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2-05 妹分

昨日の宴会は誰にもバレてない。

……そう思っていたが、安心するのは早かった。ギルはすでに、()()に目をつけられていたからだ。




+++++




大神殿には、いくつかの重要な役割がある。神殿内の浄化や王都の加護の強化などだ。それらはまとめて聖務と呼ばれ、リーヴェの日課に組みこまれている。

リーヴェが聖務につく間は、専属護衛とは別に、警護の聖騎士と衛士がつく。その時間、別行動が許可されているギルは鍛練場で鍛えることが多い。


今日もリーヴェを聖務に送り出し、一人鍛練場に向かう。その途中、ギルは────()()に捕まったのだった。




「お前がギル・ガディットだな」

「……彼がそうですか。何だかぱっとしませんね」


大神殿の廊下で、唐突に背後から呼び止められた。失礼な言い方にムッとする。

だが振り返った瞬間、彼はピシリと固まった。


「ハロ、焼きもちは見苦しいぞ。妹分が独り立ちしようとしてるんだ。それは喜ばしいだろう?」

「なぜ私が、あの脳筋に焼きもちを焼かねばならないのですか。心外です」


からかうような声に、もう一方はたんたんと返した。しかし内容が何だか不穏で、ギルの背中に冷や汗が伝う。


振り返った先に立っていたのは、対照的な二人──堂々とした体格の獅子の獣人と、ローブを纏った鬼人の魔術師であった。

王国広しといえどそういない、特徴的な容貌。救国の英雄──ゼラフィールの騎士団長バハート、そして年齢不詳の魔術師長ハロで間違いなかった。




足首まで覆うローブを纏い、暗い灰銀の長髪を背に流した魔術師ハロ。長命種である彼からは、超然とした雰囲気が漂っている。

鬼人特有の黒い巻き角と、尖った耳、すらりとした体躯を持ち、石榴の色をした瞳には星のような光が浮かぶ。繊細な顔立ちだが表情に乏しく、その考えを窺い知ることは出来ない。


もう一人のバハートは、明るい茶色の瞳で、ギルを観察するようにじっと見ていた。

逆立った枯れ草色の髪と、頬から顎にかけて顔まわりを半周する髭は、獅子の鬣を彷彿とさせる。髪の隙間に丸い獣耳が覗き、細い茶色の尾はゆったりと左右に揺れていた。

精悍な風貌の騎士は、ふいに低く笑った。


「……俺は騎士団長バハートで、こいつは魔術師長ハロだ。知ってるだろうが、よろしくな」

「聖騎士ギル・ガディットと申します。お目にかかれて光栄です、閣下」


我にかえったギルは、慌てて敬礼した。


"悪鬼"討伐後、ハロとバハートはそれぞれ魔術師長と騎士団長に昇格している。多忙な彼らが、わざわざ自分に声をかけに来た理由が分からない。だが……嫌な予感がする。

内心慄いていると、獅子の獣人があっさり理由を切り出した。


「昨夜、リーヴェが聖騎士の宿舎に行ったようだな。お前の部屋か?」

「…………なぜそれを」


余りに動転して、つい肯定してしまった。

一瞬失敗したと焦る。だが、正直に答えてかえって良かったかもしれない。この二人に嘘をついたら半殺しの目にあいそうだ。

それより、昨日の今日で彼らが出てくるとか聞いてない。

リーヴェは「へーきへーき」などと軽く言ってたが、全然平気ではなかった。嘘つきめ……!


