5-05 閑話・ある令嬢の告白
シリアスな描写がございます。苦手な方はご注意ください。
《セラ視点》
────夢を見ていた
素敵な王子様が、いつかわたしを迎えにくると
《その夢を叶えてやる》と誰かが囁いた
《そのかわり、お前のすべてを差し出せ》と声は言った
ここから────この苦しみから抜け出せるものなら、何でも良かった
だからわたしは、藁にすがるように、
その声にしたがった
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どこか遠くで、誰かの争う声がしていた。
はっきりしない意識のなかで、わたしはそれをぼんやりと聞いていた。
でも……何もかもどうでもいい。魔物も、世界も、自分の魂さえも。心底どうでもいい。
そんなことしか思い浮かばなかった。
────わたしの名前は、セラ・ガードナー。
優しく明るい両親のもと、商家の娘として生まれ、幼い頃は何不自由なく、幸せに暮らしていた。
けれど、わたしが七つの時、この国は大きな飢饉に見舞われてしまった。
両親は店を失って、失意のなか相次いで没した。引き取ってくれる者もなく、孤児になったわたしは、あてどなく村から村、町から町へとさまよい続けた。
最後に行きついた町には、わたしのような子がたくさんいた。みんな、生きのびるのに必死だった。でも、路上に生きるわたしたちを、ひとびとは"薄汚い野良猫"と呼んで蔑んだ。
ある日、路地裏をうろついていたわたしを、身なりのよい男が呼び止めた。
彼はわたしの顎をつかみ、いろんな角度から眺めると、何かに納得したかのように一人頷いた。そして、
「うちの店で働かせてやる。そのかわり、食事と服、寝床を与えよう」
と尊大に言った。わたしは、とてもお腹が減っていたので、深く考えずに頷いた。
……ついていった先は、女性たちが体を売る店だった。
まだ幼かったわたしは、ある程度育つまで、さまざまな雑用をやらされることになった。
下働きでも、とろとろしていたら、姐さんや店の男にしゅっちゅう殴られたりした。
しばらくして、同じ年頃の、きれいな女の子が同じ下働きとして入ってきた。藍色の髪、白銀の瞳を持つその女の子とわたしは、友人になった。
彼女は本当にきれいで、強くて、失敗の多いわたしをいつも庇ってくれた。彼女はわたしの特別だった。
だけど、ある日。
王都から来たひとたちが、「この子は聖女だ」といって、彼女を連れ去っていった。
王都へ旅立つ日の朝、彼女は「いつか必ず迎えに来る」とわたしの手を握りしめた。
……彼女は、わたしだけの特別じゃなかった。
みんなにとって特別な、"聖女"だったのだ。
わたしたち"野良猫"は、あまりに弱い。だから彼女が去る時、わたしは「力は弱いもののために使ってほしい」と頼んだ。
するりと出た言葉に、けれど彼女は、真剣に頷いた。
そのあとすぐに、わたしたちのいた娼館は、ひっそりと閉鎖されることになった。聖女が娼館にいたなんて外聞が悪いから、という理由で。
行き場のなくなったわたしは、ロドニー子爵という貴族の男に売られた。
名目は、子爵の養女として。
けれど事実上の愛人か、あるいはそれ以下の、奴隷でしかなかった。
傷の残らないやり方で、若い娘をいたぶるのが趣味の、下衆で醜い男。地獄のような辛い日々。
……リーヴェは、わたしとの約束なんて忘れてしまったのだろう。彼女はきっと迎えには来ない。
同じような境遇だったはずなのに、わたしは、聖女に選ばれたリーヴェをいつしか憎むようになっていた。
────生きる喜びなんて、欠片もない。人形のように心を殺してやりすごす日々。
けれど、そんなわたしに、またしても転機が訪れた。野心家でもあった子爵に、王都に行って王子を誘惑しろと命令されたのだ。
そんなの、上手くいくわけないと思ったけれど……従う以外の選択肢はなかった。わたしは言われるままに、王子の参加するパーティに、精一杯着飾って出席して、
そして、あの狡猾な魔物に魅いられたのだった。
これも何かの運命だったのだろうか。
わたしは、自分の魂をそいつに売り渡してしまった。
………この足首に巻かれた、金色の鎖と牙。
これが、人を操るおそろしい魔物と、たしかに契約をかわした証。




