001 キノコを熱く語る変な子。ただし見た目は天使
お読みくださってありがとうございます。
息抜きで執筆した作品になります。
最後までお付き合い頂けると幸いです。
※こちらの作品はキノコが苦手な方には大変な苦行を強いる作品となっております。
「俺は大穴狙いでヨシュアにかけたから、頑張れ」
「やめてくれ」
昔は教会として使われていたという場所柄、美しいステンドグラスに窓から差し込む柔らかい光。そしてどこか厳粛な空気に包まれる魔法学校の食堂の端っこ。
ヨシュアが本を片手に一人静かに食事を取っていると、友人のロイが向かい側に腰を落ち着けた。
同席の許可も求めずにである。
「お前がドロシー嬢を射止めれば俺は大金持ちになれる。何てったって倍率千倍越え。やばいだろ?」
「お前それ、遠回りに僕を馬鹿にしてるよな?」
ヨシュアは目を落としていた本から顔を上げ、ロイに対し非難がましい視線を送る。
「え、何の話?俺も混ぜて」
ロイがヨシュアの前に座ったのを皮切りに、ゾロゾロとヨシュアの周りには顔馴染みの男子生徒が集結する。
「例の誰がドロシー嬢に選ばれるかってやつ」
「あぁ、巷たで流行ってるっていう、闇賭博の話か」
「けどさ、闇賭博がシャルル殿下にバレたらまずくね?」
「というか、シャルル殿下自体が既にまずいだろ?」
「お前それ、不敬だからな」
(蟻が砂糖に群がるとはこのこと)
次々と当たり前のように、ヨシュアが陣取った目立ちにくさナンバーワン。陰の気を纏う者に大人気であるテーブルに吸い込まれるように腰をかける友人達。
(今日もまた落ち着いて食事が出来ない事は確定)
ヨシュアはふぅと不貞腐れた顔でため息をついた。
そして本を読み耽る貴重な時間を潔く諦め、パタンと本を閉じる。
(全部あいつのせいだ)
八つ当たり気味なヨシュアが視線を向けるのは一際大きな人だかりの出来たテーブルの一角。
そこには詰め襟の黒い制服に、黒いフードローブを羽織ったキラキラとした集団がいる。この国の第一王子シャルルを筆頭に、次期国王とそれを支えるエリートと呼ばれる――いや、呼ばれていた集団だ。
(数ヶ月前まで、確かに彼らには分別があったような)
それが今や見る影もないとヨシュアは顔を顰める。
それなりにシャルルの良くない噂を耳にする事はあった。しかしここまで酷くはなかったとヨシュアは思う。
(いや、前からあんな感じか……)
ヨシュアが特に注視していなかっただけで、周囲がすんなりこの状況を受け入れているところを見ると、存外前からあんな風に女性にだらしがなかったのかも知れない。
(ま、僕には関係ないけど)
ヨシュアはふぅと深くため息をついた。
「シャルル様、キノコ。お嫌いなのですか?」
ピンクブロンドの髪色をした少女のよく通る声がヨシュアの耳に届く。
この世の可憐な物全てを連想させる、大変欲張りな容姿を持つ天使だと揶揄されるドロシー嬢である。
(見た目は悔しいけど、かわいい)
ヨシュアは一人、ひっそりとドロシーの容姿に敗北を認める。
(だけど彼女は見た目だけ。男を惑わす悪女だ。しっかりしろ、ヨシュア!!)
