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007 怪盗キノコ

(考えろ、考えろ、考えろ)


 現在ヨシュアは先を歩くシャルルとドロシーをうかがいながら、柱の影に隠れ二人を尾行しているところだ。


(出来れば僕だとシャルル様にはバレたくない。だけどドロシー嬢は助けたい)


 我儘で欲張りな思いだし、自分が物語のようなヒーロのようにそこまで上手くやれる自信は全くない。


(でもドロシー嬢は僕を頼ってくれたんだ)


 だから無理だろうとやるしかないのである。


 ヨシュアはつるつるとした大理石の柱に身を隠しつつ、前を進むドロシーとシャルルの会話を盗み聞きする。


「シャルル、今すぐ離れなさい。お父様に言いつけるわよ」


(おっ、どうやら女王様バージョンのドロシー嬢になってるみたいだ)


 ヨシュアは一先ずホッとする。

 ふわりと宙を舞う綿毛のような優しさに溢れるドロシーも好きだ。しかし今のような状況の場合庇護欲を刺激し過ぎてしまい、シャルルのような男には逆効果だと言える。


(そのまま、そのまま。お願いだから女王様バージョンのままでいてくれ)


 ヨシュアはひっそりと柱の影から祈った。


「言えばいいさ。その結果シロハツと我が国の友好関係にひびが入っていいと言うのならばね。君は民を戦争に巻き込みたいのかな?」

「くっ、最低ね」

「最低ではない。最高だ。君と私が婚姻を結べばより友好的な関係を結べるのだから」


(一体何を言ってるんだ?シロハツ王国って、ドロシー嬢の祖国だよな?)


 まるでドロシーがシロハツの王族関係であると言った感じで話す二人にヨシュアの頭は混乱する。


「ニーナ様はどうするつもりよ」

「彼女も私の妻にするさ。あんな可憐な花を手放すなんて惜しいだろう?」

「ほんと鬼畜ね。あなたには穴という穴にキノコを詰め込み浄化したい……駄目だ。キノコに失礼すぎる。あぁ、愛しいキノコ。あなたを冒涜した私をお許し下さい」


 ドロシーは天を仰ぎ十字を切っている。


(相変わらずキノコ脳だな)


 ヨシュアは呆れつつもドロシーの変わらぬキノコ愛に安心した。


(僕らはキノコが紡ぐ出会いだし。ドロシー嬢がキノコを嫌いになったら、僕はきっと見向きもされないだろうし。そこも願わくば変わらぬままでいてくれると嬉しい)


 どうかキノコをそのまま好きでいてくれますようにと願いながらヨシュアは次の柱にサササと移動し身を隠した。


 そして目を丸くし叫び声を――あげられなかった。


「うぐぐぐぐ」

「ヨシュア様、騒がないで下さい。いいですね」


 ヨシュアは口元をしっかりと押さえられながらも大きく頷く。


「ぷはぁー。ってムッシュルー様、何故ここに?」

「私はドロシー様の従者ですから。それから私の事はムッシュルーとお呼び捨て下さい」

「あー。なるほど?」


(じゃ、もしかして僕はいらないんじゃ)


 ヨシュアは自分が隠れていた柱に既に身を隠していたであろう、ムッシュルーの気配を全く感じなかった。


 つまりムッシュルーは――。


(只者ではない)


 ヨシュアは自分の隣で柱に身を隠すムッシュルーをさり気なく観察する。


(完全に茶色いキノコに擬態している。やっぱり彼もキノコに似ているから、ドロシー嬢のお気に入りなんだろうか)


 何となくヨシュアは心の中がモヤモヤとする。


「違います。私は先祖代々、シロハツ王国に仕える忍びです」

「忍び?って何で僕の考えた事がわかったんだよ」

「忍びですから」

「なるほど?」


(これもまた、深くは考えてはいけない気がする)


 ヨシュアはすぐにそう割り切った。


(それに助っ人がいるのは有り難い)


