009 逢引きはキノコの影で
「ヨシュア様、見て下さい。このキノコ。臭いし、気持ちが悪くて可愛いです!!」
(それは褒めてるんだよね?)
ヨシュアは迷彩柄のジャケットとカーゴパンツに身を包み、キノコの前で嬉しそうに鼻をつまむドロシーを見て、可愛いなと目尻を下げた。
(って、僕らは遊びに来ているわけではない)
ヨシュアはついうっかりデレデレとだらしなく緩みがちな自分の頬を両手で容赦なく叩いた。
現在ヨシュアは真剣勝負の真っ最中。上級生にとっては必至科目である野外演習に参加しているところだ。しかも一位を目指すという、大それた野望を抱いて参加しているというわけで。
(駄目だ。これじゃ、デートみたいだ。僕はあいつに勝ちたい)
ヨシュアはキリリと顔と心を引き締める。
「ヨシュア様。こんなの初めてみました」
珍しいキノコを前に目をキラキラとさせるドロシー。
(うっ、可愛い)
「それはキヌノコロモガサタケだね」
ヨシュアは呆気なく、ドロシーと密な時間を過ごす事を優先させる事にした。
「これが……幻と呼ばれるキヌノコロモガサタケの本物……」
感動で絶句し目を丸くするドロシー。
「因みにそのレースみたいにヒラヒラしたカサの部分は半日ほどしか持たないから、こうして遭遇できた事はとても幸運な事だと思う」
好きな子にここぞとばかり良いところを見せようと、ヨシュアはウンチクを垂れた。
キヌノコロモガサタケはわりと細長く白いキノコだ。緑色に見えるカサの部分の下から伸びる菌網と呼ばれるレース状の附属器官が特徴的で目を惹くキノコである。
(確かに珍しいし、幸先いいかも)
ヨシュアは幻のキノコとの遭遇と思いがけず訪れたドロシーとの密な時間にニンマリする。
「ヨシュア様。この子のスカートめくりをしてもいいですか?」
ドロシーがうずうずとした様子でヨシュアにそう問いかける。
(まぁ、気持ちは分かるけど、言い方がちょっと変態……ま、そういうところも可愛いよなぁ)
惚れた弱み全開。もう何をしても可愛いとしか判断出来ない、絶賛語彙力低下中のヨシュア。
「大丈夫。毒はないから。好きなだけめくって」
「はい。失礼します、キヌノコロモガサタケ様」
ドロシーはゴクリと喉を鳴らしキノコのスカートをそっとめくった。
「おい、キノコぐるい共。ちゃんと働け」
「その呼び方はやめろよ、ロイ」
「お前たちに付き合ってたら、一生この山から出られない可能性がある」
「まぁ、それは否定しないというか、むしろそんな人生を歩んでみたい的な」
「仙人か!!」
ロイに叱られヨシュアは渋々とうっとりとキノコを観察しているドロシーに声をかける。
「ドロシー嬢。そろそろ働けだって」
「あ、はい」
ヨシュアはキノコの前にしゃがみ込むドロシーに手を差し出す。
ヨシュアの差し出した手を見て顔を赤らめ、それからおずおずとその手を握るドロシー。
(うわ、女の子の手ってこんなに細くて柔らかくて小さいんだ……)
ヨシュアは驚き、しかし慣れた風を装いドロシーを引っ張りあげる。
「ありがとうございます。何だか名残惜しいですね」
ヨシュアと繋いだ手をジッと見つめ、ドロシーが小声でそう口にする。
(くそう、可愛いし、幸せだし。やっぱこのまま遭難の方向で……)
「おい、イチャイチャしてんな。働け!!」
ドロシーと山で遭難した体を装いこのまま永遠にキノコ狩りなどど、夢を見かけたヨシュアにロイの厳しい声がかかる。
(そうだよな、結局今の状況じゃ、改めて告白ってわけにもいかないし。不甲斐ないよな、僕)
ヨシュアはドロシーとさり気なく手を繋ぎながら、少しだけ落ち込むのであった。
★★★
魔法学校の野外演習。それは何も魔物と戦い生き残れば一番になれるというわけではない。
