八章 29.時間と封印
虚無の魔人の時間を停止し動きを止め、その隙に複数の俺が竜爪による攻撃を敢行する。
最強の魔獣連携によって、俺達はようやく奴にまともな攻撃を叩き込んだのであった。
「ぐっふ……。今のは流石に、効いたよ……」
竜爪でその身を何度も切り裂かれた虚無の魔人は、痛みに悶え地面に転がりながらも、強がりの様な笑みを向けてくる。
ここまでダメージを与えても、こいつの余裕が完全に崩れることは無い様だ。つまりそれは、虚無の魔人にまだ何かしらの切り札が隠されているからに他ならない。
ならば俺がすべきことは、奴がその切り札を切るよりも早く、この勝負の決着をつけることである。
「悪いがこれ以上お前に付き合うつもりは無い」
「このまま終わらせてやるぜ!」
「ぐっ、に、逃げないと……」
「逃がすかよ!もう一回止まれ!」
追い討ちとばかりに分裂した俺達が攻撃を再開する。虚無の魔人はそれにたまらず逃げ出そうとしたが、分裂体の一人が再び奴の時間を止めることでそれを阻害した。
「打尾!」
「剛腕!」
「竜爪!」
「ぐうぅ……!」
虚無の魔人に接近した三人の俺が、それぞれ近接攻撃を叩き込む。
時間を止められている影響で逃げ場を失った奴は、抗うことも出来ないまま無惨にもその攻撃を正面から受けるのであった。
「やっぱこの戦法は反則級だな。どんな相手も話になんねーし……」
『ふふっ、ならば止めますか?』
「馬鹿言え、あいつ相手ならこれくらい優位を保ってないと危険なんだ。それに前回は俺達の方が散々ボコボコにされたからな。今はその借りを返してる真っ最中なんだよ」
『であればこのまま胸を張って、存分に痛めつけてあげましょう。私も久しぶりに戦えて楽しくなってきたところですし』
ボコボコに殴られる虚無の魔人を傍から見ていると、ただのいじめにしか見えない。しかも攻撃が超強力である為、光景はより一層残虐性を増していた。
そんな手法にちょっと申し訳ない気持ちが芽生えると、リツが笑いながら手を止めるかと尋ねてくる。
だが申し訳なさはあっても攻撃を止めるつもりは無い。そんな安い同情でこちらの手を緩めれば、今度は虚無の魔人の反撃を許すこともなり、今度はこちらが追い込まれる側となる。そうなることだけは、絶対に避けなければならなかった。
俺とあいつは敵同士で、殺し合い命を奪い合う定めなのだから。
「しかしリツとこうして真剣に手を組んで戦うのは、なんだかんだあんまり無かったよな」
『そうですね。四百年前のあの時も、勇者との戦いに私とクウがいれば、負けることなど無かったでしょうが……』
「いいんだよ、あの戦いは俺が負けることに意味があったんだから。だがこの戦いは違う、どんな手を使ってでも虚無の魔人には勝たなきゃならねーんだ。だから力を借りるぞリツ」
『えぇ、存分に暴れてみせましょう。魔王と魔人、どちらが上位の存在かこの戦いではっきりさせるのです』
「いや、それは別にどうでもいいが……」
俺とリツは、出会ってから共に過した期間はそこまで長くはない。その短い時間の中で共に戦った機会は数える程しかなかった為、彼女との共闘は新鮮なものを感じる。
ただ、魔人だの魔王だの、そんな称号の様なものの優劣については正直どうでもよかった。リツがそういうところにこだわりを持っていたとは、意外な新事実である。
「さて、それじゃあこの隙に虫達を飛ばして分断された皆を探してこさせるとするか」
『おや?他の戦いには干渉しないおつもりではなかったのですか?』
「ああ、そりゃあいつらのことは当然信頼してるさ。逆境でも必ず勝って戻って来てくれるってな。だがそれでも俺は打てる手は全て打っておきたいんだ。それがいざと言う時、役に立つかもしれないから」
『なるほど、それは大切なことですね』
虚無の魔人を圧倒しているこの隙に、俺は小さな虫型の魔獣を周囲に放ち、散り散りにされた仲間達の捜索を依頼した。
