八章 20.ガゼルの誇り
恐怖に震える四人と、嬉々として悪魔的笑みを浮かべる一人の魔人を飲みの席へと送り出した。今回俺は参加しないと見せかけて、既に分裂体の潜伏は済ませているので準備は完璧だ。
後はあいつらが席に着いたら、向こうに控えてる俺を通して情報を共有するだけでいい。
「しかし店につくまでは時間があるしその間はどうするか……って、ん?あれはガゼルか。あいつこんな所に一人で残って何してんだ?」
魔人五人が店につくまでは時間があるので、どうやって暇を潰そうかと辺りに目を巡らせると、そこでガゼルがまだ一人この場に残っていることに気がついた。
彼は何やら一人でどこかへと向かっている。街とは反対方向に歩いて行っているので、どこを目指しているのだろうか。
「うーん、まぁ暇だし後をつけてみるか」
今はまだ何も起こらない為手持ち無沙汰なので、折角だからガゼルの後を追うことにした。彼が一人で何をするのか気になったというのもあるが、チラリと見えた顔が何やら神妙な面持ちだったので、少し気になったからだ。
「ここはただの荒野だな。何をするつもりだ?」
そうしてしばらく歩いていくと、ガゼルはただのだだっ広い荒野で足を止めた。もう夕日は沈みかかっており、辺りは暗さが広がっている。このまま待っていたらあと数分で闇夜に包まれるだろうという、そんな場所だ。
「スーッ、ハー……。よし、やるか。燃え上がれ紅蓮の刺突……!フレイムランス!」
夜になり始める殺風景な荒野に、一際眩い光源が出現した。その正体はガゼルの魔法である。
ガゼルがそう魔法の名称を口ずさむと同時に、真っ赤にに燃える炎の槍が出現し、勢い良く射出されたのだ。
ゼクシリアに魔法を習っていたガゼルだが、まさかもうここまでの魔法を習得していたとは。流石はエインシェイト家の末裔だ。素質が元からあるのは知っていたが、後は彼の能力を引き出せる奴さえいれば、ここまで強くなれるということか。
「よぉガゼル、見事な炎だな」
「アカリ!?な、何故ここにいる……!?」
「なんかガゼルがこそこそとどこかに行こうとしてたから、後をつけてきたんだ。悪かったな」
「つけられていたのか……」
おれがそう声を掛けると、ガゼルは心底驚いて振り向いてきた。どうやら彼はこっそりと人目につかないところで一人練習をしたかったらしい。それは少し悪いことをしてしまった。
俺もこっそりと一人で暗躍するのは好きなので、彼の気持ちもよく分かる。
「まだまだ威力も効果範囲も即効性も、何もかもが御先祖様には遠く及ばない。こんな情けない力を見られる訳にはいかなかったから、一人でこうして練習していたんだが……」
「それは悪かったって……。でもそんなに自分を卑下することは無いと思うぞ?以前の属性変化しか使えなかった頃に比べたら大した進歩だよ」
「ふん、だがそれでも威力ならまだ魔道兵器を使った方が強いのだから意味は無いさ」
「……なるほどな。確かに威力なら魔道兵器の方が数段上か」
ガゼルはその力に納得していない様子だったのでフォローしたのだが、確かに彼の魔道兵器である紅業火と威力を比べれば、威力も連射性能も数段劣る。
折角覚えた魔法も魔道兵器の下位互換では、素直に喜ぶ訳にもいかないということか。あいかわらずどこまでも高みを目指していて、目標に対して真っ直ぐな奴だな。
「でももうそこまで魔法を覚えたのなら、すぐにゼクシリアを越えられるだろうさ」
「当たり前だ、俺は御先祖様を超えてこの世界に再び魔法の偉大さを知らしめるのだからな。だが、今はそれでは意味が無い」
「意味が無いって、何でだよ?」
「戦いはあと数日もしないうちに始まるのだろう?ならそんなにのんびりとなんてしていられないってことだ。何としても、今すぐに俺は強くならなくちゃいけない。アカリ達の足を引っ張る訳にはいかないんだ」
ガゼルはこれから努力を積み重ねていけば、偉大な魔法使いになれるだろう。しかし確かに彼の言う通り、それではこれから始まる戦いには到底間に合わない。
何十年も先の話なんて、今のガゼルにとってはどうでもいいということか。
「別にそこまで気張る必要は無いと思うけどな」
「それはお前が何でも一人で抱え込もうとするから言えるのだろう。だが俺は違う、俺はお前の友として隣に立って戦いたいんだよ。そしてその為には、何としても力が必要なんだ」
