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一章 4.竜の島での激闘

「休学届けも出したし準備は万端ね」


 魔王を復活させるためしばし学園を休むことにしたマリナは、諸々の手続きを完了させて今まさに正門から出発しようとしていた。


「もう行かれるのですか、マリナさん?」

「あっ、シーラ先生」


 だが、そんな出発する直前のマリナに後ろから声を掛けてきたのは、教員の一人であるシーラだ。

 シーラは海のように真っ青な髪を腰まで伸ばした、柔らかな面持ちの女性教員である。


「真面目な貴方が特権を使うだなんて珍しいですわね。何かあったのですか?」

「いえ、そういうことでは……、前回の長期休暇を途中で切り上げたものですから、ちょっと休みが欲しくなっただけです」

「ふむ……そういうことでしたか」


 この世界では基本的に魔王は悪でしかないので、マリナは己の目的をシーラに話すべきでは無いと判断し適当にお茶を濁す。

 だがその態度に何かを感じ取ったのか、一瞬だけシーラの眼は鋭くなった。


「ただ、休みが欲しいというだけなのですね?」

「は、はい……」


 シーラの圧にマリナは若干気圧されるが、それでも己の意志を押し通す。


「ふふっ、そんなに怯えなくても問い詰めるつもりはありませんわよ。道中、お気をつけて下さいね」

「あ、ありがとうございます。では私はこれで……!」


 マリナはこのまま詰め寄られるのかと身構えていたが、思ったよりもあっさりと身を引くシーラに拍子抜けする。

 たまたまカマをかけて探りを入れてきたのか、それとも何かに勘づいていたのか。その真相はマリナには分かりえない。

 ただこれ以上この教員と話をしていたらいずれボロが出ると直感したマリナは、足早に学園を出発した。


「ふぅ……、何だか変な出発になっちゃったけど、気を取り直して頑張って行くわよ!」


 妙な旅立ちに言い知れぬむず痒さを感じながらも、マリナは魔王復活という目的を達成するため意気揚々と歩き出す。


「あの子もしかして……、いや、まさかですわね」


 そんな彼女の背中が見えなくなるまで、シーラは一瞬も目を離すことなく見送っていた。







 ――







 学園を出てから早くも数日が経過し、マリナは現在海の上を進んでいた。

 彼女が乗っているのは、少人数用で魔石を動力とした小型ボートである。


「うん、進路に問題は無かったみたいね。ようやく目的の島が見えてきたわ」


 マリナは右手で舵を握りながら、進行方向に薄らと見えてきた島影を確認する。

 現在彼女は、魔王の居る別世界へ入るための入り口がある、竜の島という場所へと向かっていた。

 もちろんその場所に関しての情報はマリスの日記から得たものであり、マリナと一緒に解読したセルシーしか知らない事実である。


「日記によると、魔王はあの竜の島を起点に自分の創った世界に移動したらしいから、到着さえすれば後は私の力で無理矢理道をこじ開けることも可能なはずよ」


 マリナの持つ魔力解放の能力があれば、今は塞がっている魔王の居る世界への道も切り開くことが出来る。

 彼女は自身の力を信じて、目前まで迫ってきた竜の島目指して船を急がせた。


「よっと!ふぅ、随分と岩が多い島なのね」


 竜の島へと到着したマリナは、流されないように船を岸まで引き上げると、一息ついてから島全体を見回す。

 島の外観はというと、岸から少し上がった所に巨大な岩壁が立ち塞がっており、周辺には岩がゴロゴロと転がっているものだ。


「さーて、入口はと――あの洞窟が怪しいわね!」


 マリナは不安定な足場を軽快に進みながら岩壁の周囲を探索し、島の内部へ入れそうな洞窟を発見した。

 その後他にも抜け道のような場所は無いか虱潰しに確認した上で、内部へと入っていく。

 今のところ島に生物の気配は一切感じられず、危険も無いように思える。

 しかし、この先に何が待ち構えているかはマリスの日記にも記されていなかったので、十分に警戒を強めた上で慎重に先を進んで行った。


「ここが出口か……わぁ、この島は高い岩壁に囲われた形になってるんだ」


 やがて辿り着いた洞窟の出口から島の内部を覗いたマリナは、円の様に囲んでそびえ立つ岩壁に感嘆の声を漏らす。

 幻想的とも言える不思議な島の中心部に、さすがのマリナと言えど一瞬警戒を忘れて見入ってしまった。


 そして、その僅かな油断はすぐさま己の危機を招くこととなる。


「ウッホオォォォォオオ!」

「な、何っ!?」


 無警戒に島を眺めていたマリナ目掛け、突然鋭い獣の咆哮共に巨大な岩が飛来してきた。

 マリナは慌てて転がるようにそれを回避するが、岩は強烈に地面を直撃し、その衝撃で破片が飛び散る。


「んぐっ、油断したわ……!」


 破片に体を傷つけられながらも、マリナは腰から勢いよく魔剣を引き抜き岩が飛んできたその先を睨み付ける。

 するとそこから、巨大で闇のように深い黒色の体毛を生やした、ゴリラの様な見た目の魔物が真っ直ぐこちらを見据えていた。

 ゴリラの赤い瞳は、不法に侵入するマリナに憤る様に怒りの炎で燃え滾っていたのだ。


「強い、恐らく上位種の魔物ね……」


 マリナは幼い頃からの経験で、瞬時に相対する魔物が強敵であることを察知する。

 これまで低、中位の魔物とは幾度も戦闘してきた彼女であるが、さすがに上位種と剣を交えるのは初めての経験であった。


「ウホオォォォォオオ!」

