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俺またなにかやっちゃいました?

「おい、あいつが⋯⋯」

「チッ、なんであんなやつが天宮さんの彼氏なんだよ」

「絶対俺の方がイケメンだわ」


 廊下を歩くと、すれ違う生徒からあまり心地のいいものではない視線を向けられる。

 朝からこんなのばかりで、授業中ですら俺を見ながらひそひそ話をしてるやつがいるくらいだ。


「面倒な事になったな⋯⋯」


 もちろん、こうなることを想定していなかったわけではない。

 しかし、まさかこんなに早く知れ渡るとは⋯⋯。

 せめて数日、いや、数週間はかかると見ていたのだが、俺の見通しが甘かった。翌日になって学校に来てみろ、もうバレていたんだからな。


「⋯⋯天宮」

「おはようございます」


 二年の教室がある三階へ登ると、すぐそこで天宮が待っていた。

 天宮はこうなることを知っていたのか、特に動揺した素振りはない。


「一日と経たず噂が広まるなんて聞いてないぞ」

「でしょうね。わたしも()()()()()を除けば、あなたと同じ意見でしたから」


 含みのある言い方だ。

 もしや、『ある可能性』とやらを⋯⋯。


「おい、まさか」

「――はい。わたしは今朝、告白されたばかりです」


 天宮はさも予想していたかのように答える。


「⋯⋯返事はどうした?」

「彼氏がいる、と」

「相手は?」

「涙目になって去っていきました。おそらく、噂が広まったのはその後です」


 まあそうだよな。今まで何十回と告白されている天宮は、今までそんな返事をしたことがなかった。

 相手が朴念仁でもない限り、当然騒ぎ立てるだろう。


「それにしても⋯⋯」

「⋯⋯? なんですか」

「⋯⋯いや」


 天宮が稀に見ない美少女なのは周知の事実だが、まさか恋人のフリをすると決まった翌日に告白されるあたり、本当に人気なんだな。

 一年生にして、校内のトップアイドルみたいな存在なんじゃないか?


「とにかく、報告だけはしておこうと思いまして」

「律儀なのは結構だが、場をわきまえていたらもっと良かったな」

「はい⋯⋯?」


 見てみろ、と顎で促す。

 俺たちの周囲には、小声で会話したり睨みつける生徒なんかが集まり出していた。


「⋯⋯気づきませんでした」

「お前はもっと周りに気を配った方がいい。ただでさえ目立つんだからな」


 幸い近くに寄られてはいないので今の会話は聞かれてないだろうが、とにかくこいつは目を惹きすぎる。

 さすがにこれ以上ここで話し込むのはまずいだろう。


「お前、ではありません」

「ああ、呼び方か⋯⋯天宮。これでいいか?」

「はい」


 天宮は満足そうに頷く。

 まったく、こんなことをしている場合じゃないってのに。


「俺、そろそろ行くから」


 早急に離れよう。


「それじゃ」

「待ってください」


 立ち去ろうと背を向けたのだが、制服の裾を掴まれる。

 そういう仕草はドキッとするからやめて欲しい。いちいち一喜一憂していたら俺の心臓が持たない。だいたい、彼女でもない相手に⋯⋯いや、今は彼女だったわ。


「⋯⋯なんだよ?」


 振り返って訝しげに聞くと、天宮は答えなかった。

 その代わり、ただ一点を見つめている。

 俺もそちらに視線を向けた。


「あの方とはお知り合いですか?」

「あ⋯⋯?」


 どうやら用があるのは天宮ではなかったらしい。

 天宮の目線の先を見ると、ひとりの女子生徒がこちらを睨んでいた。

 だが、あれは睨むと言うより、目尻に涙が溜まっていて⋯⋯。

 あれ? 俺またなにかやっちゃいました? (前科ナシ)


「⋯⋯沢渡さん、女性を泣かせるのはあまりいい趣味とは言えませんよ」


 天宮が呆れたようにこちらを見てくる。


「バカ、心当たりがないっての。てか、誰だよ⋯⋯」

「ご存知ないのですか? D組の陽葵さんです」

「陽葵⋯⋯?」


 陽葵と呼ばれた女子生徒へ目を凝らすと、だんだん記憶から人物が呼び覚まされる。


 両方にリボンのついた金髪ツインテールに、天宮レベルにまで整った顔。だが、美人で無表情な天宮とは違い、どちらかと言えば可愛い系だろう。

 まつ毛は長く、肌はきめ細かい。おそらくメイクをしていないのだろうが、素でこの容姿とは驚きだ。

 平均くらいの身長に、出るところは出た抜群のスタイル。


 なるほど、こいつは確か――。


「⋯⋯陽葵 千冬(ひなた ちふゆ)か」

「その通りです。壊滅的な記憶力をしている沢渡さんでも思い出せたのですね」

「お前隙あらば嫌味ぶつけてくんのやめない? 俺じゃなかったら泣いてるからね?」

「ふふ、ご冗談を」


 口でこそふふ、なんて言っているが、顔が笑っていない。

 いや、ほんと、まじで。鋼のメンタルを持ち合わせた人間でなければこいつの相手は務まらないだろう。


「というか、お前が他人の名前を覚えてるとはな」

「失礼ですね、わたしだって名前くらいは頭に入れてますよ。主に、学年順位が上位の人しか覚えていませんが」


 うちの高校は、定期テストで上位十名に入ると校内に貼り出されるシステム。それにより、成績優秀者である天宮や陽葵は当然のように校内で知れ渡っていた。

 そんなことより、と天宮は言葉を続ける。


「良いんですか? 陽葵さん、踵を返して行ってしまわれましたが」

「⋯⋯別に、天宮が気にすることじゃないだろ」

「それもそうですが、沢渡さんのせいでわたしまで不快に思われていたら嫌なので」

「俺は今お前のその言葉を聞いて不快になってるよ」


 本当に人の心をえぐるのが上手いよな、前世は言葉だけで相手を屈服させる役職に就いてたんじゃないのか?


 ともあれ、陽葵か⋯⋯。


「⋯⋯どうすっかな」


 はぁ、とため息をつき、俺は現実逃避をするように天井を見つめた。

 また面倒なことに巻き込まれそうで、どうにも気が乗らない。


 これからのことを考えるには、あまりに憂鬱すぎた。

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