俺が虚無の魔人に打ち勝ち、他の皆もそれぞれの敵に勝利する。それが最も理想的な形ではあるが、それでも必ずしもその結末を迎えられるとは限らない。
そうなった時にすぐ動けるようにする為にも、全員の位置を把握しておくことは重要であった。
「てな訳でお前達、皆の捜索をよろしく頼むぞ」
仲間の捜索をする為に、俺はモンスターボックスらから無数の虫達を飛ばした。
もし仲間達が、虫達の行けないような所に飛ばされたのなら探し出すのは不可能だろうが、その情報が手に入るだけでも場所を絞り込むことは出来る。
だからまずは虫達の移動出来る広範囲を探して、それで見つからなければ特殊な環境の地を探していくという方向でいこうと思う。
「うぅ、ははっ……、体が傷だらけだ……」
「そんな状態になってもまだ笑う余裕があるとは驚きだな」
「まぁね、僕はまだまだ負ける気はしないから」
隠れて虫達を放っていると、虚無の魔人の笑う声が聞こえてきた。見てみると奴の体は既にボロボロで、傍から見ればもう戦える様な状態ではない。
しかしそんな体であるというのに、奴は未だ余裕の笑みを崩そうとしないのだ。
一体何が奴をそこまで駆り立てるのか、その理由はよく分からない。だが、それでももうこの勝負は決している。余計な勘ぐりはせず、このまま一方的に倒しきるまでだ。
「時間を操作出来るだなんて、アカリ君それは反則過ぎるって……」
「その気持ちは分からなくもないが、でも命を懸けた戦いには反則もくそもねーんだよ。悪いがこのまま死んでもらうぞ虚無の魔人」
「ははっ、全くアカリ君の言う通りだね。でもこれだけは覚えておいて。絶対にこのままただ一方的に終わるつもりはないから」
ズタボロにやられ続けた虚無の魔人は、こちらの能力に難癖をつけてきた。だが別に俺達は遊びで戦っている訳じゃないんだ。そんなことを真に受ける義理はない。
ただ一つ気になるのは、ここまで散々やられ続けても未だに奴が勝負を諦めていないことであるが。
虚無の魔人の台詞に言い知れぬ不安が脳裏を過ぎる。
「やるぞ俺達!このまま攻め続けて、その薄ら笑いを引き剥がすんだ!」
「「「おう!」」」
虚無の魔人の気味悪さを振り払う為に、俺は分裂体に指示を出し再び集中攻撃に出る。
きっちり奴の時間は止めて動きを封じ、その隙に全力の攻撃を叩き込む。もう何度も続けてきたこの戦法で、奴との因縁に決着をつける。
「これで終わりだ!」
「世界を返して貰うぞ虚無の魔人!」
「勇ましいねぇー。でも、今度はその勇敢さが仇となったね」
全身を強化させたそれぞれの俺が、虚無の魔人に襲い掛かった。
いくら奴でもここまで満身創痍なら、この攻撃で戦が終わるはず。そう確信を持ちながら、俺は時間を止めつつその結末を見守る。
しかし、思い描いていた理想の勝利は、残念ながら訪れなかった。虚無の魔人は時間を止められていても尚余裕の笑みでこちを見据え、そして攻撃を仕掛けていた分裂体は全て、虹色に輝く魔力の結晶に身を包まれ自由を封じられたのである。
「これは、封印の結晶!?な、何故お前が……!」
「いやー、以前この攻撃を受けた時はもうだめかと一瞬思ったよ。でも流石は僕だ。タダでは攻撃を受けずちゃんと自分のものにしたんだからねー」
「お前、封印の結晶を自分の力にしたのか……」
「うん、中々便利な力だよね。どんな相手でも簡単に動きを封じれるんだから」
あろうことか、虚無の魔人は勇者の剣の力である封印の結晶を手に入れていたのだ。以前奴との戦闘の際暴発した封印の結晶を、あいつは奪って自分の力にしたのである。
「アカリ君には随分と良い力を貰っちゃったよ。存分に活躍させてあげるから喜んでね」
「ちっ、全くもって嬉しくない報告だな……!」
時間魔法による一方的な攻めは、俺から奪った封印の結晶によって阻まれた。どういう原理で時間魔法を阻害しているのかは知らないが、やはりこいつとの戦いは一筋縄ではいかないということである。
こうして、俺達と虚無の魔人の激闘は、更なる局面へと向かうのであった。




