を産んで育てて、聖騎士にしてくれたから、こうして会えたんだしな。

ま、切れた縁が、何かのきっかけで戻ることもあんだろ。くよくよすんなよ」

「そうだな。……オレも、リーンに会えて本当によかったと思ってる」


それは紛れもない本心だった。

彼女以上に大事なものなんてない。この上ない幸福で、すでに胸がいっぱいなのを、この風変わりな聖女にどう伝えたら良いのだろう。


とりあえず、ギルは小柄な彼女を捕まえて頭のてっぺんにキスを落とした。腕の中の聖女は、くすぐったそうに小さく笑い声を上げた。




++++++




しかし。

結婚までの道のりは、けして平坦ではなかった。

なぜなら、リーヴェは当初、


「結婚式とかめんどくせぇ。サインだけでいいだろ」


と言って憚らず、挙式にまったく乗り気ではなかったからだ。


正直に言えば、ギルもどちらでも良いと思っていた。二人には、招待すべき親族が一人もいない、という事情もある。


しかし、バハートやハロ、エミリは強硬に「結婚式をやれ」と主張した。「リーヴェの花嫁姿が見たい」と。

彼らはリーヴェを説得するようギルに圧力をかけてきたので、やむなく重い腰を上げたわけだが。

交渉はまったく捗らず。


にっちもさっちもいかない二人に、業を煮やした騎士団長と魔術師長は、ついに最後の切り札を切った。

……その切り札は、「結婚式をするなら、特別にクラウスとセラを招待する許可を取る」、というものだった。



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