勝敗決定は至ってシンプル。指定された地域内に一つだけ隠された「真実の石」を三日後に魔法学校のホールに持ち帰ればいい。ただそれだけだ。
ただし二十以上のパーティが参加しているし、何と言っても毎年シャルルのパーティが優勝する事は既に決定事項のようなもの。
「どうせまた、シャルル様の高感度アップの為でしかない行事だろ?」
「それと、王子としての箔付けのな」
「噂だと事前に真実の石の在り処をシャルル様が指定しているらしいぜ」
「それにそもそもさ、同室で組むってのがもう既に不利だよな」
「そうそう。普通そこは参加チームのレベル差がないよう考慮するだろ」
「同じレベル同士で組んだって勝てるわけないし」
「あー、めんどくせー」
シャルルに関し八百長疑惑もまことしやかに囁かれているため、比較的参加生徒のポテンシャルが低いのが例年における野外演習の特徴である。
そんな中今年はいつになくやる気を出したヨシュア達。現在ドロシーの参加している女子パーティと一夜を共に明かしている。
といっても示し合わせた訳ではなく、偶然寝床に選んだ場所が近かっただけである。
「ヨシュアがドロシー嬢の後をこっそりストーキングしてたんじゃね?」
「するわけないだろ!!」
エドガーの言葉に顔を真赤にして抗議するヨシュア。
「でもいいなぁ。もう発見したって事は明日には帰れるんですよね?」
マルセルが羨ましそうな声を出す。
というのも、女子と男子では石を捜索する範囲もルールも、そして遠征期間も違うからだ。
男子が一個の勇者の石を奪い合うのに対し、女子は参加チーム分の石が用意されている。
つまり各パーティは石さえ見つければ、平和的にこの山から下山出来るのだ。
そして男子の二泊三日の日程に対し、女子は一泊二日。かなり考慮されているのである。
そんな中、ドロシーのパーティも既に石を見つけ、明日の朝には下山するとのことである。
「はい。私達は運良く見つけられましたので」
「女子は元々参加パーティも少ないですし」
「親の許可が得られなくて参加出来ない子もいるんですよ」
「だから男子に比べたら全然簡単だし、楽です」
(まぁ女の子だしね。そもそも貴族の令嬢なわけで、そんなに何泊も野宿させるわけにもいかないという親の気持ちもわからなくはない)
ヨシュアはチロチロと赤く燃える焚き火越しに向かい合う、女子の言葉に納得する。
「あら、ドロシー様」
「まぁ、ニーナ様」
数人の女子と共にヨシュア達の野営地に突然現れたのはニーナだ。
「呑気に男子とキャンプファイアーだなんていいわね、ドロシー様はお気楽で」
「そういうニーナ様こそ、石は見つかったんですか?」
「えぇ、ちょろいですわ」
「こちらも余裕でちょろかったですわ」
「ふんっ」
「ふんっ」
ドロシーとニーナはお互い勢いよく顔を反らした。
(あ、まだやってるんだ……)
ヨシュアはもはや意味がないのではと思いつつ、当初の設定。
(えーと本人達いわく、悪役令嬢とヒロイン?そんな感じだったような)
それを人前で相変わらず演じている二人に良くやるなぁと生暖かい視線を送りつつ、何も役に立てない自分をやっぱり不甲斐なく思い少々落ち込む。
(婚約破棄かぁ。それどころかシャルル様はドロシー嬢まで手に入れようとしてるみたいだし)
ここは全ての者の平和の為に、隠し子だと言う第二王子に政権奪回を是非とも実現してもらいたいものだとヨシュアは密かにまだ見ぬ王子に全てを丸投げした。
「ニーナ嬢は何故ここへ?まさかここを野営地としようとか思ってないよな?」
ロイが面倒だという顔を隠しもぜずニーナに問いかけた。
(ドロシー嬢に関しては、なんせ僕に大金を賭けたから仲良くなるならと大目に見てくれてるけど、基本嫌だって感じだったもんな)
