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5-06 断絶

流血描写があります。苦手な方はご注意ください。

────リーヴェのすぐそばに現れた、捕縛の魔方陣。そこから、光のロープが触手のように伸びて、再びリーヴェを捕らえた。


「またかよ……!」


リーヴェが舌打ちする。

その前方に、歪んだ笑みを浮かべた女が出現した。


《聖女、貴様の命さえ奪えば、神剣を穢さずとも、わが主は地上に甦るかもしれぬ。試してみようか》


禍々しい魔の気配を撒き散らし、陽炎のようにゆらりと佇む美貌の女。その白い手には、神官長がエミリを傷つけた、あの短剣が握られていた。


「……リーヴェ様!」


聖女に駆け寄ろうとして、ギルは足を踏み出しかけた。だが背筋をぞわりと撫で上げる感覚に、反射的に後ろへ飛びさがる。


「くっ!」


足元に捕縛の魔方陣が現れ、光のロープに捕まる寸前で、宙返りで避けた。


《これも避けられるか?》


横目で、セラがにやっと嗤った。女が水平に手を振ると、氷の槍が空中に現れ、シュッと空気を裂いてこちらに飛来した。

ギルは数本を避け、さらに二本を剣で砕く。だが後退を余儀なくされ、リーヴェが遠のいた。


「くそっ、リーヴェ!」


声のした方を視界の隅で確認すると、バハートも捕縛の魔術に捕らえられ、ギリギリときつく締め上げられていた。

彼は強力な魔術を解けない。ギルは歯を食いしばって、セラに向き直った。


主礼拝堂の空気が急速に熱くなる。ハロの放った無数の炎の矢が、ごうっと音を立てて、女に襲いかかったのだ。

しかし彼の強力な魔術も、セラの多重結界を破ることはできず、打ち消されてしまう。

灼熱の炎が次々と燃え落ちる最中、赤い光に照らされた女は、凄絶に美しかった。

セラはリーヴェに向かって、爛々と輝く黒い瞳を眇めた。短剣を構えると、まるで踊るように軽やかに床を蹴る。


《死ね、聖女》


…………躊躇したのは、わずかな間。

"戒域"を放つのと同時に、ギルは二人の女の間に、自分の体を割りいれていた。




+++++




────半壊の主礼拝堂。

リーヴェを庇って、ギルは女の凶刃を受けた。


"戒域"の防御は、失敗に終わった。セラに到達した途端、糸がほどけるように解除されたからだ。

ギルはそれも予想していた。だから、自分の体をも盾にした。


刃が背中に沈む。

熱を感じた瞬間、血まみれの刃先が、自分の胸から突き出していくのを見た。

リーヴェの白い頬に鮮血が飛び散る。白銀の瞳が大きく見開かれた。


「………………ぐっ」

「聖騎士、お前何やってんだよッ!」


悲痛な叫びが響きわたる。

ギルはがくりと膝から崩れ落ちた。

霞む視界のなかで、怒り狂ったリーヴェが、もう一度魔術の拘束を解こうとあがいている。


うつぶせに倒れたギルの目の前に、セラの華奢な足が立ちふさがった。


《ただの人間ごときが、我の邪魔をするなぁッ!》

「……かはっ……」


背中の短剣を、ぐい、と踏まれた。さらに、セラの靴の爪先が、ガツッと抉るようにギルの脇腹を蹴りとばした。

仰向けになった胸を、容赦なく踏みにじられる。その圧迫で、短剣がより深く刺さっていく。激痛で声も上げられない。


「……は、ぅ……っ」


痛みで朦朧とする意識を、ギルは必死に繋ぎ止める。

そんな彼の視界の隅で、何かが光った。

女性とは思えぬ力で自分を踏みつけ、逃がれるのを許さないその細い足首に巻きついた、金の鎖。そこに揺れる、赤い牙。


…………この牙の正体に、聖騎士の青年はようやく気づいた。




足首に揺れる飾りは、セラとの初対面でも見た。

あの時、なぜ気づかなかったのだろう。牙から染みだす、尋常ではない魔の気配に。

この赤い牙は────魔物の体の一部。

魔力を帯びたものを媒介に、契約した相手の魂を隷属させる禁忌の術の存在を、聖騎士は思い出していた。その術で、魔物はセラの体を乗っ取ったのだろう。


これさえ壊せば──

聖騎士は、震える手を伸ばした。魔物に気づかれないように、静かに。

そして、指が鎖に触れた瞬間、一気に引きちぎった。


《ぐ、貴様ぁっ!!》


カツンと軽い音がして、赤い牙が床を転がった。

途端、そこらじゅうに吹き荒れていた禍々しい気配が、(もや)が晴れるようにすうっと引いていく。


ガッ!


「……が、はっ」


魔物が再び、ギルを蹴り飛ばす。聖騎士の体が床を転がった。痛みに呻く口元には、けれどかすかな微笑が浮かんでいた。

憑依系の魔物は、魂の隷属に綻びが出た時点で、不完全な力しか振るえない。

そんな中途半端な魔物に、彼の主が負けるはずがなかった。




「許さねえ」


小さく落とされた聖女の声は、ぞっとするほど冷たい怒りに満ちていた。


女はリーヴェを見て、目を見開く。

美しい女の顔が、初めて恐怖に染まった。

魂の隷属が解けかけた今、セラの力は急速に減退していた。リーヴェの発する殺気に圧され、魔物が慄いて後ずさる。


────薄いガラスが割れた時のような軽やかな音が響き、光のロープがふっと消滅する。

自由になったリーヴェは、小刻みに震える女に歩み寄ってその胸ぐらをギリッと掴みあげた。


《ぐっ……》


強力な"戒域"によって、動きを封じられた女は、顔を歪め、は、は、と苦し気に息を吐いた。


「……聞こえてるか、セラ。中にいるんだろ。あたしはあんたに、『弱い者のために力を使う』と約束した。だから全力で、このゴミ豚野郎をぶっ倒す」


白銀の瞳を眇めて言うと、


「歯ぁ食いしばれ」


リーヴェは静かに言いはなった。その静けさが余計に恐怖をかきたてる。魔物が《ひっ》と小さく悲鳴を上げた。


だからその、チンピラみたいな言い方……と思いながら、ギルは緩く目を閉じた。

胸の出血が止まらない。

これはまずいな、と思う。だが、自分に治癒をかける力は、僅かも残ってなかった。


ボゴォッ!と、容赦なく殴打する音が響く。

王子にしたのと同じように、リーヴェは神気をこめた(こぶし)でセラを殴りつけたのだろう。


直後、バハートが大剣をふるう音と、ハロの詠唱が重なって、かすかにギルの耳に届いた。

炎が燃え上がる音。依代(よりしろ)から引き剥がされた魔物の、断末魔の咆哮。

その残響が消えると、ギルに呼びかける声が何度も聞こえた。


だが視界は暗闇に覆われ、何も見えない。呼びかける声も次第に遠ざかっていく。もう痛みすら感じない。

────そして、ギルの意識はふつりと途切れた。



まだまだ終わらんよ。(もう少し続きます)

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