ヨシュアは密かに心で悪態を吐き、自分に活を入れた。それから悔し紛れに銀のトレイの上。白い皿に載せられたハンバーグの添え物でしかないキノコソテーの見た目をしっかりと確認し、それから納得した顔になる。そして静かにキノコを口に含んだ。
(うまい)
キノコを咀嚼する度ヨシュアはキノコの旨味成分を舌の上で感じ、幸福感で脳が満たされ、苛々とした気持ちが穏やかになるような気がした。
「キノコか。実は恥ずかしい事に少し苦手でね」
照れたようにそう答えるのは、金髪碧眼で整った顔の青年。
誰がどう見ても「あぁ、あれが王子殿下ですね。わかります」と納得する事間違いなしといった容姿と佇まいを持つ美丈夫。ヨシュアの住まう王国の第一王子シャルルである。
「私はキノコが大好き。もしお召し上がりにならないのならば、私に頂けませんか?」
(おい、食いかけだぞ)
「えっ、でも食べかけだし」
シャルルの言葉にヨシュアは心で大きく頷く。流石にそれはない。下品だし淑女にあるまじき行為だとドロシーに対し批判的な気持ちが沸き起こる。
「食べかけなのはハンバーグですよね?」
「そうだが」
「お見受けした所、キノコには手をつけられていないような」
「まぁ、触ってもいない」
「じゃ、下さい。勿体ないですよ?」
「それはそうだか」
流石に躊躇した様子のシャルル。
(よし、そうだ。そこは王子らしくキッパリと断れ)
ヨシュアは離れた場所からシャルルの背を押す。
「キノコは、古くより森の恵みとして人々に愛されてきた大事な栄養源なんですよ。そもそもキノコはカビと共に生物群に含まれる尊き存在で、この国にも四千から五千種類が存在していると言われているんです。けれどそのうち食用として明らかにされているのは百種類ほど。なのに毒キノコっぽいとされているは二百種類。しかもその中の殆どが食毒不明。つまり誰かが食べて苦しんでのたうち回って、それで何となくあぁ、毒だったんだコレと判明するわけです。因みに特にありがちなのはウラベニホタテシメジだと思ったらクサウララベニタケと言うパターン。でもまぁこれは少量なら死に至る事はないですけど。ふふっ」
後半早口で捲し立てるようにキノコについて語ったドロシー。興奮したのか可愛らしくピンクに頬を染めている。
(ふふっ、じゃないし……)
ヨシュアはドロシーに呆れた視線を向ける。しかし、不思議な事に周囲の男子学生は益々ドロシーに目尻を下げまくっている。
(みんな気付けよ。おかしいだろ)
ヨシュアは男子生徒の視線を釘付けにするドロシーを遠くから睨みつける。
(あれは絶対魅了魔法を使っているに違いない)
その片鱗を探ろうとヨシュアはジッとドロシーを遠くから見つめる。
(かわいいな……)
完全敗北である。
(いや、駄目だ)
ヨシュアはブルブルと頭を左右に振り、貧血になったように頭がフラフラし思わず隣に座る友人、マルセルに体を預ける。
「お、おい、大丈夫か?」
「駄目みたいだ」
「そんなにドロシー嬢が好きなのか?」
「好きだ……えっ、ち、違う!!」
ヨシュアは友人にもたれかかった体を素早く正し、完全否定する。
(あぶない。魅了魔法にやられる所だった。つくづく恐ろしい女だ)
「まぁ、気持ちはわかる」
「可愛いもんな」
「でも、きっとあの調子だとシャルル殿下とこのまま上手くいっちゃうんだろうな」
ヨシュアを取り囲む友人達が一斉に死んだ魚の目になる。
「嫡男でもない」
「それどころか、次男ですらない」
「魔法だって長けている訳でもない」
「顔だってごくごく普通」
「色白で体力もなし」
「つまり僕達なんて、冴えないし、めやにくらい目立たぬ存在だということだな」
自虐的な言葉の数々にヨシュアを囲むテーブルは一気に暗黒に飲み込まれた絶望的な世界。そんな悲壮感漂う気配を集団で醸し出し始める。
(うぬぬ。確かに何一つ間違ってはいない)
それでもその事実を認めたら、最初から勝負に負けているようで悔しい。
(いや、負けてるだろ)
貴族の縦社会なんてものは、嫡男以外見向きもされないのが現実。
