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008 平凡達の作戦会議(キノコなし)

「ほら見ろよあいつら」

「馬鹿だよな、シャルル様に楯突いたりして」

「人生終わりだな」


 中庭掃除をしている姿を横目で見られ、そんな心もとない声をかけられているのはヨシュアと嫡男、次男以外の会に所属するメンバー達だ。


「ごめん。僕のせいで」


 首から下げた包帯に腕を固定し、痛々しい姿のヨシュアが悲壮感たっぷり。友人達に頭を下げる。


 というのも、シャルルにコテンパにやられた日。

 シャルルの放った攻撃魔法を感知し現れた生活指導係の教師達によって、ヨシュアの素性があっさりシャルルに知られてしまった。


 その結果――。


『ヨシュア・ヴィトリー、及び同室生は一週間の奉仕活動に勤しむこと』


 校長よりそんな罰を言い渡されてしまったのである。 


 魔法学校は基本、寮の同室を一つの班として成り立っている組織だ。しかもその班は経験則に基づき考慮した結果、比較的同じ境遇の者が集められる傾向になっている。


 つまり、ヨシュアの同室は普段から良く連む仲間。

 嫡男、次男以外の会のメンバーが占めているのである。


(僕が格好つけたせいで、みんなには申し訳ない)


 ヨシュアはひたすら深く反省しているのであった。


「罰を共に被るのは構わない。でも、お前がドロシー嬢と知り合いだった事を秘密にしていたのは許さない」

「ほんと、マジでムカつく」

「自分だけコソコソとずるいよな」

「何で俺らに紹介してくれないんだよ!!」


 ヨシュアの仲間は激怒である。主にドロシーとヨシュアが知り合いだった事を知って。


「そんなの決まってるだろ」


 ロイが知った顔で杖を下ろす。するとロイに魔法で操られていた箒がピタリと動きを止める。


「何だよロイ。勿体ぶるなよ」

「そうだ、そうだ」

「自分だけずるいぞ」

「俺だって可愛い子と話をしたい」


 口々に騒ぐ友人たち。


「そういう所だ。いいか、身の程知らずのヨシュアは本気でドロシー嬢が好きなんだ。だからお前らに紹介するわけが無い」


 ロイの言葉に今まで、まるで軽やかにダンスを踊るように軽快に操られていた箒が、一斉に動きを止めた。


「まじかよ」

「夢見すぎだろ」

「まぁ、でも好きになるのは自由じゃないか?」

「恋はするものじゃない。落ちるものだって言うしな。で、マジで好きなのか?」


 仲間の視線がヨシュアに集まる。


「まぁ、何なら既に思い合ってる的な?」


 ヨシュアは思い切り上から目線の発言を口にした。


(すまない、友よ。けど、それは事実なんだ)


 思わず頬を緩めるヨシュア。


「くっそ。ムカつく」

「ヨシュアの布団に絵の具で落書きしてやる」

「そんなんじゃ甘いな。一日中履いた靴下を片方枕の下に忍ばせる。それくらいの罰は必要だ」

「俺はヨシュアに添い寝してやる!!」

「おい、気持ち悪いからそれは絶対にやめてくれ!!」


 ヨシュアは叫ぶ。


(ほんと、いい奴らだ。ありがとう)


 彼らはわざと明るくふざけている。

 それはヨシュアの事を思ってだ。


(本当は僕以上に将来の事とか不安な筈なのに)


 でもそれを口にはしない。


(だからこそ、何とかしないと。とは言え、お先は真っ暗なんだよな)


 この国の次期国王になるであろうシャルルに個人的な事で杖を向けたヨシュアは今や危険人物としてある意味、教師たちから目をつけられている存在だ。


『シャルル殿下は陛下からの沙汰を望んだそうだが、学校内で起きた事。そして子ども同士の揉め事だからと陛下自身は大袈裟にはしないと仰って下さった』


 謹慎中だったヨシュアに告げられた教師からの言葉。

 実家へのペナルティは表向きなさそうだとヨシュアは心底ホッとした。


(あんな息子だけど、国王陛下は公平な方で良かった)


 しかし、表向き寛大な処分となったが、ヴィトリー子爵家の三男如きが第一王子に楯突いた。その事実は社交界に、それこそ全速力を出したグリフォンの如き速さで広まっているだろう。


(となると父さんや母さん。それに兄さん達が肩身の狭い思いをしている事は確実……)


 それを思うとヨシュアは落ち込まずにはいられない。

 それに加え、ヨシュアが唯一人生の目標として掲げていたあの道も断たれたも同然なのである。


(自業自得とは言え、魔法省に就職出来ないとなると僕は何の職についていけばいいんだ?)


