003 キノコ友達。訳してキノトモ
「ヨシュア、お前それ……ぷぷぷ」
「モテたい気持ちは分かるし、髭は人によっては三割マシ魅力的な男になれるとも思う。だけど、お前はやめとけ、似合ってない」
突然生えた謎の髭のせいで同室の友人たちに大笑いされたヨシュア。
「あれ?ヨシュア、お前夕飯いかないの?」
ロイの問いかけに無言でヨシュアは髭を指し示す。すると大笑いのち、部屋に夕飯を持って来てくれる事になり、ヨシュアは一先ずホッと胸を撫で下ろした。
(まぁ、笑いが取れてよかったか)
多くを聞かず、笑うだけ笑って満足した友人達のアバウトな感じに満足し、ヨシュアは一人隠れるように自室に閉じこもっていた。
そんなヨシュアの元に、後で思い返しても全く印象に残らない男子生徒が、ドロシーからだと髭によく効く万能薬とやらの小瓶。それから手紙を届けてくれた。
女の子から初めての手紙を受け取ったヨシュア。
(ドロシー嬢からの手紙……家宝か?)
髭の功名だとヨシュアは一人喜んだ。
そしてベッドに座りニヒニヒとだらしない顔をしてドロシーからの手紙を開封した。
『ヨシュアモドキ様。
本日は大変申し訳ございませんでした。
こちらの薬は寝る前に髭の根元に良く揉み込んでお使い下さい。
明日には綺麗サッパリ落ちていると思います。
突然ですが、明日の放課後。もしお暇でしたら、寮内にある図書室にて「家庭のキノコ第六版」という本をお探し下さい。
私は新しいキノコを愛する仲間と出会えて嬉しいです。
ドロシータケより』
(ヨシュアモドキって、僕の事……だろうな。モドキって……キノコか)
一瞬微妙に残念な感じがしたが、キノコを愛してやまないドロシーらしいと言えばらしい。
結局の所、これは宛名がヨシュアモドキだろうと何だろうと家宝には違いないのである。
(少しだけなら)
美しい文字で書かれたドロシーからの手紙。うっかり邪な気持ち全開でヨシュアが手紙を鼻に近づけた瞬間、ボッと青い炎と共に手紙が灰となって消えた。
(くそっ、家宝が!!)
ヨシュアは先に魔法を解いておくべきだったと、激しく後悔しつつ、それに気付けない所が如何にも三流な自分らしいと納得した。そして一人虚しく髭の根本に万能薬を塗り込み爆睡した翌日の朝。
「こ、これは!!」
枕の横にポトリと落ちた髭の塊。どうやら髭に効く万能薬とやらは効果てきめん。
ヨシュアが急いで鏡の前に立つと、いつもの冴えない男がしっかりと映っていたのであった。
そして一日を無難に終えた放課後――。
(何で哲学のコーナに置いてあるのか……深くは考えないでおこう)
ヨシュアはちゃっかり「家庭のキノコ第六版」を寮内にある図書室で探し当てていた。
(一応、髭が取れたって事は報告すべきだろうし)
などといちいち尤もらしい理由をつけてはみたが、実のところ、ドロシーともう少し話をしてみたかったからだ。
(ニーナ嬢にいつも淑女らしくはない。そう彼女は叱られているけど)
昨日の淑女の礼は完璧だった。それ以上に不可解なのは普段行動を共にし、国を揺るがしかねない勢いで仲良く見えるシャルルに対し、恨みに近い言葉を発していた事。その事がヨシュアはとても気になっていたのである。
ヨシュアは軽く一時間はかけて探し当てた「家庭のキノコ第六版」の背表紙に手をかけグイと手前に引いた。
「うわ、何だ!?」
突然ヨシュアの体が本の中に引き込まれるような感覚に陥る。
(これは、転移魔法だ!!)
そう気付いた時には既に暗闇の中。ひたすら何処かに体が吸い込まれていったのであった。
★★★
「それで今度のキノコ狩り遠足なのですが、シャルル・ド・クタケはやっぱり参加されるようです」
「いい迷惑ですわ。キノコも食べられないくせに」
「本当に。あんなに尊い存在なのに嫌いだなんて生きる価値なしですね」
「ほんと、ドロシー様の仰る通りだわ」
「でも多分、この調子だと卒業パーティには間に合いそうもありません。ごめんなさい。私の力及ばすで」
「お気になさらないで下さい」
「でもニーナ様はこのままじゃ、シャルル・ド・クタケと結婚する羽目に……」
「お父様は最初からそのつもりですし。こればかりは国の為。貴族の娘である以上、仕方のない事だと私は諦めてますの」
(シャルル・ド・クタケって、まさかシャルル様の事なのか?)