ヨシュアは既に野営地として確保した場所にドロシー達が現れた時、無下にも追い返そうとした、血も涙もないロイを思い出した。
(結局マルセル達に説得されて許してたけど)
普段のロイは女子をそこまで煙たがる事はない。けれど今回に限って女子に対しドライに接しているのはロイが本当に勝ちたい。そう真剣に思っているからだとヨシュアはロイの気持ちを理解している。
「野営地はちゃんとありますわ。実はアンナがお得な情報を入手しましたので、お知らせにと参りましたの」
「オトクな情報?」
ロイが思い切り訝しむ顔をニーナの斜め後ろに立つアンナに向ける。
「私達は単独行動で石を探した時間があったのですが、その時、私は偶然真実の石を発見してしまって」
「まじか!!」
「ラッキー」
「神は俺たちを見捨てなかった」
「アンナ嬢が女神に見える」
アンナのもたらした思いがけないリーク情報に大喜びするヨシュアの友人達。
「まてよ。それは本当なのか?」
「間違いないと思います」
ロイの言葉にハッキリと断言するアンナ。
「じゃ、早く取りに行こうぜ」
「善は急げというし」
「でも、この時間はもう行動しちゃ行けない時間みたいだけど」
ヨシュアは胸ポケットから取り出した懐中時計の針を確認し、浮足立つ友人達を制した。ルールとして、夜間の捜索活動は防犯上の理由から禁止されているのである。
「一応尋ねるが、何処にあったんだ?」
「西側の洞窟です」
「西ならここから近いね」
ヨシュアの言葉に仲間達が頷く。
「明日の朝一。とりあえず確認しに行ってみるか」
我らがリーダー。ロイの言葉に一同迷わず頷いたのであった。
★★★
その日の夜。満天の星空の下。野外演習中だという事をすっかり忘れるくらい、ヨシュアは幸せに満ち溢れる時間を過ごしていた。
何故なら、ヨシュアは火の番という名目でちゃっかりドロシーと二人きりの逢引きの時間を楽しんでいたからである。
(時間は有効につかわなければ勿体ないし)
もはや、誰に聞かせるでもない。意味のわからない言い訳を自分に言い聞かせ、赤く揺れる炎をドロシーと共に見つめるヨシュア。その横顔はとても幸せそうであった。
「ヨシュア様、これ。使う機会があるかわかりませんけど」
横倒しにされた丸太の上。紳士的に許されるギリギリ。適度な距離を保つヨシュアにドロシーは小さな小瓶を手渡した。
「これは何?」
「マリオーノタケの粉末です」
「えっ」
(まさか髭が好きなのか?)
個人的には友人に「似合わない」と断言された事もあり、ヨシュアはまだ髭を生やしたくはないと思っている。
(だけどドロシー嬢が髭好きだと言うならば、生やすことも吝かではない……)
手入れが面倒そうだけど。
「あ、ありがとう」
ヨシュアは取り合えす小瓶をドロシーから受け取っておいた。
「ヨシュア様。野外演習、頑張って下さいね」
「うん」
ヨシュアは頷く。
ドロシーには無謀にも一番になろうとしている。その事は伝えていない。
(だって一位になれなかったら、まぁ、恥ずかしいし)
有言実行。それが出来たら物凄く格好良いが、出来るかどうか不安な時は密かに頑張るに限る派のヨシュア。だからドロシーには伝える気はなかった。
「実は私、シャルル様に正式に求婚されました」
突然発せられた言葉にヨシュアはどきりとする。
「でも、ええと、ニーナ嬢はどうするんだろうか……」
「この国の王族は妻をたくさん持つ事が許されていますから」
「あ、そっか」
(って、それは困る!!)
ヨシュアはまだ将来に対し不安しかない。
(何とか食い扶持を見つけて、ちゃんと将来の目処がついたらドロシー嬢に求婚しようと思っていたのに。くっそ、あの男。可憐と美人。どっちも手に入れるつもりかよ!!)