 その事もヨシュアの顔を暗くする原因だ。


(しかもあの時は、勢いでドロシー嬢を助けに行ったけど)


 先立つものがなければ、ドロシー嬢にきちんと交際を申し込むなんて無理だ。


(それにドロシー嬢はシロハツ王国の人間だし)


 もういっそこの国を捨ててドロシーと共にシロハツへと思わなくもないが、それは逃げることでしかない。

 何よりも自分だけ逃げる訳にはいかないし、逃げるとしてもきちんと自分でしでかした事の後始末をしてからだ。


(はぁ……僕の人生どうなっちゃうんだろう)


 平凡だったヨシュアの悩みは尽きないのである。


「サボりは良くないんじゃないかなぁ」


 箒の柄の先端に顎をかけ、ボーッとしていたヨシュアの前に黒い影が出現した。


「だって、罰なわけだし。きちんと償ってもらわないと」


(うわ、でた)


 金髪碧眼。誰がどう見ても王子だとわかる整った容姿で洗練されたムカつく男、シャルルだ。


「しかも大袈裟だよね。まだそれ治らないの?」


 シャルルはヨシュアの腕を指差した。


「シャルル様。回復魔法も魔力力に関係しますので、彼らのような平凡な者達は治癒までどうしても時間がかかるのですよ」


 シャルルの取り巻きの一人がわざとらしくヨシュア達を挑発する。


「そうだったね。やっぱりそれって、後世に残す価値もない血筋って事だよね。やはり父上に、経費削減もかね、貴族籍の在り方も見直す必要がありそうだと進言すべきだろうか」

「なっ!?」


(みんなを、家族をこれ以上巻き込むな)


 ヨシュアはシャルルを睨みつける。


「やめときなって。君じゃ私には敵わない。それは実証済みだろう?」


 シャルルはヨシュアの腕を杖で叩いた。


「いてっ」


 ヨシュアが思わず痛みで顔を顰める。

 その様子をシャルルと、その取り巻きがニタニタと笑いながら見つめる。


「いい気味だよ。その程度の分際でドロシーと並び立とうとするなんて、君は恥を知った方がいい」

「そんなの、シャルル様がお決めになる事じゃない」


 たまらずヨシュアは小声でそう口にした。

 するとその小声を拾ったらしいシャルルの取り巻きの一人。ツリ目の男がヨシュアの前にぬっと出てきた。


「口を慎め。懲りないやつだな。いいか、シャルル様は正式にドロシー嬢のお父上に、彼女と婚姻を結びたい旨の書簡をお送りした。だからもうお前はもうドロシー嬢の周りを卑しい小鼠のようにうろつくなという事だ」

「何だって!?」


 ヨシュアは思わずツリ目の男に一歩近づく。


「おい、ヨシュア。いいからお前は落ち着け」


 ロイがヨシュアの首根っこを掴み後ろにグイと引いた。


「殿下すみません。僕たちはまだトイレ掃除が残っていますので失礼します」


 ロイがシャルルにそう告げ頭を下げる。


「ほら行くぞ」


 ロイに腕を掴まれてヨシュアは無理矢理その場からの撤退を余儀なくされた。


「まぁ、せいぜい私達の為に頑張って綺麗に掃除してくれたまえ。君達のように日陰に生まれた者は表に出るには余りにも地味過ぎるからな。トイレ掃除がお似合いだ。一生裏方で身を粉にし、私のために尽くすんだな」


 あははははと小馬鹿にしたような声が背後から聞こえる。


(くっそ。王子だからって)