 魔法学校内では許可なく攻撃魔法を他人に使用してはならないという決まりがある。となると必然的に肉体と肉体をぶつけあう勝負になる事は間違いない。


(僕は体力も平均値だし。悪いけど普通に対峙したら、シャルル様に負ける自信しかないんだよな)


 ヨシュアは自分の非力さにふぅとため息をついた。


「それで、ムッシュルー。どうやってドロシーを助けだそうか」

「そうですね。私が本気になれば数秒で始末する事が可能です」

「え、そうなの?」

「忍びですから」


(だったら、やっぱり僕はいらない子なんじゃ……)


 勢いでここまで来たヨシュアであったが一気に意気消沈する。

 最強な助っ人登場でさっきは一瞬、嬉しい気持ちになった。しかしその助っ人が規格外過ぎたせいで自分の存在価値に疑問を抱き、ヨシュアはガクリと肩を落とした。


「けれど、ドロシー様はそれをお望みではありません」

「なるほど?」

「ドロシー様のご希望を叶えること。すなわちそれも忍びの仕事」

「ふむふむ」

「というわけで、ヨシュア様。頑張って下さい」

「そうなるわけか……」


(でも、確かにドロシー嬢は僕に助けを求めていた)


「やるしかない」

「そうですね」

「でも、僕だとバレたくはない。でもドロシー嬢は必ず助けたい」

「なるほど。贅沢ですね」

「何かいい案は……あっ、アレだ!!」


 ヨシュアがピシリと指差したのは薬学の授業で使う土が入れられていた麻袋。


「麻袋ですか?」

「まぁ見てなって。僕にいい案がある」


 ヨシュアはニヤリと不敵に笑みをこぼしたのであった。



 ★★★



 寮の中。来賓用の部屋にドロシーを連れ込んだシャルル。


「じゃ、そういう事で悪く思わないでくれ。ドロシー」

「ちょっと触らないで!!」


 ジワリ、ジワリと壁際にドロシーが追い詰められていく。


「君は昔から可愛かったから」

「それはどうも」

「私はずっと君を狙っていたんだ」


 シャルルがドロシーの頬に手を伸ばしかけたその時。


「彼女に触れるな!!」


 バンと部屋のドアが開いた。

 そこに立つのは麻袋を頭から被ったヨシュアとムッシュルーである。

 目の部分が丸く切り抜かれた麻袋には『失敗しない、失敗させない、簡単メガデル培養土』とデカデカと描かれている。


「何だ、お前は」

「怪盗キノコだ」

「頭は大丈夫か?」


(自分でもおかしい自覚はあ……る)


 シャルルに真顔で問いかけられヨシュアもついうっかり名乗った名前を激しく後悔した。


「それに、ノックもせずに不敬だぞ」

「不敬なのはお前だ。いたいけな少女を拐かした罪で成敗する!!」


(やば、袋のせいかな。めちゃくちゃ滑舌良く喋れるんだけど)


 ヨシュアは将来の推定上司候補かつ、この魔法学校における最高権力者に偉そうな言葉を吐くというシチュエーションに密かに興奮していた。


「こんな変な奴、どうせ君の知り合いだろう?追い出してくれ」


 シャルルは眉間に皺を寄せ腕組みをした。


「失礼ね。私はこんな知り合い……」


 ドロシーはそこでジッとヨシュアを見て、ムッシュルーを見て、それからヨシュアを見て顔を赤らめた。


(うっ、可愛い)


「も、もしかしてヨシ……モドキ様ですの?」


 通常ふわふわ綿毛モードに戻ったドロシー。ヨシュアはドロシーに迷わず腕を伸ばす。


「さぁ、来るんだドロシー嬢」

「はいっ!!」


 ドロシーが照れた顔でヨシュアに駆け寄ろうとシャルルを押しのけた。


「いかせないよ」

「きゃっ」


 ドロシーはシャルルに腕を掴まれ背後から羽交い締めにされてしまう。


(絶体絶命の大ピンチだ)