ヨシュアは憤慨した。とは言え、情けないことに今の自分ではどうにも出来ない事も承知しているので、一先ず感情を出来るだけ抑え、クールな男風に無表情で炎を見つめる事にした。
「私って、結構変わり者って言うか、キノコが大好きなんです」
「あーうん。知ってる」
「今までも有り難い事に、数人の方とそういう、えーと是非婚約をみたいな話は父の所にあったみたいなんですけど」
(まぁ、そりゃそうだ。ドロシー嬢はめちゃくちゃ可愛いもんな。それに気立てだっていい子だし)
そんな存在、放置しておくなくなんて世界が許さないのだ。
「でも父は私は三女だし、好きな人とでいいよって言ってくれて。だから」
ドロシーはそこで口を噤むと、ヨシュアに顔を真っ直ぐ向けた。
「ご迷惑だってわかってるけど、私はヨシュア様が好きです」
「ドロシー嬢……僕だって……」
(好きだと口にしたい。だけど今の僕じゃドロシー嬢を幸せになんて出来ない)
ヨシュアはドロシーから顔を逸らす。
(純粋に好意を伝えてくれる真っ直ぐな気持ちは嬉しいし、嘘みたいだと思う。だけど今の情けない僕では到底その視線を受け止めることは出来ない。ごめん、ドロシー嬢)
ヨシュアは自分がネガティブの沼にズボズボとハマっていくのを感じた。
「ごめん、今はその……まだ、色々と状況が無理で、気持ちは物凄くありがたいんだけど、何というか、ほんと……すまない」
ヨシュアは掠れた声で何とかそう告げる。
(格好悪いよな)
ネガティブの沼に既に首まで浸かったヨシュアは情けない自分にひたすら落ち込む。
物語の中に出てくるヒーローはいつだって、颯爽と現れヒロインをピンチから救う。
(でもあれは、物語の話だ)
ヨシュアは現在シャルルに楯突いたせいでこのままでは無職確定という状況。
(城下にキノコの店でもドロシーと細々と出店して……それも駄目だ)
金が必要だし、何よりシャルルに嫌がらせをされるに決まってる。
(僕の人生積んだ……)
一時の気の迷い。好きな子に格好良いところを見せようと後先考えず行動した愚かな男の末路なんて、暗黒の世界だ。一筋の光も見えない。
(でも、あの時。ドロシー嬢を助けたこと。それを後悔するのは嫌だ)
理性を吹き飛ばし、欲望に従った愚かな行動だったかも知れない。けれどシャルルに思っている事を吐き出せたのは気持ちが良かったし、後味も悪くはない。
(何より僕はあの時、よくも悪くもシャルル様に盾突き、平凡な僕という存在をあいつに認識させた。それってすごい事だよな)
そう気付いたヨシュアはネガティブの沼から半身ほど外に体を出す事に成功した。
「大丈夫ですよ。ヨシュア様。私はずーっと待ちます。ヨシュア様を」
ドロシーの柔らかい声にヨシュアは顔を上げる。
「でも、いつになるかわからないし」
「それでも待ちます。キノコは一日してならずと言いますし」
(そんな言葉あったっけ……)
ヨシュアは咄嗟にそう思い、ドロシーがニコリと微笑んだのを見て思う。
(あ、僕を笑わそうとしてくれたのか)
何て気立ての良い子なんだろうとヨシュアは益々ドロシーを好きだと自覚する。
「それに、あの方が本気になってくれたみたいだし。きっと大丈夫」
含みを持たせた顔をするドロシー。
「あの方?それは誰の事?」
「ふふふ。そうですね。ホントノシメジ。もしくはルーイジノキノコってとこでしょうか?」
「そんなキノコあったっけ?」
ヨシュアは大真面目に考え、そしてやっぱりよくわからなかった。
「ヨシュア様、このまま時間が止まればいいですね」
「うん。僕もその意見には完全同意だ」
「ヨシュア様。あとヒトセンボンダケニ個分だけそちらに近づいてもいいですか?」
「ま、まぁ。ヒトセンボンダケ二個分だけなら。紳士淑女に許される距離の許容範囲内だと思う」
「では、お言葉に甘えて」
ドロシーが腰を浮かせた瞬間。ふわりと甘い香りがヨシュアの鼻に漂った気がした。
(演習中だし香水はつけてないはずなのに。いい匂いがやばすぎ)
動揺するヨシュアをよそに、ドロシーは数センチほどヨシュアに近づいた。
「あったかいですね」
ヨシュアは炎を見つめるドロシーの横顔を見てドキリとする。
(うわ、何だろう赤い光のせいか、ドロシー嬢が八割増し可愛く見える。いや、いつも可愛いけど、今は相当やばい)
ヨシュアの心は激しく動揺する。しかしそれを表に出したら紳士台無しだ。
「二人でいるからかな」
(これくらいは許されるよね)
ヨシュアはドロシーにまだハッキリと求婚は出来ない。
けれど愛しいドロシーを誰にも渡したくはないし、渡すつもりもない。
だからずるい事は承知で、かなり遠回しにさり気なく好意を伝えておく事にした。
その気持が伝わるかどうかはわからなかったけれど。
ヨシュアも精一杯頑張ったのである。