 ヨシュアは怒り心頭。しかし負け犬の遠吠えでしかない台詞を心で吐きながら、その場をロイによって引きずられるようにし、後にしたのであった。



 ★★★



 その日の夜。

 魔法がかけられた年代物の大きな洋館。魔法学校の寮の一室で荒ぶる男子生徒達の姿があった。


「ムカつくな、平凡とか言いやがって!!」

「ほんと、ほんと」

「魔法学校って、爵位にとらわれず自由に学ぶ場所なはずなのに、あの態度はおかしいだろ」

「というかさ、あいつがこの国をいずれ治めるとかやばくね?」


 円形の部屋に合わせ、丸く並べられた各々のベッドの上で不貞腐れた顔をする面々。

 ヨシュアと同室。自立を目指す嫡男以外、男子の会のメンバー達だ。


「ほんとごめん。僕のせいでみんなを巻き込んじゃったから」


 湯浴びを済ませ、後はもう寝るだけという状態のヨシュア。ベッドの上で首から下げた包帯をほどき、もう何度目かわからない謝罪を口にする。


「だからいいって。俺らはお前の事は気にしてない」

「そうそう。実際前からムカついていたし」

「ほんと、俺だってこうなる前からシャルル様に何度いやみを言われたことか」

「国王陛下は素晴らしいのにな。子育てって相当難しいんだろうな」


 その言葉に納得した顔でみな頷いた。

 ここにいるのは独身である上に、婚約者すらいない仲間たち。


「やっぱ与え過ぎは良くないんだな」

「あと、過保護過ぎもダメっぽい」

「それに過干渉は自立心を阻害するというし」

「愛情を与えつつ、ある程度放置がいいのか」

「僕たちの方がよっぽどまともに育ってるよね」


 既に孫が数人いるといった、子育ての修羅を乗り越えた妙齢の男性顔負けの会話を交わすヨシュア達。


「それよりさ、国王陛下に隠し子がいるって噂があるじゃん?」


 最近急に洒落っ気づいたマルセルが意味深な顔をみんなに向けた。


「あるけど。それがどうしたんだよ」


 仲間に特技をカミングアウトした事で、隠すことなく現在も「裏、表、裏、裏」などと口にしながら軽快に編み棒を動かすオーガスがマルセルにそう問いかける。


「父上の話だと、密かにその王子を推す声も貴族の間で上がってるらしい」

「僕もその人物を心から推させてもらう」


 ヨシュアも迷わずそう答えた。


「でもシャルルより酷いかもしんないぜ?」

「あれより酷いとかあるか?」

「ないね、きっと」


 マルセルの言葉に全員一致で頷いた。


「そういや、ロイは?」


 ロイの片割れという認識を持たれているヨシュアにみんなの視線が集まる。


「あー何か、家族と面会らしいよ」

「そっか。もう一ヶ月経つのか。早いな」


 ロイは自分の家族の事を多くは語らない。

 けれど、月に一回ほど家族が必ず面会に来るのだ。


「そういや、何でロイってそんなに頻繁に家族が来るんだ?」

「なんで?」


 確実にヨシュアに問いかける友人達。


「知らないよ」

「そっか。ヨシュアにも話してないなら、ま、勘ぐるのも悪いな」

「だね。みんな少なからずとも人に言えない事情ってのもあるだろうし」


 ウンウンとヨシュアも頷く。

 ヨシュアの実家。ヴィトリー家は至って平凡だ。しかし中には借金を抱えていたり、父親が愛人をこしらえていたり。様々な事情を抱えた者もいる。


(だから無闇矢鱈に踏み込まない方がいい)


 本人が話したくなった時、その時にちゃんと真摯に聞いてあげればいい。

 あまり家族の事を話さないロイに対し、ヨシュアはそう思っている。


「おっ、みんな揃ってるな」


 噂をすると何とやら。ロイが部屋に戻ってきた。


「おかえりー」

「丁度今お前の事を話してたとこ」

「いい男だって?」

「まさか」


 たわいない会話を交わしながらロイが自分のベッドに腰をかける。


「あのさ、お前達を友と見込んで頼みがあるんだけど」


 ロイがそこで言葉を切り含みを持たせる。


(ロイが何かを僕たちに頼むって珍しい)


 ヨシュアは内心驚いた。

 お調子者で、だけど何処か飄々とした掴みどころのない所のあるロイ。

 ヨシュアと行動を共にする事は多い。けれど何でも卒なくこなすロイは友人に頼られる事はあっても、あまり自分から友人を頼らない。


(そんなロイの頼みごとってなんだ?)


 ヨシュアは興味津々といった感じでロイの顔を見つめる。


「今度の野外演習なんだけどさ。俺、あれで一位になりたいんだ」


 ロイがハッキリと言い切った言葉に、一同無言で固まる。

 そしてしばしの沈黙の後、堰を切ったように一斉に話し始めた。


「冗談だよな?」

「どうせまたシャルル様達が一番になるよ」

「出来レースだし」

「まさか、ロイ。闇賭博で擦ったのか?」


(それだ!!)


 ヨシュアは咄嗟にそう思った。けれどそれにしてはロイの顔は真剣なものだ。


「擦ってねーし」

「じゃ、ロイは何で一位になりたいのさ?」


 ヨシュアは観念し、素朴な質問を投げかける。


「あいつに、シャルル様にムカついてるからだ。お前らいいのかよ。毎日いやみを言われてさ。ムカつかないわけ?」

「そりゃムカつくけど」

「だからって俺らが一位とか無理ゲーじゃね?」

「そうそう。俺編み物しか取り柄ないし」


 オーガスの自嘲的な言葉に「ははは」とロイ以外が盛り上がる。


「そりゃ一人じゃ勝てない。だけど俺らはチームだろ」


 いつになく真面目な顔でそう告げられ、ヨシュアは何となくロイには事情があるのかも知れないと悟った。それは長年連れ立った親友だから感じる気持ちなのだろう。


(ロイにはいつも助けられてるし)


 それに確かにヨシュアもシャルルに負けっぱなしでは悔しい。


「わかった。僕はロイの話に乗りたい」


 ヨシュアはきっぱりとそう告げたのであった。

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