ヨシュアはぼんやりとした頭に先程からテンポよく飛び込んで来る会話に更に耳を傾ける。
「それより、あの方が例の」
「えぇ。昨日ニーナ様にお話しした、キノコの良さをわかって下さる、ヨシュア様です。とっても優しい素敵な方なんです」
「まぁ、もしかしてドロシー様。まるでベニテンテングタケのように顔が赤いわ」
「違うんです。まさか昨日の今日でいらして下さるなんて思わなくて」
「でも、彼は子爵家の三男とか」
「魔法省に就職するのが夢なんですって」
「まぁ、もうそんな立ち入ったお話を?意外と肉食系なのですね、ドロシー嬢は」
「ふふ。カサが肉厚系とおっしゃって下さい」
(駄目だ、何かこれ以上はいけない気がする)
しっかりと盗み聞きをしていたヨシュアだったが、自分の話題にたまらずモゾモゾと体を動かし罪悪感と共に起き上がった。
(というか、ここはどこだ?)
どうやら自分はやけに座り心地の良いソファーに寝かされていたようだ。目の前には立派な暖炉がある。
天井にはキノコのカサのような形をしたシャンデリア。床に置かれた間接照明もキノコ型という念の入れよう。真っ赤な壁紙はダマスク模様と見せかけてさりげなくキノコ模様。
それにその壁にかけられたのは天使と女神が描かれた荘厳で素晴らしい絵画。
(でも何でみんな手にキノコを持っているんだ!?)
ヨシュアはここまでくるとちょっと病気かも知れないと唖然とした顔で部屋を見回した。
「ドロシー様。お目覚めになられたようです」
(誰だ?)
自分と変らないくらいの年齢の茶髪の青年。丸みを帯びた髪型が嫌でもキノコを連想させる。というか長い前髪で目が見えないのが気になるが、確実に魔法学校の制服を身につけてはいた。
「あっ、昨日手紙を届けてくれたのは君か」
ヨシュアはふとその事をハッキリと思い出した。
「ふふ。お気づきになられたんですね。ごきげんよう、ヨシュア様。転送酔いをしていたので、そちらで休んで頂きました」
ドロシーの相変わらず可愛らしい声が部屋に響く。
「あ、お招き頂いて?ありがとう。って、え?ニーナ嬢!?」
ドロシーの横に立つのは赤味を帯びたブロンドの髪色をしたニーナ嬢だ。
(まずい、ソファーでだらけている場合じゃない)
模範的生徒の登場に思わずソファーから立ち上がりピシリと背筋を伸ばすヨシュア。
(さっきの会話でそうじゃないかとは思ってたけど)
それでもヨシュアは日々、二人がいがみ合う姿を見ている。だから仲よさげに二人が並ぶ光景を信じられない思いで見つめる。
「初めまして、ヨシュア様。私はキノコを愛する会。略してキノメンのニーナですわ。以後お見知りおきを」
スカートをつまみ、教本通りといった美しい淑女の礼を取るニーナ。
(何か、もっと怖い人だと思っていたけど)
今の所ヨシュアに対しては、とても穏やかな感じで意外に思う。
「駄目です、ニーナ様。キノコ愛で繋がったキノメンは皆平等です」
「そうでしたわね。どうぞ、こちらにお座りになって」
ニーナはいつものツンケンした態度を全く見せず柔らかな笑顔でヨシュアをお茶に誘った。
(僕があの二人とお茶をする?)
非日常的過ぎるお誘いにヨシュアの頭は軽く混乱した。とは言え、ここまで来たら断る理由は何一つない。
(この思い出も家宝)
ヨシュアは昨日から立て続けに起こる幸運とキノコに感謝しつつ、とりあえず紳士らしく二人の椅子を引いてから、自らもお茶に同席させてもらう事にした。
「し、失礼します」
「ムッシュルー。ヨシュア様にもお茶のご用意を」
「かしこまりました。ドロシー様」
(ム、ムッシュルー!?)
