対策会議は夜電で
あれから、数日後。
陽葵がまた仕掛けてくるかと警戒していたのだが、特に何事もなく日々は過ぎていった。
その間、予想外なことに陽葵と遭遇することはなく。
代わりに、俺は天宮とかなりの頻度で会っていた。
理由は、対策を練り上げるため。
今こそ陽葵は大人しくしているが、彼女は『またね』と俺に言った。
それはつまり、これで終わりではないということ。
俺たちは次を見越し、前もって綿密に打ち合わせを行った。
その結果、出た答えがこうだ。
『――沢渡さん。今週の土曜日、デートしましょう』
「⋯⋯それは恋人的な意味でか? それとも対策の話か?」
電話の先で呆れる天宮のため息が聞こえる。
『対策に決まっているでしょう、ばか』
こうしてわかったが、天宮の透明な声は電話越しでもよく伝わってくる。
やはり綺麗な声だ、と再認識させられた。
まあ、それが罵倒のおかげで台無しだが。
「バカって、お前なぁ⋯⋯それがなんの対策になるってんだよ」
率直に思ったことを聞く。
『陽葵さんが仮にわたしたちを監視している場合、外で不用意な事はするべきではありません』
「そうだな。じゃあ、なんでデート?」
『わたしたちはお付き合いをしていますよね』
「⋯⋯まあ、形式上は」
しかし、こうして電話で話せるのは大きいものがある。
リアルの場合どうしても場所を選ぶ必要があるので、手間が増える。
そこで連絡先を交換し、お互い帰宅してから日々こうして話し合っていた。
『デートはそうですが、家にまで遊びに行く仲だと見せつけてやればいいのです。それなら、盗撮されたビデオがばらまかれた場合の対策になります』
「⋯⋯自信はないぞ」
『大丈夫です。開き直るだけですよ』
なんだか、むず痒い。
いつもは冷静な天宮だが、今の話を聞くと焦っているように感じた。
「開き直る、か。天宮らしくない言葉だ」
『四の五の言ってられません。現状打てる対策は打っておくべきです』
⋯⋯確かに、その通りか。
次いつ陽葵と対面するのか、俺たちはわからない。
「仮に陽葵が盗撮するとしたら、俺たちが外出した時だろうし」
『はい。沢渡さんの家の位置は把握されていますが、わたしの家は知られていません』
その為に、この一週間帰り道を変えた。
大通りの途中までは一緒に、そして交差点で別れる。
俺が正面から帰るルートで、天宮が裏から回るルート。
裏口に通ずる道は人気がなく、身を隠せる場所が少ない。
それなら、天宮がつけられるリスクが大幅に減る。
「陽葵がまた脅してくるなら、同じ手で来るはず。それならきっと、狙われるのは学校帰りだよな」
『その通りです。おそらく、この対策はかなり刺さるでしょう』
「成功すれば、な。とりあえず、待ち合わせ場所とプランを決めておこう」
『では⋯⋯』
そこから土曜日になるまで、ふたりで毎晩話し合った。
あーでもない、こーでもないと色々迷走はしたが、なんだかんだ言って楽しくはあった。
そして、驚くほど早く日は経っていった。
『明日は当日ですけど、寝坊しないでくださいね』
「そっちもな」
『言われるまでもありません。それでは』
「ああ」
電話が切れる。
画面を見れば、"29分48秒 通話終了"の文字。
「⋯⋯ついに明日か」
長いようで、短かった一週間。
俺は自分が思ってるより、天宮との電話に心が躍っていたのかもしれない。
「この作戦会議も、今日で終わりか⋯⋯」
元々これは、明日のために始まった電話。
つまり、明日が過ぎるとそれ以降はなくなってしまう。
とにかく、失敗だけはしないように気をつけなければ。
それこそ、うっかり陽葵を見つけてしまったりとか、な⋯⋯。
「変な考えはよせ、もう寝よう」
それ以上考えても悪い方向に思考が働いてしまいそうだったので、無理やり眠りにつくことにした。
そして俺は、眠りに落ちていった。