一章 3.マリスの日記
倉庫の奥深くで鎖されていた金庫を無理やりこじ開けた結果、初代勇者の書物を発見したマリナは早速解読のために自室へと持ち帰っていた。
「確か初代勇者は四百年前の人よね。ってことはこの本に書かれてる文字も四百年前のものってことか……」
さすがに四百年もの年月が経っている為か、文字は至る所がボロボロだった。この書物の解読は相当な根気が必要だと悟り重いため息をつく。
だが、気を落としている訳にもいかないと己の頬を強く叩くと、気合を入れて解読に取り掛かるのだった。
「何か参考書とかあればいいんだけどなー。さすがにそんなものはあるわけ無いわよね」
マリナはまず自室の本棚を漁り解読に役立つ本がないか探してみたが、それらしいものは見当たらなかった。
「でもさすがに金庫を無理やり開けたなんて話したら何言われるか分からないから、家族には相談出来ないし……、やっぱりちょっと早いけど学園に戻ろうか。そっちの方が色々とありそうだし」
一通り自室を漁りここに自分の求める答えは無いと分かったマリナは、まだ長期休暇期間ではあるが早々に学園へ戻ることを決める。
そして翌日、家族に怪しむような目で見られながらも家を出発し、数日かけてガーデニア学園へと到着した。
「ふぅ、どうにか戻ってこれたわね。さすがに父上も不審に思ってたみたいだけど、学園にさえ来ればこっちのものよ」
マリナは無事学園に戻ってきたことにホッと一息つくと、気持ちを切り替えて意気揚々と学園の図書館へと向かっていく。
「あれ、マリナ?何でここに居るわけ?確か実家で何か秘伝の技がないか探してたんじゃ……」
「セルシー、まぁちょっと色々あってね」
図書館に入ると、先客になんと友人のセルシーが居た。彼女は突然マリナが登場したことに、驚いて目を丸くしている。
マリナもセルシーからは今回の長期休暇では実家に帰らないと事前に聞いていたが、まさか図書館にいるとは思わず少し驚いていた。
「色々って――あ、まさかもう何か見つけてきたの!?」
「ふふん、これを見て驚くがいい……、じゃーん!」
何か察した様子のセルシーに見せびらかすように、マリナは若干溜めを入れてから初代勇者の書物を前に突き出す。
「……何これ、ボロボロで汚い本ね」
しかし、セルシーの反応はマリナの予想とは大きく外れて、若干呆れたものであった。
「ボロボロじゃないわよ!これは初代勇者の書物で四百年前の物だからちょっと古いだけ!」
「四百年って、まぁ確かに初代勇者の書物ならそれの価値は相当なものなんだろうけど、でもそこに現状を打開する策が書いてあるとは思えないわ」
「そ、そんなことないわよ。きっとこの中には、凄い情報が眠ってるはず……!」
セルシーに散々なことを言われてしまい、反論しようとするも何が書いてあるのか分からず、マリナは上手く言葉が回らなかった。
「はぁ……まあそれはいいわ。それでマリナはその書物を解読するために図書館に来たってわけね」
「えぇ、でもさすがに四百年前の文字だから時間が掛かりそうなの……」
セルシーの言葉に肯定するマリナだが、いち学生に四百年前の本に書かれてある文字の解読など本当に出来るのかと、今更になって不安が押し寄せてきてきた。
そんなマリナの様子を見て、セルシーは軽くため息をついてから柔らかく微笑んで口を開く。
「まぁ、マリナに実家で何か探してみればって提案したのは私なんだし、その本の解読手伝うわよ」
「え、いいの?」
「もちろん、ちょっと面白そうだしね」
「やった!ありがとうセルシー!」
セルシーの協力を得れたマリナは、先程までの不安などどこへやら幸せに満ちた様な表情になる。
そんな顔を見せられてはセルシーも悪い気はせず、その後二人は協力して初代勇者の書物解読に取り掛かるのだった。
――
そうして、マリナとセルシーが書物の解読を始めてから更に数ヶ月の時が流れた。