最悪侯爵家やら伯爵家くらいならまだしも、子爵、男爵家の三男なんて、吐いて腐るほどいる上に、よっぽど優秀でないと貴族の令嬢からの需要もないに等しい。
(詰んでる……)
ヨシュアは周囲の友人達同様肩を落としかけ、ふと気付いた。
「目やには結構目立つと思うが」
ヨシュアの言葉に友人達が一斉に、明るい未来がそこにあると言った感じ。晴れた顔になった。
「そうだ。目やには目立つ!!」
「それに意外と固まると厄介だ」
「全部取ったと思ったのに、しつこく残ってる事もある」
「目やには目に含まれたゴミを排出する大事な存在」
「そうだ、そうだ。つまり俺達にだってちゃんと存在価値はある!!」
一気に明るい顔になる友人達。
「でも目やにだせ?」
ロイが全てを否定した。台無しである。
「ちょっと、ドロシー様。あなた無礼ですわよ」
自分達で勝手に落ち込むヨシュア達。そのひたすら虚しい状況を変えたのは、落ち着いた。それでいて鋭く責めるような声の持ち主だ。
「あ、出た」
「なく子も黙る模範的淑女、ニーナ嬢」
「目の下の泣きぼくろとたわわなアレが一部の男子生徒に大人気」
「俺、良く考えたらニーナ嬢の方がタイプかも」
「わかる。妻としてもきっと完璧だろうし、僕たちみたいに少し頼りない所のある男はきっとニーナ嬢くらいの方がバランスが取れるのかも」
「しかも今、絶賛婚約破棄の危機」
「つまり狙うなら、今がチャンス」
友人達の視線が校則規定通り。数ミリの誤差も許さないといった感じ。上から下までパリッとした白いワンピース姿に黒いフードローブを羽織った女子生徒に向けられる。
「でも、俺達は目やにだせ?」
再び空気を読まないロイの全く持って正しい指摘に訪れる沈黙。
「だよな。伯爵家の令嬢が目やにをつけたままにしてくなんてありえない」
「起きた瞬間、温められた布で根こそぎ拭われるに決まってる」
どんよりとした空気に包まれるヨシュアの周囲。
「あっ、ニーナ様。ごきげんよう」
堂々と座ったままニーナの顔を見上げるドロシー。
(無知って怖いな)
ヨシュアは思わず苦笑いをする。
何故ならヨシュアですら、ニーナの醸し出す如何にも貴族のご令嬢といった真面目で隙を見せない様子には正直怯む自信があるからだ。
「ドロシー様。ニーナ様はあなたより年長で爵位も上ですよ。つまり普通はきちんと立って挨拶すべきでしょう?」
「アンナ。年長は余計よ」
「あっ、失礼しました」
ニーナの取り巻き令嬢筆頭。子爵家のアンナがニーナに厳しい声をかけられ、扇子で口元を素早く隠し謝罪した。
「ドロシー様。人が手を付けた食事まで欲しがるなど、そんなのは物乞い以下。貴族に籍を置くものがする事ではありません」
「ニーナ、言い過ぎだ。それに嫉妬は醜いぞ」
「まぁ、シャルル様。自惚れ過ぎですわ。あまりにみっともない会話が食堂中に漏れ聞こえておりましたので、ご忠告をしたまで。他意はございません」
(あれで婚約者同志なんだもんな。この国は終わりかも)
ヨシュアは完全に他人事気味に率直にそう思った。
「ニーナ様、ご無礼をごめんなさい。でもこのキノコ。残したら捨てられちゃうんでしょう?それって勿体ないですよね?」
慌てて席から立ち上がったドロシー。そしてドロシーの言葉は意外と食堂内に響く。
「ニーナ様は食べ物を粗末になさるんですか?」
「そうではないけれど」
「じゃ、一緒にシャルル様のキノコを分け合いましょうよ」
「どうしてそうなるのよ」
「食品ロスをなくすためです」
「その前に淑女としての最低限のマナーがあるでしょう?他人の残した物に手を付ける。それはとてもはしたない事ですわ」
「他人じゃないです。好きな人のです」
「なっ!!」
(勝負あり。ドロシー嬢の勝ち)
ヨシュアは無邪気に微笑むドロシーに頼まれてもいないが勝手に軍配を上げた。
「わ、わかった。僕がキノコを食べるから。それで解決だ。いいね?二人共」
シャルルが慌ててその場を宥めようとした。
(キノコ、嫌いとか言ってなかったっけ?)
