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2-07 覚悟

白い衣装を翻して、リーヴェは素早くバハートに切りかかった。

……おそろしく速い。さっきの神術で、身体能力を相当底上げしたのだろう。

今までの手合わせは何だったのか。そう思ってしまうほど、段違いの速さだった。


リーヴェが胴に打ちこんだ一撃は、しかしバハートに難なく弾き返された。反動を利用して後方に飛びすさったリーヴェは、地面を蹴って再び剣を振るった。


目で追うことさえ難しい。

二人が切り結ぶ毎に、激しい剣戟が鳴り響く。しかし、神術で底上げしてもなお、力で劣るリーヴェは、じりじり押されているように見えた。


ブン、とバハートの剣が空気を切り裂く。

さっきの手合わせで、その強さを身をもって知ったギルは背筋が冷えた。

バハートの剣は速いだけではない。とてつもなく重い。スピードはリーヴェの方が上回っているが、小柄な彼女があの剣を一度でも食らえば、間違いなくただの怪我ではすまない。


固唾をのんでいる聖騎士の目前で、獣人が大きく踏みこんだ。

上段に振りかぶった剣を、けれどリーヴェは避けようとはせず、剣を横に構えて受け止めようとしていた。


「無茶だ……!」


ギルの顔から血の気が引いた。その瞬間。


「バカめ」


リーヴェがにやりと笑った。


ガキン!という激しい打撃音は、リーヴェの剣から発せられたものではなかった。獣人の重い一撃を阻んだのは、不可視の壁。聖女はすぐさま一歩下がる。

バハートの顔に驚愕が浮かんだ。

優勢に打ち合いを進めていたはずの彼は、何かに拘束されたように剣を取り落とし、直立不動で動きを止めた。


「…………リーヴェ!お前、"戒域"を使うなんて卑怯だぞッ!」

「使っちゃダメなんてルールはねえよ。てめぇの負けを認めろ」

「いいから"戒域"を解除しろ!俺は狭いところが嫌いだって知ってるだろうがっ!」

「ははは、相手の弱点をつくのが戦術ってやつだよなー」


ゼラフィール最強の騎士に怒鳴られても、リーヴェは怯えるどころか、いっそ爽やかな笑顔で挑発している。


「本当に怖いもの知らずだな……」


聖騎士は思わず呟いた。

さすが悪鬼を倒した英雄。あの騎士団長に逆らうとか、ギルには到底考えられない。

勝ち誇ったリーヴェはとても憎たらしい。悔しがるバハートの気持ちは、痛いほどわかる。




……リーヴェが使った"戒域"とは、守護の神術の一つだ。魔術師が使う結界のような術で、物理攻撃や魔術を防ぐために使われることが多い。

しかしリーヴェは、"戒域"という不可視の壁を箱状に編み、バハートの拘束に使ったのだ。

押されていると見せかけ、"戒域"を仕掛けた位置に巧妙に誘いこんだのだろう。なかなか狡猾な手を使う。


「これを外せ、バカ娘!」

「しばらくしたら勝手に解けるぞ。もう少し入ってろ」

「……リーヴェ、私は忙しいので先に帰りますね。聖騎士殿、またいずれお会いましょう。では」


勝負を見届けたハロは、こちらに一声かけて、振り向きもせずに歩み去った。こっちはこっちでマイペース……


「おう、またなー」


リーヴェは鬼人の魔術師にひらひら手を振って、くるりとギルに向き直った。


「ほんっとにだらしねえなお前は。バハートごときに何やられてんだよ。しっかりしろよー!」

「すみません」


舌打ちした主は、痣だらけの聖騎士に手をかざして治癒を施していく。すると全身の痛みがすっと引いて、痣もすっかり消えてしまった。

聖騎士のギルは、自分でも多少の治癒はできる。だが、聖女のそれは段違いだ。


「今日から特訓だな。バハートからせめて一本は取れるように鍛えてやる。覚悟しとけ」


リーヴェは不敵に笑った。

……ちなみに、"戒域"に閉じこめられ放置された騎士団長は、一刻後にやっと解放されたと後で聞いた。




リーヴェの説明によると、四英雄の間には、勝ち負けの相関関係があるらしい。


バハートは"戒域"を解除できない。だから、リーヴェの策に嵌まれば負け。

バハートと神剣を使ったクラウス王子は互角。バハートとハロ、クラウスとハロだと、素早さと力の関係でハロが負ける。

リーヴェとハロは、ハロが"戒域"や神術を解除できるため、ハロに軍配が上がりやすい……といった感じだ。


「だから、お前もバハートとの相性は悪くないはずだ。もうちっと頑張れや」


リーヴェは聖騎士の背中を叩き、雑に励ましてくれた。

たしかに負けっぱなしでは悔しい。何より、このままでは護衛としての任務を果たせない。


「そうですね……オレももっと強くなりたいです。せめて貴女の盾くらいにはなれないと」


真っ直ぐ白銀の瞳を見て言うと、聖女の頬がみるみる赤くなった。


「バカかお前は。あたしは、自分より弱いやつを盾になんかしねぇんだよ!」


なぜか怒られて、ついでに拳骨まで食らってしまった。暴虐な主の相手は難しい……




────その後、特訓と称して、ギルは主の監督のもと徹底的にしごかれた。

思うに、彼女は単に暇つぶしが欲しかっただけかもしれない。それでもギルはバチボコにやられながらも、少しずつリーヴェの戦いかたを学んでいった。


そうして一日のルーチンに特訓が加わった。

しかし、日常にさして変化はない。

バハートの言う「邪悪」の気配も、今のところ、リーヴェの周辺には見られなかった。


だが、考えても仕方ない。

ギルは己を鍛えることに集中した。いざという時、主を守れなければ話にならないのだから。


そうして聖女の護衛になって三ヶ月が経過し、秋も深まってきた頃。

…………バハートとハロに脱走を止められていた主の苛立ちが、ついに頂点に達していた。



二章終了。次回から三章です。

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