「女の子を人質にするなんて、君はどうかしてる」


 ヨシュアは一先ず平和的解決を目指し、説得を試みる事にした。


「悪いが私はこの国の王子だ。私より価値のある人間などいない」


(なんて奴だ。というか、こんなのが国王陛下になったらもう終わりだこんな国)


 ヨシュアは思いがけずシャルルの本音を耳にし、この国の将来が不安になった。


「確かに君は血統としては僕らなんかよりずっと、価値のある人間なんだろう。だけど、そんな君を支えているのはこの国で懸命に働く国民だ。それに上に立つ者ならば、誰よりもみんなの見本であるべきなんじゃないか?」


 普段ならばヨシュア如きが口にした所で鼻で笑われるであろうし、むしろシャルルへの不敬で親にまで迷惑をかけそうな言葉だ。


(でも今なら言える。言ってやる!!)


 ヨシュアは麻袋を被ったせいか、自分にパワーが漲るのを感じる。


「うるさい。私は生まれた時から与えられる側なんだ。そういう星の下に生まれたのさ。私を羨む気持ちはわかるが、それはお門違いというもの。恨むなら平凡な家庭に自分を産んだ、お前の家族を恨め」

「なんだと!?僕の家族を知らないくせに、悪口を言うな!!」


 ヨシュアの怒りは爆発した。


「平凡で何が悪い!!標準的な人間がいるから、お前は優越感に浸れるんだろッ!!」


 怒りに満ちたヨシュアは猪のようにシャルルに向かって突進した。


「ふっ、雑魚が」


 シャルルはドロシーから手を離すと、ヨシュアに向かってどこから取り出したのか、杖を軽く振った。


(くそっ、無詠唱か)


 そう思った瞬間、ヨシュアの体は宙を舞う。

 そしてヨシュアは無惨にも壁に体を打ち付けられた。


「うっ」

「ヨシモドキ様!!」


 ヨシュアの元にドロシーが駆け寄る。


「心が腐っていても、魔法の腕は流石だな」

「私に盾突くなど、四十五年は早い」

「くっ、よ、四十五年はどこから?」

「そのくらいには死にそうな気がするから」

「なるほど。案外そこは謙虚なんだ」


(私は死なないとか一番言いそうなタイプなのに)


 ヨシュアは痛む体を起こしながら意外に思った。


「ヨシモドキ様。大丈夫ですか?」

「僕は平気」


(相当痛いけど。でも、弱音は流石に吐けない)


 ヨシュアは至って平凡で取り柄と言えば、薬草とキノコの知識が少し人より多いくらい。


(それでも、好きな子の前では格好良くありたい)


 それくらい、きっと許される筈だとヨシュアは立ち上がる。


「二号、早くドロシー嬢を連れて逃げるんだ」


 ヨシュアは自分の側に立つドロシーを二号――つまりムッシュルーに託した。


「一号。了解した」


 ムッシュルーがドロシーの前に立つ。


「ドロシー様。逃げましょう」

「嫌よ」

「それは何故でしょうか?」

「だって、素敵なんだもの。その、ヨシモドキ様が。私はどんな結果になってもこの戦いを最後まで見届けるつもりよ」


 ドロシーはキッパリとそう言い切った。そしてヨシュアに近づくと、両手を胸の前で可愛らしく組んだ。


「迷惑だとは思いますが、私はヨシモドキ様をお慕い申しております」


 ドロシーはそう告げるとヨシュアの横に並ぶ。そして背伸びをして、ヨシュアの頬に愛らしい顔を近づけた。


(え、何!?)


 ヨシュアははじめての女性からの告白に、はじめての触れ合い……間違っていなければ頬へのキスに戸惑う。

 一方で悔しい気持ちも湧き水の如く湧いて出る。


(麻袋越しかよ!!)