ヨシュアはその程度の苦手なら最初から食べろよと内心苛ついた。勿論、将来の国王候補に表立って盾突くほど、馬鹿ではない。だから済ました顔のまま心で悪態をつくに留めておく。
「でもシャルル様はキノコがお嫌いなんじゃ」
「そうですわ。ご無理をなさらないで下さい」
「もしアレルギーだったら生死に関わりますし」
「まぁ、シャルル様はキノコアレルギーをお持ちなのですか?」
歪み合っていたドロシーとニーナが同時にシャルルに顔を向ける。
「アレルギーではないから安心して。この世の宝にも等しい、可憐で美しい二人に私の好き嫌いのせいで悲しい顔をさせる訳にはいかないからね」
シャルルはその美しい顔を最大限活かした王子スマイルをドロシーとニーナに向けた。
(でたよ。女たらしめ)
ヨシュアはうんざりとした顔になる。
「お優しいのですね、シャルル様。ではキノコを」
「頑張って召し上がって下さい」
「う、うん。頑張るよ」
可憐と美人に応援されるという、大変うらやまけしからん状況の中、シャルルは真剣に向き合っている。
(キノコとな……)
ヨシュアは呆れ。そして黙々と昼食を口に運び出す。
「あーあ、俺も王子に生まれたかった」
「ほんと、一度でいいから可愛い子から「頑張って」とか言われたいよな」
「しかも王子の上に顔もいいとか」
「しかも凄い魔力持ち」
「人生不公平だよな」
「それな」
ヨシュアの仲間も口々に愚痴を言い、そして意気消沈しながら黙々と昼食を食べ始めた。
(それにしても数ヶ月前はこんな風になるとは思ってなかったけどな)
数ヶ月前までは確実に平穏無事なと言えば聞こえがいいが、ある意味誰にとっても代わり映えのしない魔法学校生活を送っていた。
(だけど、ドロシー嬢が留学してきて、状況は変わった)
隣国、シロハツ王国から交換留学でやってきた可憐な少女に、誰もが――というか特に我が国の第一王子であるシャルルが夢中になってしまったのである。
その結果、最近は王子殿下を含むこの三角関係の泥沼を密かに皆で注視しているという状況。
(勿論、悪い意味でだけど)
何故ならニーナの父は国王陛下の側近の一人であるバルテ伯爵の娘なのである。しかも「何としても娘を未来の王妃に」と国内で白熱していた長きに渡るシャルルの婚約者制定レース。そのレースをまんまと勝ち抜いたツワモノ。
(だからまぁ、この状況をバルテ伯爵が知ったら黙っていないだろう)
陛下の右腕として名高いバルテ伯爵と国王陛下の関係が悪化すれば、多少なりとも国内が荒れる事が誰にだって予測できる。
(とは言え、僕にはまぁ関係ないか)
ヨシュアはあっけらかんとそう割り切った。
何故ならヨシュアは貴族の末端もそもまた末端。貧乏子爵家の三男だからだ。
よって親から継ぐ者は何もない。貴族籍に囚われず自分で未来を切り開けとは父の言葉であり、体良く家を追い出される宣言をされたも同然。
(ま、魔法省に入省出来るように頑張るしかないよな)
平凡どころか貴族としてはマイナスな人生のスタートを切ったヨシュア。ただ一つ、魔力に恵まれた事だけは神に感謝だ。勿論シャルルやその取り巻きには到底叶わない程度の魔力ではあるが。
(それでもないよりはマシ)
そのお陰で運良く魔法学校に入学出来たから。だからもう、唯一神より与えられた産物である魔法に縋り、それを生かし生きて行く将来しかないとヨシュアは冷静に考える。
(僕はあんな風に目立たないでいい。ただ質素にこの国の端っこで細々と生きて行ければ)
そんなささやかな望みを胸に抱くヨシュア。好物であるキノコソテーを口に運びモグモグと咀嚼のち、おいしいとひっそりと小さな幸せに浸っていたのであった。