学園生活ももうすぐ一年が経つというところで、遂に二人は解読を完了させたのである。
「ふぅ、やったねセルシー!」
「えぇ、最初は苦戦したけど慣れれば大した事無いわね。この内容に信憑性があるかは別としてだけど」
解読に成功して素直に喜ぶマリナと、未だ疑いの目を向けているセルシー。両者の反応の違いは、この初代勇者の残したとされる書物、「マリスの日記」が原因であった。
「まだ疑ってるのセルシー?確かに内容は突飛なものが多いけど、それでもこれはちゃんと私の家から出てきたんだから大丈夫よ」
「さすがは勇者一族ということにしておくわ。一般人の私には到底信じられないもの」
解読中から最後まで、結局信じてもらえなかったことにマリナは少し頬を膨らませるが、彼女自身も心のどこかでは信じていない部分もあるので咎めるようなことはしない。
「で?これ解読したはいいけどどうするのよ。内容は面白かったけど、役に立つとは思えないわよ」
「いいえ、そんなことは無いわ。ここにはちゃんと世界を救う為の切り札が書かれてるじゃない」
「え、それってまさか……」
一緒に解読していたセルシーは、マリナの発言に何か心当たりがあるようで冷や汗を流す。
しかしどうにか止める為に口を開こうとするが、マリナの方が一歩速かった。
「私は、魔王を復活させるわ!」
そう宣言するマリナに、セルシーは頭痛に悶え頭を抱えこむ。
彼女の覚悟の前にはもう何もかも手遅れであった。
「魔王を復活って、それ本気で言ってるの?」
「もちろんよ」
「何言ってるの、魔王はこの世界を征服しようとした悪の象徴じゃない。こんなの子どもでも知ってることよ」
この世界では勇者と魔王の戦いが童話として多く残されており、その影響で悪と言えば魔王というのが通説であった。「悪いことをすると魔王に攫われる」というのは、子どもわ叱る時の常套句でもある。
マリナはそんな存在を復活させようとしてるのだから、正気を疑われても仕方がない。
「でもこの日記からすれば、魔王は悪の親玉ってわけじゃないわ。現状を知ればきっと協力してくれるはずよ」
「だからこそその日記が信じられないのよね。だってそこに書かれてる魔王は良い人過ぎるもの。まぁ、若干過激的ではあるけど」
マリスの日記に書かれている魔王象は、この世界で伝えられてきた魔王とは対極の存在のように記されており、そのためセルシーは信じられずにいた。
あまりにも人間味があり、優しさに溢れた書き方をされているせいで、同一人物とは思えないのだ。
「それでも今はこれしか手掛かりが無いもの、だから私魔王に会ってくるわ」
「どうやら、止めても無駄みたいね……。でもその日記によると別の世界?って所に居るらしいけど、行く手段はあるの?それに学園もあるのに」
マリナの意思は固いと悟ったセルシーは、渋々魔王探しを認める。その上で、行く為の手段が無いことや、学園生活をどうするのかと現実的な問題を指摘してきた。
だが、その点に関してはマリナはすでに策を考えている。
「学園生活は推薦組の特権を使って数日休みを貰うわ。魔王の居る世界に関しても……、こっちは秘策があるから大丈夫よ」
推薦組は他の生徒よりも優秀であり、その上でマリナは学年トップの実力者でもある。その為特例としてある程度のわがままが許されていた。
今回マリナはその特権を使用して、魔王探しの旅に向かうつもりだ。
そして魔王のいる世界への行き方も、彼女の持つ特殊能力を使用してとある作戦を用意している。
「そう、なら心配はいらなそうね。私は急に休むのは難しいから一緒には行けないけど、気を付けるのよ」
「えぇ、分かってるわ。これまで協力してくれてありがとうねセルシー」
真剣な表情でセルシーはマリナの安全を願う。それに応えるように、マリナも真っ直ぐとセルシーを見つめた。
ようやくマリスの日記という手掛かりを手に入れたマリナは、一人魔王の居る別世界へと旅を始めるのだった。
魔王復活まであと二話