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八章 33.風前の灯火

 数多の花による手助けを受けたマリナは、真正面から炎の魔人へ向かって突き進む。無謀とも思えるその進撃は、シンリーへの強い信頼があるからこそ成せる心意気であった。


「いい覚悟じゃ小娘、敬意を評し全力で叩き潰してくれる!」


 真っ向から向かってくるマリナに対し、炎の魔人は右手に炎の斧を錬成しそれを勢いよく振り下ろしてくる。

 前に進むことのみに集中していた今のマリナでは、この攻撃を避けることは困難だ。


「馬鹿ね、そんな攻撃当てさせる訳ないでしょ」

「むっ、魔人のツルか。鬱陶しいの……」


 だが、真上から振り下ろされる斧はマリナに当たることは無かった。斧が直撃する寸前で、シンリーがツルでマリナの体を縛り回避させたのである。

 有り得ない動きでの回避行動に、炎の魔人は苛立ちの声を零す。


「たった一撃避けた程度で、偉そうな顔をするでない!数撃てば避けられなくなるのは明白じゃろうが!」

「また炎の弾丸……!」


 斧を避けたことで得意げな顔をしているシンリーとマリナに、不快感が増した炎の魔人は両手から無数の炎の弾丸を乱射しマリナを追い詰めていく。

 斧による一撃は回避出来たとしても、弾丸の連撃は避けられまいと踏んでの強襲だ。この数を前にしては、流石のマリナも恐怖の色が浮かんでくる。


「打つ手一つ一つがつくづく浅知恵ね。その程度の攻撃を避けられないと思ってるの?」


 迫り来る弾丸の雨に対し、それでもシンリーは至って冷静であった。彼女はいくつものツルを駆使し、マリナの動きを自在に操作して完璧な回避を披露する。

 ツルにより縦横無尽の回避を手に入れたマリナに、最早死角は無かった。


「ちょこまかと飛び回って煩わしい奴じゃ。ならば範囲攻撃で全て燃やし尽くしてくれる!」

「範囲攻撃、これは避けきれないわよシンリー……!」

「大丈夫、あんたは私を信じて剣を振ることだけ考えててちょうだい」


 弾丸の連射を止めた炎の魔人は、力を溜めて広範囲に渡る火炎放射を仕掛けようと構えた。この攻撃は流石にツルの機動力でも回避しきれないとマリナは直感する。

 だが、そんな焦りを抱くマリナにシンリーは自信ありげにそう告げるのであった。


「燃え尽きるのじゃ小娘――」

「させないわよ!」

「なぬっ!?腕が釣り上げられて炎が上に……!」


 炎の魔人渾身の火炎放射は、噴射する直前にシンリーによって両腕を上空へと釣り上げられ、残念ながら見当違いの方向へと放たれてしまった。

 天目掛け灼熱の炎が舞い上がり、それはやがてシンリーの展開していた防御膜に直撃し分散していく。


「ようやく間合いまで詰められたわ。まずはその面倒臭い両腕から斬り落としてあげる!」

「ぐあぁっ!不覚、ここまで詰めておったか……!」


 そして炎が上空へ噴射される中間合いを詰めたマリナは、鋭い斬撃で炎の魔人の両腕を鮮やかに斬り飛ばす。

 出血は無いが、その代わり斬られた腕の断面から、血の様に赤い炎がゆっくりと零れ落ちていく。魔人の力の源が流出しているのだ。

 この赤い炎が全て燃え尽きれば、魔人はその命を絶たれる。そしてそれこそがシンリー達の勝利の条件であった。


