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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

おかえし

作者: なたでここ
掲載日:2020/07/17







こととん。こととん。




心臓の音のような電車の音。


僕はこの音が好きだ。だから偶に理由もなく電車に乗る。終点から終点までを往復したことさえあるくらいだ。




「それでねー、インスタにあげてさぁ…」


「お母さんまだ?」


「静かになさい!」


「今度行こうぜ。あの辺りおすすめの店があるんだよ」




がやがや。


心の中で舌打ちをする。


何故この優雅な景色と軽快な音を楽しめないのだろうか。そうでなくとも移動中のわずかな時間くらい、公共の場くらい静かにしたらどうだ。




みんな消えちまえ、と心の中で唱える。


昔はぼそりと口に出して言っていたものだが、社会に出てからは心の中にとどめておく。


僕も成長したものだ。良い言葉ではないが、誰しも一度は思うことだろう。それに本気で思ってるわけでもないし、「死ね」「死ぬ」が日常に使われ、ネットでは人に向けて発せられる現代だ。僕が思うくらい、安いものだろう。




「それでさぁ…」




何処にでもいそうな女子高生の声を聴きながらぼんやりと考える。


今日、僕を呼んだ遠方にいる友人、これから会う人物についてだ。




友人といっても大した仲ではない。


たまたま家が近くて、そのせいで小中学校が一緒だっただけだ。


学生時代も話したりはするけど一緒に遊びに行くことはほとんどなかったし、社会人になった今では連絡先を控えていただけ奇跡だ。


というかあいつから連絡があるまで登録していたことすら忘れていた。




なにせあいつは変わっていた。


何がと言われたら全部だと答えるだろう。やることも言うことも何一つ理解できなかったのだ。


子供だったからというのもあるけど、いかれているというか哲学的というか小難しいというか。とにかく意味のわからない奴。


そもそも中学から何も接点のなかった僕に連絡してくる時点で変わっている。


呼び出しの理由が「おかえししたいから」なんて、本当に訳が分からない。




そして僕にはそんな覚えもない。


宿題は、むしろやってもらっていた。あいつは頭がよかった。


誕生日プレゼントをあげたことはあったかもしれないが覚えてない。


一緒に遊ぶことはたまにあったし、なにかあげたのかもしれない。




そんな変人だが、聞くところによると誰もが知っている大企業に務めているらしい。


僕は故郷に残って役所仕事、変人はサラリーマン。世知辛い世の中だ。




しかし遠い。


田舎から都会にでるのにこんなに時間を使うとは思わなかった。


電車好きな僕とはいえ早起きしてからの慣れない乗り換えはつらい。


昨日も仕事だったのだ。仕方がないだろう。


僕はうとうとと景色を眺め、やがてゆっくり目を閉じた。


どうせ目的地は終点だ。問題ないだろう。














『……………点。終点」




!!!!!!!!!!!!!!!!


アナウンスの音でびくりと目を覚ました。繰り返される感情のない声。閉まりそうになる扉。




降りますと叫びながら慌てて飛び出した。


バスじゃないんだから先頭車両から遠いここで叫んでもしょうがないんだろうが、そうせずにはいられない。そのおかげか結果的には無事に降りることができた。




初めての都会。初めての駅だ。


……真っ暗じゃん。


都会の駅には屋根がある。トタンが出っ張った程度の雨避けじゃなくて屋根だ。ホームと呼ばれるだけのことはある。それがこんなにも暗いとはどういうことか。


空は見えないから光も入ってこない。だから電気がばちばちと灯ってるはずなんだが、恐ろしく暗い。地元の夜道のようだ。こんな大きく広い駅でこの視界だと出口を見つけるのも苦労しそうだ。


というか都会の終点ってこんなに人がいないものなのか。




ま、いいか。あいつに連絡しよう。




元々集合場所は駅だったのだ。駅で会って、帰るだけだ。


ホームから出る必要がないから出口を探す必要もない。


昔から電車は好きだが、都会の街並みや臭いはどうも好きになれないのだ。




連絡先を選び、コールボタンを押す。


音が鳴る。手元の携帯と、何処かから。




「んばぁ」




目の前には血まみれのソイツがいた。


あごの下からうっすらと光るソイツが。




あああばああああああぁっぁっぁあああああああ!??????




「あはははははははは」




喉から勝手に飛び出した悲鳴にソイツは子供のように笑って答えた。


顎の下に懐中電灯ならずスマートフォン。


なんだよ。すっごい古典的なことしやがって。


まじで腰抜けたわ。立てないんだけどどうしてくれるんだ。




「そんなに吃驚する?するよね。予想外は、人を驚かせる。ふふふ」




年月が経った今も変わらず変人。


見た目もあんまり変わらない気がする。




「久しぶりだね。来てくれてありがと」




ソイツはかっちりとしたスーツ姿だった。いかにも都会らしい格好だ。


まるで以前の自分とは違うのだと見せつけているよう。




いや、変わらない。驚くほど変わらない。




差し出された手をとる。手袋をした手はべったりと冷たい。何か濡れているような、べったりとした感触。


………汚いな。


体を起こして、服で手を拭う。床に落ちたスマホでぼんやりと照らされた僕の服にはシミがついていた。赤黒い、シミが。




「驚いた?驚いて、忘れた。そう、そういうこともあるよね。うんうん。無理もないよ。そんなに注意深くいれないさ。あれ?大丈夫?顔が青ざめて見えるよ。暗くてよく見えないなぁ。明かりをつけよう。そうしよう」