心の中で悪態をつくギルの脳裏に、昨夜見たあの指輪がふとよぎった。

主が身につけていたハロ謹製の指輪。リーヴェの行動が筒抜けだとしたら、おそらくあれが原因ではないだろうか。つまり魔石に刻まれた三つ目の魔方陣は……


「リーヴェ様の指輪に隠されていた魔方陣は、"追尾"の魔術だったのですね……」

「正解です。綺麗に隠したつもりでしたが、よくわかりましたね」


鬼人の魔術師がにこりと笑った。でも目が笑ってない。こわい。


「……ご無礼を承知で申し上げます。リーヴェ様ご本人に黙って追尾を行うのは、少々問題があるのでは……?」


勇気を出して意見したギルに、魔術師は小さく肩をすくめた。


「リーヴェは何かというと脱走するので、仕方ありません。彼女の安全と大神殿のためです」

「時々外の空気を吸わせないと、あいつは、大神殿の壁とか柱を破壊するからなぁ」


なるほど、昼の脱走で彼らが出てこなかった理由はそれか。ていうか、神殿を破壊する聖女って何なんだ……

言葉に詰まったギルの前で、英雄たちは顔を見合わせた。


「……彼は相当気に入られているようですね」

「だが、弱いやつは論外だな。俺から一本取ったら許してやる」


……許すって何を?


「まぁ、ちょっと付き合え」


にやりと笑ったバハートが、聖騎士の肩をがしっと掴んだ。

観念したギルは、市場に売られる羊のように、第二鍛練場へ引きずられていった。




+++++




何がどうしてこうなった。

鍛練場の一角。模擬戦と称して、刃を潰した剣を与えられたギルは、獅子の獣人と向かい合っていた。ちなみに場外にいるハロは、興味なさそうに二人を見守っている。


バハートは無造作に立っているように見えて、まるで隙がない。だが、どう足掻いても逃げられないなら、胸を借りるつもりで戦うしかないだろう。

ギルは覚悟を決めた。


「いつでもかかって来い」

「では、遠慮なく」


ふっと息を吐いて、鋭く踏みこむ。

────左下から切り上げた一撃は、激しい金属音とともに簡単に弾かれた。

予想より遥かに重い衝撃。体勢を崩したギルに振るわれた剣は、彼を軽く闘技場の端まで吹きとばした。


「まだまだ!」


土まみれになりながら、素早く立ち上がってもう一度打ちかかる。

今度は連続で剣を振るう。だがすべて受け止められた。横に回りこもうとしたところに打ち込まれ、また場外に飛ばされる。

バキ!とか、ボゴォ!という打撃音が響く。二人の一方的な打ち合いは、暫く続いた。




────結論から言う。ギルは、バハートから一本も取れなかった。それどころか一方的にボコボコにされた。

獣人の身体能力を甘く見ていたわけではない。あの男が規格外なだけだ。


「"朱炎"と聞いて期待していたんだが、この程度か。拍子抜けだな」


僅かな時間で、ぼろきれのようにズタボロにされたギルは、肩で息をしながら、地面に仰向けに寝ころがった。

全身痣だらけであちこち痛い。言い返す気力もない。一方バハートは少し汗をかくのみで、涼しい顔をしていた。


「俺はお前を認めんぞ。悔しかったら一本くらい取ってみせろ」

「あの…………閣下はおそらく誤解なさってます」


──ここに至って、ギルはやっと気がついた。以前エミリが言っていた"こわーいお兄様方"とは、彼らのことなのだ、と。




リーヴェに悪い虫がつかないように、王国最強の騎士と魔術師が目を光らせてると知ってたら、たとえ天変地異が起こっても、絶対にリーヴェを部屋に入れなかった。

……天変地異の方がまだマシだ。


そもそもギルに下心はない。リーヴェもギルを男と見ていない。だから、夜中に気軽に部屋へ遊びに来たりするのだ。

もっと言うと、リーヴェの想いびとはクラウス王子である。少なくともギルはそう考えている。


切実に申し開きがしたい……と思ったが、彼の弁明に先んじて魔術師が口を開いた。


「バハート、彼に伝えることがあったのでは」

「あぁ、そうだったな。つい手合わせに夢中になっちまった」


獅子の獣人は、枯れ草色の髪を片手で掻きまわして、倒れている聖騎士に歩み寄った。


「そのままで構わんから、聞け」


彼は腰に手を当て、上からギルを覗きこむ。そして声を低くした。


「…………つい先日、城の占星術師の占いが出た。邪悪な何かが、王都に入りこんでいると」


リーヴェの指輪の三つ目の魔方陣は、心配性お兄ちゃんハロの、魔術式GPSなのでした。

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