「ふーん、友として、か……。へっ、よくそんな恥ずかしいこと真面目に言えんな」
「冷やかすなよ」
ガゼルにはガゼルのペースがあるのだから、ゆっくり進めばいいと俺は思う。だが、大事なのはそういうことでは無かった。ガゼルと俺は友達で、友が戦いに赴くというのなら隣に立って一緒に戦うというのが、何よりも大切なことなのだそうだ。
ならばもう何も言うまい。俺達は友達なのだから、ガゼルには最後まで俺の戦いに付き合ってもらおう。例え相手がどんな強大な存在であろうともな。
「はははははっ!悪い悪い。それじゃあ覚悟しておけよ、死ぬまで付き合ってもらうからな」
「当たり前だ。アカリこそ途中で折れたりしたら承知しないからな」
「おうっ!」
これから先俺達にどんな未来が待ち受けていようとも、この絆が消えることは絶対にない。俺とガゼルは殺風景な荒野の一角で、そう約束を交しあったのだ。
――
その後、ガゼルはまだコソ練を続けるとのことだったので俺はその場を後にした。魔人五人も丁度店に到着し席に着いたらしいので、向こうのタイミングも完璧である。
「よしよし、順調に準備は整ったな。それじゃあ向こうの俺と意識を共有するか」
今回俺が五人の為に用意した店は、以前ガンマから紹介されたのと同じく、完全個室で防音に優れた一室である。ここならいくら不穏な会話を繰り広げようとも外に会話が漏れることも無いだろうと思ってのことだ。
ちなみに分裂体である俺はプルムのスライム化によって軟体状態となり、天井裏に身を潜めている。ここから下にいる皆に気付かれることなく、会話を盗聴するというわけだ。
「では、それぞれ積もる話は色々とありますでしょうが、まずはこうして久しぶりに魔人全員が揃ったことを祝いましょうか」
「そうだな。取り敢えず乾杯だ!」
五人は各々好きな好みの酒を注文すると、杯をぶつけてまずは再会を分かち合う。
確か彼らが俺の封印解除の手掛かり探しの為にこっちの世界に来たのは、約五十年程前になるんだったかな?それだけ長い年月が経てば、いくら長寿の魔人といえど色々と話に花も咲くというものだろう。
「どうだカイジン、国の発展は順調か?」
「うむ、大きな問題も無く少しずつ大きくなっていっているぜよ」
「何言ってるのよ、まだ五十年しか経っていないんだから、どうせ大して変わってないんでしょ?」
「ご飯が美味しくなってるなら上出来」
まず話題に上がったのは、俺達の国についての話から始まる。
俺は建国してからすぐに封印された為あんまり想い入れは強くないが、彼らは四百年間ずっと見守ってきてくれていたのだ。その為国については、俺の知らないことで随分と盛り上がっていた。
「それより気になったのは獣人族の連中ね。なんだかあいつら、ダーリンに対する敬いの心が減ってるんじゃない?」
と、そこで突然話の流れが変わり、シンリーが獣人族についてを話題にあげてきた。
「そうか?あのバレリアとトリーリアは相当従順だと思ったが」
「それはあの二人が教会の管理者だから、従順なのは当然ぜよ。実際シンリーの言う通り、殿の存在に懸念を示す者も少しずつ増えてきている傾向はある。そろそろ野放しには出来んぜよ」
「それはそれは、わたくし達が国を離れた弊害ということですわね。ならしっかりと粛清しないとですわ……」
あれ、おかしいな。俺のイメージだと、魔人と獣人族はもっと仲良く生活してるんだと思ってたけど、こいつら何気にかなり厳しいこと言ってるぞ?
全員が全員、獣人族の意識改革に異論を全く示していない。こいつらの考え方、結構危ういんじゃないだろうか。
「ダーリンに舐めた態度を取るなんて許せないわ。こっちの件が解決したら、きっちりとあいつらにも再教育をしてあげないと!」
シンリーも何やら気合十分と言った様子でそう息巻いている。彼女は教育と言っているが、傍から聞いていたらそれはもう洗脳としか思えないんだが。こいつらこのまま放置していて大丈夫か?
(なんか、先が不安になってくるな。早くもこの飲み会から帰りたくなってきた……)
序盤から不穏な会話を繰り広げる魔人達を前にして、俺は頭を痛めながらもそうして盗み聞きを続けるのだった。