ソイツはけらけらと笑いながら闇に紛れていく。そしてバチンという音とともに光が灯り、景色が広がった。


僕は口を押える。声もでない。膝をついて胃の中のものをぶちまける。


ケラケラケラケラ。特徴的な笑い声さえ耳に入ってこない。


明かりが照らしたものは、無残に切り裂かれた大量の遺体だった。




「簡単なことで驚いて、落ち着いて、大きなことで驚いた。どうだ!すごいだろう!ああ、吐くなよ!臭いなぁ!」




血の海だ。駅の床が真っ赤だ。偽物だと思いたい。いや、偽物だ。誰がこんなことができる?無理だ。何人いると思うんだ。ざっと見ても数十人はいる。


なら用意するしかない。マネキンか何かだ。都会なら用意できるさ。ひとりで?誰かが協力したのかもしれない。ああ、すごいな。とんでもないドッキリだ。相変わらずぶっ飛んでる。




「顔青いぜ、おい!ああ?偽物?ぶつぶつうるさいなぁ。なら触ってみれば?」




ソイツはニヤリと笑いながら腰からごついナイフを取り出した。そして僕の目の前で、女性の作り物に刃をいれる。


ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ。


肉が切り裂かれて、骨が軋みをあげる音。ぼきりと無造作にとれたそれで、ソイツは僕の頭を優しく撫でた。




「大丈夫ですか?顔が青いですよ?赤い方が、健康的ではないでしょうか?」




腕から伝う血で景色が赤くなる。わずかに温かく、女性の細い手はやわらかい。




絶叫した。動かない足と手でバタつきながら離れる。血をぬぐって、ぬぐった後の赤を見てまた叫ぶ。走り方も歩き方も、立ち上がり方すら忘れて離れることだけに必死になった。


何だこれ。なんなんだよ、これは‼‼




「もっと見て。頑張ったんだよ。ほら、どこもかしこもいるでしょ?白いところがないように赤くしたんだ。どうしても人が入ってくるから、いっぱい倒したよ。ほら、昔に鉄砲のゲーム教えてくれたでしょ。うまくいってよかったよ」




死体、死体、死体死体死体死体死体死体死体死体。


どこもかしこも死体だらけ。


胃の中が空っぽになっても吐いて、意味のない声をあげて、顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いてあがいた。出口はない。どこにもない。あるとしたら一つだ。線路の先だ。


ああ、ずいぶん遠い。無理だ。遠すぎる。殺される。間に合わない。いやだいやだいやだ…




「お話しましょう」




ソイツは悠々と歩きながら朗らかに笑った。




いかれてる。


僕が何したというんだ!何がお返しだ!こんなに人を殺して何がしたいんだ!帰してくれ!帰してくれ!


喚いて、喚いて、ソイツは困ったように眉を顰める。




「一つずつ。答えます。


一つ、君は昔に驚かしました。ボクを驚かしました。だからおかえしです。


二つ、こんなに人を殺して何がしたいか。何ということもないです。驚かせたいだけです。おかえしです。


三つ、かえしてくれですが。現在進行しております」




だめだ。


ぐすぐすと子供みたいに泣きじゃくる。何を言っているか意味が分からない。本当に意味が分からない。


驚かせたいから、人を殺して。お返し?驚かせたお返し?少なくとも僕は人を殺して驚かせたりはしてない。驚かせた?僕が?こいつを?




「思い出しましたか?ボクはびっくりしたんですよ!ぼーっとしてたら、首に大きな蛇を巻き付けられて!」




あんぐりと口を開ける。些細な、子供のいたずらだ。昔にやった。確かにやった。


でも、それはたかが蛇で、たかがいたずらだ。


覚えている。何がびっくりしただ。こいつは微動だにせずにじっと蛇と見つめあっていたじゃないか。




「あれはですね、毒蛇だったんです。ボクは知ってたから驚いても動きませんでした。君は嬉しそうだけど、残念そうで、そしてボクから蛇を外したんですよ。舌打ちしながら。


そしてどうしたかって、君はその蛇を殺したんですよ。頭を何度も何度も踏みつぶして」




覚えている。


悲鳴もあげず、驚きもせず、僕はつまらなかった。むしゃくしゃして、その蛇を殺した。




だから、結局なんだというんだ。蛇の復讐をというのか。自分はほとんど驚いてもないのに仕返しに僕を驚かせようというのか。


田舎の子供は生き物に対して残酷だ。おたまじゃくしを潰して遊んだり、爆竹を使って爆破したり。そんなこと日常茶飯事で、親からもきつく怒られることでもない。よくある日常の一つだからだ。蛇の一匹や二匹珍しくもなんともない。むしろ毒蛇だというなら感謝してほしいくらいだ。