「ぐ、ううぅ……、これはまずい、流石に致命傷じゃの……!」

「えっ、今確かに斬り落としたはずなのに、腕が再生してる!?」

「魔人は欠損部位なんてすぐに再生出来るから、気にすることはないわ。安心して、さっきの攻撃が通っているのはあいつの顔を見ればよく分かるでしょ?」

「な、なるほど、再生しても攻撃は活きてるのね……」


 両腕を切断された炎の魔人は、即座に腕を再生させて傷を無かったことにした。

 その鮮やかな復活にマリナは困惑してしまったが、それでもダメージはきっちり蓄積されているから心配はいらないとシンリーが付け加える。


「もう許さぬ、絶対に許さぬ……。一切の慈悲もなく、そなたらの全てを完膚なきまでに燃やし尽くしてくれるわ!」

「うわっ、全身から噴き出してる炎の熱がここまで伝わって来てる……!」

「奴も最後の力を振り絞ってるって訳ね。ここが正念場よ、気合い入れなさい!」

「分かってる、突っ込むわ!」


 火山の様に全身から超高熱の炎を噴射し始める炎の魔人。それを前にして、マリナとシンリーはこれが最後の攻防であることを悟った。

 自分達が死ぬか相手が死ぬか、互いの命を賭けた最終決戦の幕開けだ。


「全て燃やし尽くしてやるのじゃよ魔人に人間!」

「シンリー、補助は任せるわ!」

「了解、あんたは気にせず走り続けて!」


 ヘビの様にうねりを上げながら襲い掛かって来るいくつもの炎のムチを前にして、マリナはもう一切の恐れも抱くことなく走り出した。

 その迷いなき走りは、シンリーへの絶対の信頼があるからこそ成せる動きであり、そのことを感じ取ったシンリーも、期待を裏切るまいとツルを伸ばし全力で彼女をサポートする。

 ここへ来て、二人の連携は最大限にまで極まっていた。


「ふん、その動きはもう見飽きておる。結局は先に森の魔人を仕留めれば、それで終わりという訳じゃよ!」

「っ、なるほど、今度の狙いは私って訳ね」


 しかし、炎の魔人も油断なくシンリー達の連携に対策を講じてきた。それは回避の要であるシンリーを先に倒せば、マリナの機動力も失われるという手法である。

 実際シンリーが自分の回避に意識を集中させれば、その分マリナへのサポートは減り、結果として炎の魔人へ距離を詰めるのも難しくなってしまう。

 つまり炎の魔人の取った行動は、攻撃と防御の両方を兼ね備えた完璧な答えであったのだ。


「中々良い判断ね……。ま、それも私が避けることに専念すればの話だけど」

「なっ、貴様まさか、避ける気が無いじゃと!?」


 ただし、炎の魔人の取った作戦に唯一の弱点があるとすれば、それはシンリーが回避行動を取らず攻めを続行した場合だ。

 己の身を犠牲にしてマリナを敵の懐へ届ける。強靭な精神と高い耐久性が無ければ達成は不可能な、そんな荒業でシンリーはこの難局を乗り切ろうとしていたのだ。


「当たり前よ、ここで引いたら女が廃るわ!」

「馬鹿な魔人じゃ、ならばその愚かさごと全て消し炭にしてくれる!」

「うぐっ、ぐあああああぁ……!」


 一切避ける素振りも見せず待ち構えるシンリー目掛け、炎の魔人は容赦なく炎のムチを乱打してくる。炎の乱打を受けたシンリーは、全身を真っ赤に焦がして悲痛な叫び声を上げた。


