一章 6.魔王、勇者に助けを求められる
突然の閃光で無理矢理目覚めさせられた俺は、自分の置かれた状況を確認するようにゆっくりと周囲を見渡す。
「お、俺は確か……、勇者と戦っていたはず……」
意識も次第にはっきりしだし、直前の記憶が蘇ってきた。
「ああ、そうか、思い出した……。そういや俺は勇者に負けて、クリスタルに封じ込められたんだったな……」
勇者マリスと戦い、その結果敗北しクリスタルに封じ込められた。
それが俺の中で最後に思い出された記憶であった。
腹部を見てみても、あの時の名残か未だ俺の腹にはマリスの剣が貫かれている。
痛みはないがあまりいい気分ではないな。
「ま、魔王様が復活なされた……。この日を、この日をどれだけ待ち望んだことでしょうか……!」
修道女の様な格好をした兎人族の女性が、復活したことに謎の喜びを感じている。
突然そんな異様な反応を向けられ俺は若干引いてるが。
「おいおいあんた、誰だか知らないが俺を拝むのは止めてくれ」
「何を言いますか!魔王様を前にして無礼な態度など取れる訳がございません!」
「えぇ……」
止めさせようとするが鬼気迫る表情で拒絶され、更に俺は後ろへ後退ることとなった。
誰かも知らない人に拝まれるという恐怖に、若干の身震いも起こしている。
何であんなに崇めているんだよ。
「あのー、そろそろいいですか?」
「え?ああ、どうぞ……」
兎人族の女性の態度に俺が困らされているところで、間に入るようにこの場にいるもう一人の人物が、おずおずと声を上げる。
誰かは知らないが逃れるにはここしかないと、俺はその女性に話を振る。
「貴方が私の御先祖様であるマリス様と戦った魔王で間違いないですか?」
「それは……、間違ってはいないけど、御先祖様ってどういうことだ?お前まさかマリスの子どもなのか?」
マリスと戦っていたというのは紛うことなき事実であるが、御先祖様という単語が分からない。
なぜついさっきまで戦っていた奴に子孫が居るのか、俺は言葉の意味を上手く理解出来ないでいた。
何かの暗喩かと勘繰ってしまう始末である。
「いいえ、マリス様は初代勇者でありますが、私はその数世代先の子孫マリナです。マリス様はもうこの世にはおりませんよ」
「なっ……!獣人族のフリをして、貴様はあの憎き勇者の子孫だったのか!」
マリナと名乗る女性の告白には、俺ではなく兎人族の女性が反応する。
何故かは知らんが随分と俺のことを尊敬しているみたいだし、その仇の子孫を前にして怒りが湧いてきたのだろうか。
よく見るとあのネコミミもただの付け耳っぽいし。
「少し落ち着きなさいよ。私は貴方達と敵対する気はないわ」
「貴方の言うことなど信じられません!」
「わざわざ敵の親玉を復活させに来る馬鹿がどこに居るのよ。私は勇者の血を引いてはいるけど、敵じゃないって」
「ぐ、それは……」
頭に血を昇らせていた兎人族の女性であったが、マリナの言い分に多少は納得する部分もあったのか敵意を抑える。
しなし、そんな二人の言い争いなど今はどうでもいい。
問題は、今話題に出てきた内容の方なのだから。
子孫とか血とか、もしかして今って俺が思ってる以上に年月経ってるのか。
「え……ちょ、ちょっと待ってくれ。今って俺がマリスと戦ってから何年経ったの?」
「だいたい四百年間ですね」
「はぁ!?四百!?」
覚悟を決めて今が何年なのか尋ねるも、マリナはそんな俺の気持ちなど知らないとばかりに、平然と答えてくる。
さらっと衝撃の事実を突きつけられた俺は、かつてない恐怖にガクガクと膝の震えが止まらなかった。
「俺、四百年間も水晶の中で寝てたのかよ……」
顔は青ざめ震えていた膝もとうとう限界を迎え、俺はは四つん這いに倒れあまりの現実に絶望する。
「魔王様が!ど、どうしたらいいのでしょう……!?」
俺の情けない姿に兎人族の女性は俺と同じく顔色を青く染め慌てふためく。
だが、兎人族の女性のそんな反応を見たおかげか、俺はいくらか冷静さを取り戻した。
他人が慌てふためく姿を見て、落ち着きを取り戻すとはなんとも不思議なことだ。
俺は気を取り直してマリナへと向き直る。
「で、そんな勇者の子どもが一応敵の親玉である俺の封印を解くとは、何が狙いなんだ?」
「それは……」
なぜ四百年も経った今更自分の封印を解除したのか。俺にはその真意が気掛かりであった。
「魔王、貴方に私達の世界を救ってほしいんです」
「……はぁ?」
マリナからどんな要求をされるのかと若干身構えていた俺は、想像とは真逆の内容に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
てっきり封印なんかじゃ生ぬるいとか、死んで償えとか、そういう賠償的なことを言われると思っていたのだ。
だからまさか自分に助けを求めてくるとは、しかも世界を救ってくれと言われるなど想定している訳がなかった。
「世界を救ってくれって、お前何言ってんだ?」
「魔王様と敵対していた分際で……、身の程を知りなさい!」
俺は純粋にマリナの要望の真意が知りたくて問い掛けただけなのだが、兎人族の女性は過剰に反応する。
やはり封印を解いた相手とはいえ、その原因たるマリスの子孫を許すことは出来ないのだろう。
「私達の世界は今、魔物という未知の生命体に脅かされているのです。現状はまだ抑えられていますが、奴らは少しずつ力を高めていて、このままだといずれ人類は敗北します……」
「人類が滅びるのですか、いい気味ですね。魔王様と敵対した種族など滅んで当然です!」
「お、おい、お前ちょっと過激すぎるぞ……。あんまり悪態つこうとするな」
俺も実は正体はただの人間であるため、同じ人間が滅びろなどと言われたら少し悲しい。
だからそれとなく兎人族の女性を宥めるよう立ち回る。
「てかこれそろそろ抜くか。自分の体だけど痛々しくて見てられねぇし」
痛みは特にないが、腹部に刺さった勇者の剣がいい加減鬱陶しくなってきたので、話をそらす目的も兼ねて引き抜こうと柄を握る。
「魔王様!無理に抜いては危険です!すぐに医療班を呼びますので――」
「よっと」
べキン!
