八章 16.泥合流
夜、区長邸にて俺は森で別れてからの出来事を語った。そしてその上で今は戦力が必要である為、ドロシーを連れて行きたいということを伝える。
「別世界の魔人が世界を侵略しようとしている、か。信じ難い話だけど、アカリ君が言うのなら本当のことなのだろうね」
「信じてくれるんですね」
「それはもちろん、恩人の言うことを疑う様な無作法なことはしないよ。それに剣舞会で襲われた時のあれも、その前触れみたいなものだったんだし」
メルト達が以前この世界を襲って来た理由は、自分達の世界がもう助からないと悟った為、新たな世界に居を移そうとしたからだ。
それらのことも全て話すと、区長はメルトらのことを許しはしないまでも、その行動に納得はしてくれた。
「ともあれ本人の居ない所で話を進めても仕方ないし、彼女を呼ぶとしようか。ラリヤ君、ドロシー君を呼んできてもらえるかな?」
「かしこまりました。しばしお待ち下さい」
今この場に居ないドロシーを呼ぶ為に、区長はラリヤを向かわせた。
そうしてラリヤは迅速で動き、数分もしない内にドロシーを連れて食堂へと戻ってくる。
「今ごはん中なんですけど、何か用ですか?」
呼び出されたドロシーは何やら不機嫌そうであった。食事中だったと言っているので、目の前のメシをお預けされて苛立っているのだろう。本当に単純な奴である。
「ドロシー君、アカリ君が君に会う為にやって来てくれたよ。それに他の魔人の方々も」
「あ、本当だ、ご主人様が居る」
「久しぶりの再会だってのに味気無い奴だな。まぁお前らしいから別にいいけど」
区長に言われて俺の存在にようやく気づいたドロシーは、驚く素振りなど一切見せなかった。相変わらず食事以外の物事には無頓着で、感動の再会とはかけ離れている。
「シーラとカイジンも居るね。何かあったの?」
「ちょっと面倒な相手とこれから戦うことになってな、お前の力が必要なんだ。だから一緒に来て欲しい」
「ふーん、じゃあ終わったら沢山ごはん頂戴ね」
「任せとけ、もう食えないって言いたくなる程たらふく用意してやるよ」
ドロシーへの事情説明は非常に簡単なものである。そんな内容で誰が納得するのかと思うだろうが、彼女はその納得する人物の一人であった。
ドロシーは報酬として大量の食事を用意して上げれば、それだけでたいていの言うことは聞く。例えそれが厄介な敵であろうとも、彼女にとってはお構い無しなのだ。
「アカリ君、こんなことを頼むのはおこがましいことだと重々承知しているが、そちらの一件が解決したら、またドロシー君を雇ってもいいかな?」
「そりゃあもう好きにして下さいよ。こいつの無尽蔵な食欲の面倒を年中見続けるのは、俺の精神が耐えられないので。むしろ有難いです」
「あはは、確かに彼女の食いっぷりにはいつも度肝を抜かれているが、ドロシー君の食欲を満たせるのは私の自慢の一つだからね」
ドロシー本人が同行することを了承した以上、区長はその判断を止めようとはしなかった。今は彼が雇い主なのだから、少しくらいは不満を言ってもいいと思うのだが。
しかしその代わりとして、例の戦いが終わった後のドロシーの再雇用を希望してきたので、それは俺も願ってもない申し出なので了承する。
ドロシーと永遠に付き合っていたら、俺は年がら年中食費のことを考え続けてないといけないだろうし、そんな生活は耐えられない。だからそこは、区長に懐の厚さに頼らせてもらおう。
「それで誰と戦えばいいの?この前の変な魔石を操る奴?」
「いや、こんどの敵は別世界の魔人だ。同類相手だから厳しい戦いになるぞ」
「面倒くさそう……」
ドロシーも一応これから戦う相手のことは気になるらしい。食うこと以外の全てに無関心な彼女でも、流石に命のやり取りを前にしては重い腰をあげるということか。
だが相手が自分と同類の魔人だと知るや否や、途端に心底嫌そうな表情となったが。こいつは面倒事が何よりも嫌いだからな。
「まぁともかくこれでこっちの魔人は全員揃った訳だし、今度はまともな戦いになるだろ」