「いや、ボクはね。仕返しをしたいんじゃないよ。おかえしだよ」




口調がコロコロ変わるソイツは泣きそうな顔で笑う。




「ボクはあの時に人間の残虐性を知った。驚くことを知った。


ボクが蛇ならあんなこと許せるわけがない。あんなことで死ぬなんて納得できるはずもない。そんなこの世の理不尽さも知ったんだ」




そしてソイツは死体の山をナイフで指す。




「これが、君が教えてボクが学んだもの。死んだあの人たちは、まさかこんな死に方するとも思わなかったろうし、こんな理由で死ぬことになるとも思わなかったはずだ。なんて、残虐で理不尽なんだろうね」




ソイツは頭をさげる。教えてくれてありがとう、と。




「お返しするなら同程度かそれ以上のもの。低いものでは意味がない。そしてボクの性格上、同程度でも物足りない。だから、まずはそっくりそのままのお返し。


ホラ。これが驚きと理不尽と残虐性だよ。君にもわかってくれた?」




僕は涙も出なくなっていた。言葉も出ないし、動く気力もない。


絵にかいたような綺麗な笑みで、どこか恥ずかしそうに礼を言うソイツを化け物だと思った。




「そろそろだね」




ソイツは憂いのある顔で先を見つめる。


視線の先は、唯一の出口。電車のくる線路の向こうだ。


耳にわずかに音が届く。勇ましいあの音だ。




助かる。この化け物から離れることができる。僕は歓喜から大声で叫んだ。




「よいしょと」




ソイツは僕の腕を肩に乗せ立ち上がらせた。腰が抜けて立つことさえままならない僕に代わって、細い体でゆっくり進む。


光だ。電車の光がホームに貫く。




「ねぇ、どうして人間を使ったかわかる?」




ソイツは悲しそうに笑った。




「おかえしには、人間じゃなくてもよかったんだ。それこそ蛇でよかったんだよ。そうでしょ?


なぜ、人間にしたのだろうか。君にわかりますか?


少ししか時間はねぇ。早く考えろ。答えを言ってしまうぞ。


ヒントはね。言葉。もっと言うとね。口癖。


さぁ、もうわかったね。わかっただろう。君の言葉さ。何度もいうあの言葉さ」




―みんな消えちまえ―




頭に、よぎる。




「君は毎日のように言っていた。友達と笑って言うことも、誰にも聞こえないようにぼそりということもあった。ボクが知っているだけでも452回。知らないものも数えれば1000回を超えるのではなかろうか。これはもはや呪いだ。呪いであり、願いでもある。


おかえしには相応しいとボクは思いました。」




ソイツは目前に迫った電車を前に、僕の腕を持ったままホームの端に立つ。




やめろ。やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。


やめてくれ。なんでだ。やめろやめろやめろ。わからない。意味がわからない。助けて。許してくれ。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて。




「みんなとは、そこにいる人すべて。全員。また、あるもの全部。


ごめんね。さすがに世界中、日本中は無理だった。一つの駅で精一杯だったけど、ボクはせめてものおかえしに君のお願いをかなえるよ」




ソイツは無造作に飛び込んだ。僕を引き連れて。




「みんな消えちまえ」




ブレーキの踏む金属音と迫りくる電車を最後に一瞬で景色は消えた。










!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




声をあげて眼を覚ます。




こととん。こととん。


電車の中。稀有なものを見るかのような周りの視線。心臓のような鼓動の音。落ち着けと言われているようだった。




なんだ、夢だったのか。




人目を気にせず重い重いため息をつく。


そうだ。夢だ。あるはずがない。いくら変わっているとはいえ、あそこまで異常ではない。さすがにどう思っていたとしても、おかえしに犯罪をするか?いや、しないだろう。誰もしない。




はぁ、なんだ。よかった。




ほっとして自然と胸に手を当てた。


ぬめり。


乾いた服の上からはありえない感触が返ってきた。




そんな、まさか。




がくがくと、ぎごちなく、下を見る。


真っ赤な胸。腸の飛び出した腹部。足がない。


……足がない?足がない足がない足がない足がない足がない‼




叫ぶ。周りを見る。周りは、死体だ。切り裂かれた死体たち。可哀そうなものを見る眼で、こっちを見ている。


見るな。見るなよ。


消えろ!みんな消えちまえ!消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ‼


ああ、そうだ。僕は?僕はなんだというんだ。周りが切り裂かれた死体で、僕は足がなくて腸が飛び出していて、血だらけで。僕、は…………?




「興味深い。君にはまた教わったよ」




足元にある何かから声がした。




「死んだら、こうして連れてかれるのか。ここにいる人間は消えた人間なのか。ああ、ああ。わからない。すごいね。知識、うん。知識、経験。なによりも尊いもの。ありがとう。ありがとうね」




ソイツはぺったんこになった体で、すがりつくように僕を上る。


上半身しかなく、手も片方で、腹部が潰れたソイツはきらきらとした目で僕を見つめて満面の笑みで言った。




「必ず、このおかえしはするからね」









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