 ヨシュアはしっかりとした麻袋のせいて、ドロシーが近づく感触しか自分の頬に伝わらなかったのだ。


(うっ、初めてだったのに。泣きそう)


 ヨシュアは二度とないかも知れない貴重なチャンスがこんな形になってしまった事に本気で悔し涙を流しそうになる。


「ドロシー様、こちらへ」


 ムッシュルーがドロシーをヨシュアから引き離す。


「頑張って下さい、ヨシモドキ様」

「う、うん。ありがとう」


 複雑な思いを抱えたままヨシュアはシャルルと向き合う。


「良くわからないが、気分は良くない」


(わかる。僕もわりとそう。既にもう寮に帰りたいし、何なら今すぐドロシー嬢にさっきの行為をちゃんとリアルに再現してもらう事を所望したい)


 ヨシュアは半目をシャルルに向ける。もはや麻袋にキスのダメージで勝手に瀕死の状態だ。


「私に楯突いた事を後悔させてやる」


 シャルルがヨシュアに杖を構える。


(くそ、全部コイツのせいだ)


 ヨシュアは腰に下げた杖を素早く抜き取りシャルルに向かって構える。


「私に杖の先を向けるとは。校則違反をする気か?」

「先に校則を破ったのはお前だろ」


(それに、身を守る為の魔法なら許されている)


「カーラクータス……」


 ヨシュアは防御魔法の呪文を唱え始めた。


「私には校則など通用しない。この虫けらめ!!」


 無詠唱で繰り出されるシャルルのかまいたちと呼ばれる空を切り裂く風魔法攻撃。それに対しヨシュアが口にした防御魔法の詠唱は間に合わない。


(身バレだけは勘弁だ)


 ヨシュアは咄嗟に麻袋を守ろうと、腕で顔を庇う。


「うっ」


 ピュンという鋭い音。


 ヨシュアは呆気なくシャルルの魔法を受け止める羽目になった。

 咄嗟に身バレを防ぐために腕で顔を覆う麻袋庇ったせいで、ヨシュアの黒いスーツの袖が裂ける。


(う、痛い。流石王子。悔しいけど敵わない。でも正体はまだバレていない)


「まったく情けないな。悪いが今のはほんの腕鳴らし。君ごときに本気になるまでもないようだ」

「くっ、カーラクータスコーシ」


 先程より早口でやはり防御魔法の呪文を唱えるヨシュア。


(いける!!)


 ヨシュアが杖の先に魔力の手応えを感じた瞬間。


「無駄だ」


 ピュンと風を裂く音がした。その風を受けたヨシュアは三回転半ほどしたのち、さっきとは比べ物にならないほどの勢いで壁に体を打ち付ける羽目に陥った。


「わかったか。お前ごときに私は倒せない。何故なら私は選ばれし高貴な血を持つ王子だからね」


(悔しいけど、やっぱり敵わない)


 ヨシュアはその場で力なくうなだれた。丁度その時、バタンと部屋の扉が開け放たれた。


「構内で攻撃魔法を使用してはならんと何度言えばわかるんだ。このばかちんが!!」


 大声で怒鳴り込んできたのは、魔法実技の教師たち。攻撃、防御、補助担当。学校でも指折りで有名な生活指導係がオールスター勢揃いでそこにいた。


 ピィィィーー!!


 魔法の笛が鳴り、ヨシュア達は途端に青ざめる。


「はい、整列。そこの麻袋の変態。早くたちなさーーい!!」

「は、はい」


 ヨシュアは慌ててその場で立ち上がり、既に整列していたシャルルの横に並ぶ。


「さて、一体どういう経緯でこうなったのか説明してもらいましょうか」


 ヨシュアの前に仁王立ちする教師。


「先ずはそこの二人。麻袋を取りなさい」


(そんな殺生な!!)


 ヨシュアは痛む体を庇いながらこの世の終わりだと、絶望的な気分になったのであった。

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