「ぐうううぅぅ……、まだまだ、絶対に負けない!」

「こいつ、わしの炎を耐えているじゃと……!?」


 どれだけ高温の炎で焼かれようとも、シンリーはマリナへの手助けを止めたりはしない。

 ここまで来れば、後はどれだけ耐えられるかという精神力の勝負となっていたが、そこをシンリーは圧倒的な鋼の精神で乗り切って見せたのである。


「ありがとうシンリー、あなたのお陰でようやくこいつにトドメを刺せるわ!」

「ぐっ、ここまで詰めて来おったか。じゃが、ならばそなたもこの灼熱を食らうがいい!」

「あ、熱い……!でも、シンリーは今ももっと苦しい状況の中にいるの。ここで私が怯んでなんていられるか!」


 懐まで接近したマリナに対し、炎の魔人は全身から炎の膜を噴射して彼女の進撃を食い止めようと足掻く。

 だがマリナも、シンリーが己の身を賭して生み出したこのチャンスを絶対に無駄にはしないという強い覚悟で、最強の力を持つ左手を魔人へと伸ばすのであった。


「例えこの腕が焼け落ちようとも、お前はここで必ず仕留める……。届け!魔力解放!」


 炎に一切怯むことなく、火傷し皮膚がただれ落ちようとも伸ばした左手は、とうとう炎の魔人本体に到達した。

 そしてその瞬間、マリナのテンスが発動する。


「ま、まずい!力が抜けていく……!」

「ようやく、ここまで来た……。さぁ、これで終わりよ炎の魔人!」


 炎を全て消し去ったマリナは、右手に握る青々と輝く魔剣を振り上げると、魔人の首元目掛け勢いよく袈裟斬りをお見舞する。

 満身創痍でも尚振るわれる見事な剣技は、炎の魔人の居た場所を正確に捉え、その場には虚空のみを残すのであった。


「終わった、これでやっと……えっ!?」


 勝利を確信したマリナは、しかしそこでふと足元に視線を落とし衝撃的な光景を目にする。それは魔人化を解除し、幼い少女となった炎の魔人の姿であった。

 炎の魔人は直前で魔人化を解除し、小さくなることで魔剣を避けたのだ。


「ぬぅ……、わしは、こんな所でやられる訳にはいかぬのじゃ!」

「まさか、咄嗟に魔人化を解除したの……?」

「ふ、ふははははは。そうじゃ、そして満身創痍のそなたらに勝ち目など無い。この勝負、わしの勝利じゃ!」

「そんな……」


 炎に焼かれ生きているのがやっとなシンリーとマリナ。それに対するは、何度か致命傷を受けるもまだ余力を残している炎の魔人。これだけを見れば、勝負は最早決まったも同然であった。


「さて、ではそろそろ一思いに燃やしてしまうか……ん?何じゃ、炎が出ない。魔力切れか?」


 しかし、そこで勝負を終わらせようとした炎の魔人は、何故か自分の手から炎が出ないことに気付く。

 普段なら少し意識するだけで轟々と燃えたぎる炎が噴射するというのに、今に限ってはそれがなかったのだ。


「何故じゃ、まだトドメを刺す分のに十分な魔力は残っている。ならば何故わしの炎は出ないのじゃ……!?」

「馬鹿ね、やっと気付いたの?自分が犯してきた愚行に」

「愚行、じゃと……?」


 炎の魔人は最初その原因を己の魔力切れかと予想したが、すぐにそれは違うと分かった。

 ならばその原因は何かと頭を悩ませていると、シンリーの掠れた、しかし余裕のある声が響いてくる。彼女は炎が出ない、その答えを握っていたのだ。


「この狭い空間でそれだけ炎を使い過ぎれば、すぐに酸素が枯渇するに決まってるでしょ」

「さ、酸素じゃと……?はっ、そうか!じゃから貴様はわしも含めてこの防御膜を展開しておったのか!」

「そういうこと。あんたがこの中で戦い続ける限り、私達の勝利はもう決まっていたのよ」


 狭い空間で炎を使い続ければどうなるか、それはとても簡単な仕組みであった。

 すなわちシンリーの狙いは、最初から酸素の消失による鎮火であったのである。


「な、なるほど、流石はシンリーね。よく考えてるわ……」

「当然ね、真っ向から殴り合うだけが戦いじゃないのよ。それよりあんたの体にもこの空間は毒だから、これでも付けておきなさい」

「ありがとう……」


 見事に策を張り巡らせたシンリーの知略に、マリナは賞賛の声を送る。

 ただしそんな彼女にとってもこの空間は毒そのものである為、シンリーは植物で出来たマスクを与え呼吸の手助けをするのであった。


「ふ、ふざける、な……。こんなことで、わしが負けるなど、あってはならんのじゃ……!」

「残念だけど、勝負はちゃんと考えて戦った方が勝つ様に出来てるのよ。あんたの敗因は、私達を舐めきって考え足らずになっていたことね」

「この、森の魔人如きに負けるなど……認めない、絶対に認めはせぬぞぉぉ……」


 自分の敗北を認められない炎の魔人は、この上ない怒りを顔に滲ませシンリーを睨みつける。だが炎の化身である彼女にとって、酸素の無い空間で生き続けることは不可能であった。

 やがて恨みの籠った最後の言葉と共に、炎の魔人は静かにその魂の火を失っていく。

 こうして炎の魔人との激闘は、辛くもシンリー達の勝利で幕を閉じたのであった。


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