1-09 花束
「────もう、ほんとにほんとに大変だったんですからね!ギル殿まで脱走に加担しちゃうなんて……!
祭の行事でお疲れだってお伝えしても、神官長は信じてくれないし……!」
そりゃそうだ。
と、ギルも思う。リーヴェは英雄たちから「脳筋聖女」と呼ばれるほど肉体派で脳筋だ。祭の挨拶くらいで疲れるような娘ではない。
「本当に申し訳ありませんでした、エミリ殿」
「悪かったよ……」
潔く頭を下げたギルの隣で、仏頂面のリーヴェが謝った。その顔には、ありありと不満の色が見てとれる。
これは反省してないな、と確信した矢先、
「リーヴェ様、脱走なんてもう金輪際やめてください!」
「いやそれは無理」
怒り心頭のエミリに、リーヴェは即座に言い返した。
あちゃー……と思った時にはすでに遅く、エミリは顔を真っ赤にして体をふるわせていた。
「リーヴェ様っ!」
「うるせえ、脱走しないあたしなんて、あたしじゃねぇんだよ!」
「そんな……わたくしがどれだけ……もう、もうっ、リーヴェ様なんか知りませんっ!」
「……二人とも、落ち着いてください」
ギルは仕方なく、睨みあう二人の間に割ってはいった。お互い火に油を注ぐのはやめてほしい……
「エミリ殿、今日はオレにも非があります。今後は責任を持ってリーヴェ様を見張りますし、早急に連れ帰るようにします。なので、今回は許してやってもらえませんか?」
エミリを見つめ、真摯に説得する。
ぐっと言葉に詰まったエミリは、低く「うぅ……」呻いたあとで、はぁぁーーーっと大きく息を吐き出した。
「ギル殿は卑怯です……!」
「だよなーわかるわかる」
「…………」
さっきまで一触即発だった聖女と上級神官が、なぜか急に意気投合している。意味がわからない。
「ずるいですよねー」
「ずるいよな」
「…………」
さらに、二人は深く頷きあっている。意味がわからない。
だが、彼女たちの怒りはひとまず収まったらしい。ならいいのか。いいんだろう。たぶん。
聖騎士は深く考えるのをやめた。一件落着である。
翌日。
毎日欠かさない早朝の鍛練から宿舎に戻り、出仕のために身なりを整えていたギルは、ふとテーブルの上に目をやった。
そこには、昨日手に入れたスールの花束が無造作に置かれている。暫し思案して、彼はそれを手に取った。
「────おはようございます、リーヴェ様。本日もよろしくお願いします。それから、昨日はこちらをお渡しするのを忘れていました」
朝の礼拝から戻ってきたリーヴェに、型通りの挨拶をすませた後、ギルは花束を差し出した。
昨日、"金糸雀通り"で購入した花だ。
「……それ、自分用に買ったんじゃねえのかよ」
リーヴェの口元が、ぐっとへの字に曲がった。一ヶ月仕えてきたからわかる。これは照れ隠しだ。
「貴女は、ご自分のものは結局何も買わなかったでしょう。ですから、よかったら受け取ってください」
ずいっと花を差し出すと、白銀の瞳を瞬かせていたリーヴェは、戸惑いながらも受け取った。
ふと気づくと、視界の端でエミリがニヤニヤしていた。
ギルは猛烈に気恥ずかしくなった。「では」と一礼して、そそくさと部屋の隅に移動し、彫像のように気配を殺す。しばらく護衛らしく大人しくしていよう。
「……どうしたらいいんだこれ」
リーヴェがぼそりと呟いた。突然花束を押しつけられて、どうしていいかわからなかったようだ。
朝食の準備を整えていたエミリが手を止めて、戸惑う主に、にこやかに声をかけた。
「素敵なお花ですね、リーヴェ様。そちらはお部屋に飾られたらいかがでしょうか。あとで花瓶を探して参りますわ」
「あ、うん。じゃあ寝室に……頼む」
頷いたリーヴェは、花束を預ける際に、エミリをじっと見た。
「そういや、エミリに脱走の土産を買ってきたことってなかったな」
リーヴェは「いいことを思いついた」とばかりに、にいっと笑った。
「昨日、聖騎士にうまい菓子屋を教えてもらったんだ。今度こっそりエミリの分も買ってくるから、楽しみにしててくれよな!」
「……何回言えばお分かりになるんですか……リーヴェ様、脱走はダメですッ」
さっそくエミリの説教が始まった。
要らんことを言うなよ……とギルは呆れたが、今朝は助け船を出す気にはなれない。
リーヴェは情けない顔でこちらをチラチラ見ていたが、ギルは完全に気配を消して、壁と一体化することに集中する。
ちなみに、エミリの話は長過ぎて、途中リーヴェは目を開けながら寝ていた。器用な娘だ。
+++++
「ギル殿!あの花束って、星誕祭で男性が女性に愛を告白する時に贈るものではありませんか!?」
一日の勤務を終え、夜の警護と交代する際に、ギルは食い気味のエミリに呼び止められた。
両手を胸の前で組み、目をキラキラさせた上級神官に、ギルは思わずたじろぐ。
「いや……あれは別に、他意はないんですが……」
星誕祭の期間、男が意中の娘に愛を告げる時に、スールの花を贈る───という習わしは知っている。
だが、あの花束に深い意味はない。断じてない。
なのに、エミリはしたり顔で頷いた。
「うふふ、いいんですよ、分かってますからぁ!」
この顔。絶対誤解してる。
重ねて否定しようとしたギルが何か言う前に、エミリは、「あっそういえば!」と声を上げた。
「ギル殿にひとつ忠告しておきますね」
彼女の真面目な表情に引きこまれ、ギルは思わず口をつぐんで続きを待った。
「リーヴェ様にちょっかいをかけると、こわーいお兄様方に目をつけられるやもしれません。ですが、挫けず頑張ってくださいませ。わたくしはギル殿の味方です!」
「お兄様方……?」
聖騎士は、不思議に思って首をかしげた。
「リーヴェ様は、お身内がおられないと聞いてますが……?」
「うふふ、そのうち分かりますよぅ。ではお休みなさいませ」
エミリは意味深に笑って、踵を返した。そのうしろ姿を廊下の向こうに見送った彼は、
「……あ」
と小さく呟いた。エミリの誤解を解くのをすっかり忘れていた。
一章終了。ここまでお読みいただきありがとうございます。
「こわーいお兄様方」はそのうち出てきます。