「私一人で、あいつを倒さないといけないみたいね」


 この竜の島という離島では、当然援軍など望めるはずもない。

 本来上位種の魔物は、複数のチームで協力して戦う相手である。そんな強者を相手にマリナも死を間近に感じたのか、嫌な汗が首筋を流れた。


「来るっ!」

「ウホオォォォォオオ!」


 一瞬の静寂が場を支配したと思った次の瞬間、ゴリラ型の魔物はマリナ目掛け四本足で駆けてくる。

 それに合わせるように、マリナも臆すことなく前へと踏み出して向かった。


「はあぁぁ!」


 ゴリラ型の魔物とぶつかる寸前、マリナは体格差と身のこなしを活かして鮮やかに股下を潜り抜け、それと同時に足の腱を捌いていく。


「ウホオッ!?」


 ゴリラ型の魔物はマリナの動きに追いつけなかったのか、驚きの声と共に勢い余って大きく転倒する。

 マリナは当然この隙を逃すはずもなく、素早く切り返すと首筋を狙って剣を振り抜いた。


「これでトドメ――え?」


 だが、マリナイメージしていた地に付すゴリラの姿はそこにはなく、魔剣は虚しく空を斬るだけであった。

 確実に仕留められると思っていたマリナは、想定外の事態に一瞬体が硬直してしまう。

 そして、気付いた時には何故か視界の天と地が逆さまになっていたのだ。


「ウホオォォォー!」

「う、うそっ!なんで後ろに!?」


 背後から聞こえるゴリラ型の魔物の鳴き声で、マリナはようやく自分の足が奴に掴まれて、持ち上げられていることに気がついた。


「ウホォッ!」

「がはっ!」


 足を掴まれ抵抗出来ないマリナは、そのまま力の限り地面に叩きつけられる。

 衝撃で肺の中の空気は全て吐き出され、同時に口から赤い血が零れた。


「ウッホホォ!」

「くうぅっ!」


 ゴリラ型の魔物は苦しむマリナなど気にも止めず、そのまま振り回して上空へと放り投げる。

 豪腕によって数十メートル飛ばされたマリナは地面に強く叩きつけられ、数回体を跳ねさせた後どうにか止まった。


「うぐっ、つ、強すぎ、る……。こんなの、勝てるわけ……」


 地に手を付きどうにか立ち上がろうとするも、痛みで体は言うことを聞かない。

 上位種の魔物と自分の実力があまりにもかけ離れすぎていることを痛感し、己の無力さを嘆く。

 だが、そんな愚痴を零しても魔物が見逃してくれる訳など無い。


「ウホホホ」


 ゴリラ型の魔物は勝利を確信しているのか、何やらほんのり薄ら笑いを浮かべながら少しずつマリナに近付いてきていた。

 そんなゴリラ型の魔物の態度に苛立ち悔しさを噛み締め、マリナは全身に力を込める。

 だが、それでもやはり言うことを聞いてはくれなかった。


(うそ、私、こんな誰も居ない所で死ぬの……?そんなの、そんなの絶対嫌よ……!)


 マリナはこれが自分の人生の最後なのかと思うと、やり切れない悲しみに自然と涙が零れていた。


(こんなことなら、魔王探しなんてするんじゃなかったかなぁ……)


 危険もかえりみず行動した己の無計画さを嘆くも、後悔の念は湧き出るばかり。

 そんな愚かさがより一層マリナを惨めにさせる。


 そして気付いた時には、いつのまにか頭の中で己の半生が繰り返しフラッシュバックしていた。

 これが走馬灯というものなのかと、いよいよ目の前に迫る死に諦めが出だす。


「いや、違う……!私は、こんな所で死んでる場合じゃない!」


 だが、そんな記憶を振り返る中で、マリナはこの竜の島へと来た己の覚悟も思い出したのだ。

 世界を救う為、魔物を倒す為になんとしても魔王を復活させるという決意を。


「私は、まだ死ぬ訳にはいかない……!マリス様、どうか私に力をお貸し下さい」


 マリナは痛みで悲鳴を上げる体を無視し立ち上がり、カバンにしまってあるマリスの日記に手を添え小さく願う。

 気力だけを振り絞り、マリナは最後まで諦めまいと勝機を探るのだった。


(逃げ切れるだけでいいの。まだ、まだ何かあるはず!どこかにこの状況を打開する何かが――あっ)


 死を前にし、懸命に生にしがみつこうと足掻くマリナは、そこであることに気がついた。


「ふふっクソゴリラ、どうやらこの戦いは私の勝ちのようね」


 勝利への何かを発見したマリナは、余裕を見せるゴリラに向かって薄く笑う。


「ウホ?ウホオォォォォオオ!」


 そんなマリナの態度が気に食わなかったのか、先程までゆったりと近付いてきていたゴリラ型の魔物は、怒りの咆哮と共に全力で駆け出してきた。


「馬鹿ね、そんなんじゃもう私には届かないわ。いくわよ……、魔力解放!」


 駆け出してくるゴリラを前に、マリナは天に向かって片腕を突き上げてそう叫ぶ。

 その瞬間、マリナの能力が発揮され空に深い闇の如きな穴が姿を現したのだ。

 それこそが、魔王の居る世界への入り口。空間を自在に移動出来るワープホールであった。


「えいっ!」


 突然目の前に怪しげなものが出現し、警戒してか立ち止まるゴリラ型の魔物を他所に、マリナは一切の迷いも無くその穴へと飛び込む。

 それと同時に穴はマリナによる干渉が消えた影響で、元々そんなものは無かったかの様に、跡形もなく消え失せた。

 残されたゴリラ型の魔物は、状況が飲み込めずしばしその場で呆然と立ちすくむこととなる。


 こうしてマリナは、魔物との死闘の末にようやく魔王の居る別世界へと飛び込むことに成功したのだった。


魔王復活まであと一話

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