兎人族の女性は俺のことを心配して止めようとしてくるが、俺はそれを無視して思い切り引き抜く。
だが、剣は腹に刺さった部分からへし折れてしまった。
腹では剣の先端が七色に輝くクリスタルへと変質しており、今も残ったままだ。
「ま、魔王様、なんて無茶を……!お体は大丈夫なんですか!?」
「あ、ああ、体は問題ないけど、なんだよこれ気持ち悪いな」
クリスタルに変化した腹部を叩くとカンカンと金属質の音が響く。
自分の体とは思えないほど気持ち悪い。いや、自分の体という訳ではないのだが。
「長年体に刺さってた影響で同化してしまった様ですね……」
「マリナは何か知ってるのか?」
「い、いえ詳しくは分かりませんが、似たような病気を聞いたことがある気がします」
「ふーん、まぁ今んとこ何ともないんだし、これは後回しでいいか」
マリナはこの現象に何か心当たりがあるような口ぶりだったが、現状見た目が気持ち悪い以外にデメリットはないので放置でいいだろう。
それよりもさっきマリナが言っていたことの方が気になる。
「で?何でそれで俺に力を借りることになったんだよ。勇者の子孫なら俺とあいつがどういう立場だったのか知ってるんじゃないのか?」
「……魔王は確かに私達の世界では諸悪の根源です。ですが、私はこの初代勇者マリスの残した日記を発見し、魔王の真の姿を知ったんですよ」
「えっ?日記!?あいつそんなの残してたのかよ!」
一体何が理由で、彼女が自分の所に来たのか俺は疑問であったが、まさかマリスが日記を残していたとは驚きだ。
そこに何が書かれているかは知らないが、いい予感はしていない。
なぜそんな黒歴史の様なものを残したのかは知らないが、それに俺を巻き込まないでほしいものだ。
「悪の象徴として知れ渡っている魔王ですが、この日記では全く反対の優しく人間味溢れる人物が記されていました。だからこそ私はあなたに助力を請おうと思ったんです」
「人間味って、嫌な予感しかしないな……。マリスの野郎余計なもん残しやがって!」
俺は既に亡き者であるマリスに憎悪の念を送る。やはりその内容は黒歴史そのものではないか。
「昔の魔王様……。そ、それは私も興味あります」
「何だったら少し話す?この魔王が魔獣とゆう――」
「あー!分かった分かった!お前の言いたいことは分かったから、もうその日記の話はしないでくれ!」
なぜか日記に興味を持ち出した兎人族の女性にマリナが内容を話そうとしだしたので、俺はそれを慌てて止める。
自分の話を何百年も先の時代の人間が話題にしてるなど、拷問でしかないのだから。俺は歴史上の人物みたいな扱いなどされたくはない。
「では、日記の話はこれくらいにして、魔王に一つ確認したいことがあるんですがいいですか?」
「ん?何だよ」
「あなたが本当に世界を救うに足る実力者なのかどうか、ここで確かめさせて下さい」
マリナはそう言葉を放ちながら、腰から剣の柄のような棒状の物を引き抜く。
俺はマリスらの使っていた武器に関しては知識があるので、それが魔剣であると予想する。
「っ!やはりお前の狙いは魔王様だったのか!」
「落ち着け兎人族の、えーと……」
「自分はバレリアと申します」
またも噛み付こうとする兎人族の女性、バレリアを俺は宥めた。そう喧嘩腰でいては話が一向に進まないが故である。
「バレリアね、まぁひとまず落ち着け。俺は別に戦っても構わねぇよ。ただ、一つだけ言っておくことがある……」
「な、何ですか?」
「俺と戦うってんなら覚悟しとけよ。最悪、死人が出ることになるぞ」
若干緊張した声音で固くなるマリナに向かって、俺は不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った。
その自信に満ちた表情と態度に、マリナは本気で掛からねば死ぬと直感したのか、警戒心を限界まで引き上げ臨戦態勢に入る。
こうして、俺こと魔王灯と勇者の子孫マリナの戦端は開かれたのだった。