マッシュルームは知っているが、ムッシュルーは初耳だ。これもまたキノコな隠語だろうかとヨシュアは目を丸くする。
(もう何か深く考えたら負けな気がする)
ヨシュアはそう悟った。
「ヨシュア様。昨日は本当にごめんなさい」
ドロシーがヨシュアに謝罪する。
「お気になさらずに。こちらこそ、ドロシー嬢の大事なキノコを踏みつけてしまい申し訳ございませんでした」
(そもそも、僕が踏んでしまったのが悪いし)
ヨシュアは昨日しっかりと謝罪できなかった事を思い出し、ドロシーに頭を下げる。
(というか、ドロシー嬢の漏れ出すキノコ愛は半端ない。下手にキノコに害を加えたら殺されかねない……マリオーノキノコ。復活してるといいけど)
ヨシュアは昨日ドロシーが帰った後、回復魔法をかけ薬草を巻き、それから添え木をしておいた赤に白い水玉模様のキノコを思い出す。
「ヨシュア様、昨日マリオーノキノコの手当をして下さいましたよね?」
まるでヨシュアの心を読んだかのように、ドロシーがそう口にした。
「まぁ、あれで正解なのかは不明だけど。君はもしかして見てたの?」
(謎のキノコを介抱してる所とか、ちょっと女の子には……いや誰にも見られたくはないんだけど)
ヨシュアはいたたまれない気持ちになり俯いた。
「はい。実は浮かれて森を飛び出したのですが、ふと我に返り私は森に引き返したんです」
「なるほど」
「そしたら、ヨシュア様が愛情いっぱい、優しくマリオーノキノコを手当して下さっていて。私はとても感動したんです。それはもう泣いてしまうほどに」
ドロシーがはにかんだ笑みをヨシュアに向けた。
(うっ、可愛い……だけど泣くほどか?)
ヨシュアはドロシーの愛らしい笑みにすっかり恋に落ちかけ、しかし崖っぷちで何とか堪えた。
「ヨシュア様、本当にありがとうございます。お陰で今朝キノコを確認しに行ったら、二つに分裂してました。ふふっ」
「ぶ、分裂……」
(怖い、キノコが怖い。そしてドロシー嬢の重すぎるキノコ愛もとても怖い。でも可愛い。しかも僕にちょっと好意的とか、もう死んでもいい……くそっ、しっかしりしろ、ヨシュア!!)
ヨシュアは「ははは」とぎこちない笑みをドロシーに返す。
もはや何と戦っているのか、そもそも戦う必要があるのかすらわからなくなっているヨシュアである。
「まぁ、ヨシュア様もベニテンテングタケみたいですわ」
「いいえ、ニーナ様。今のヨシュア様はそこまで頬を赤らめていませんわ。強いて言うなら……ええと、あっ。サクランボウシメジくらいだと思いません?」
「まぁ、ドロシー様。ぴったりの例えですわね」
「サクランボウシメジは苦味があるから、口にするなら良く茹で溢してから食べた方がいいですよ」
(あっ、つい偉そうにウンチクを口にしてしまった)
ヨシュアは会話に割り込んでしまった事を即座に後悔する。
(でもあれ、ちゃんと処理しないと苦いし)
ヨシュアとてキノコは嫌いではない。むしろ好きだ。
(ただし人並みにだけどな)
それにヨシュアの実家、ヴィトリー子爵家が王より与えられた土地は森と水が豊かな場所。それはドロシー的思考で言い換えると、キノコにとっての楽園。だから小さい頃からキノコは当たり前に食卓に並んでいたし、むしろキノコとは他の人より馴染み深い方だと自覚している。
ただ、それを活かす場面が今までの人生で全くなかっただけだ。
(それが、まさかこんな幸運に繋がるとは)
人生捨てたもんじゃないなと、ヨシュアは生まれて初めてキノコに感謝した。
「ヨシュア様、サクランボウシメジの調理法についてもご存知なんて、流石ですわ」
「流石ドロシー様のお眼鏡にかなった相手ですわね」
「ちょっと、ニーナ様。そういうのは……」
照れた感じのドロシー。そんなドロシーに含みある顔をするニーナ。
可憐と美女はとても楽しそうに顔を見合わせ、くすくすと微笑んでいる。
(うっ、可愛いに綺麗……まるで動く彫刻を見ているようだ)
とまぁ、ヨシュアは存分にデレデレとしていたのであった。