前回メルトの世界で戦った際は、敵の魔人相手に命からがら逃げ延びた無様な戦いぶりだったので、今度はそれよりも善戦してみせる。というか善戦出来なきゃ、今度こそあいつらに勝ち目なんざ無くなるので、負ける訳にはいかない。
「え、じゃあシンリーも一緒なの?」
「当たり前だろ。あいつも一緒に戦うよ」
「なら行くのやめる。私はここに残るからご主人様達だけで頑張って」
「おいこら、あからさまにシンリーから逃げようとすんな」
ポツリと呟いた俺の独り言にドロシーは反応し、そしてシンリーがいると聞いた途端同行を拒否しだした。まぁ区長がクリサンセマム区に行く時にも同行を拒否してたし、こうなることは想定済みである。
しかしなぜこいつら魔人は、これ程までにあからさまにシンリーを怖がっているのだろうか。確かにあいつの暴力には俺も何度も被害にあっているが、会いたく無くなるほど嫌な奴では無いはずだが。
「ご主人様は何も知らないからそんなことが言えるの。あいつがどれだけご主人様に執着してるか」
「何だそれ?俺の知らないシンリーの顔があるみたいな言い方だな」
「恐らく貴方様の前では絶対に見せない、シンリーの裏の顔ですわ……」
「殿の国で過ごしていた時は、あしも身震いしていたぜよ……」
ドロシー、シーラ、カイジンの三名は、何やらシンリーの本性を知っているらしく、それぞれ謎の恐怖に身震いしていた。
シーラは口が悪いから、裏の顔というのは恐らく過剰な表現なのだろうが、それでもこの反応からして俺の知らないシンリーの顔があるのは間違いない。ここまであからさまに気になる反応をされると、どうしてもそのシンリーを見てみたくなる。
「よしっ、それじゃあお前ら五人が揃ったらどこかで席を用意してやるから、そこでじっくり話し合えよ」
「ちょっ、貴方様!?わたくし達を見殺しにする気ですの!?」
「それはあんまりぜよ殿!」
「嫌だ、行きたくない。シンリー怖い……」
決戦を前にして五人の魔人のチームワークがこんなでは、連携した良い戦いが出来るとも思えない。だから俺は戦いの前にじっくり話し合う為の席を設けると提案する。
しかしそれに対する三人の反応は、あからさまな拒絶であった。基本的にいつも大人な態度であるシーラでさえここまで感情を取り乱すとは、ますます何が起こるのか気になってきたな。
「安心しろよ。俺もこっそりその場に潜入しておいて、危険な雰囲気を感じ取ったらすぐ止めに入るからさ」
「いや、ご主人様がいても何も役に立たな――」
「いえ!貴方様がそう言うなら、是非潜入しておいてもらいますわ!」
俺の提案に対しドロシーが何か言いかけたが、それを遮る様にシーラが興奮気味に同意してくる。なんだかよく分からんが、それで納得してるならまぁいいか。
「どういうことシーラ?ご主人様がいても役に立たないでしょ」
「違いますわ、いざと言う時に貴方様へ気を惹き付けておけば、その隙にわたくし達は逃げれるのですわよ」
「殿を囮に使う気ぜよか?それは流石に無礼ぜよ」
「それは違いますわ。貴方様は危なくなったら助けに入ると仰っていたのですから、宣言通り助けてもらうだけですわよ。自分で言ったことなのですから、それに従うのは悪いことではないですわ」
「確かにそれは一理あるぜよ。それならまぁ……、仕方ないぜよか」
「シーラにさんせー、それでいこう」
魔人共は何やら三人で丸くなり、コソコソと相談し始めた。何を話し合っているのか非常に気になるところではあるが、シーラが仕切っているのであまりいい予感はしない。
後でドロシー辺りにでもこっそり聞き出しておくとしよう。
「分かりましたわ貴方様。わたくし達は貴方様の提案通り、シンリーと話し合うことにしますわ」
「うん、私も覚悟は決まった」
「あしもぜよ!」
「了解だ。お前らの顔がこれから死闘に赴く戦士みたいなのは気になるけど、じゃあそういうことでよろしくな」
三人の表情は渋みのある堅いものであったが、その理由もこれから起こる話し合いの中で判明するのだろう。
何が起こるのかは知らないが、こうして魔人五人の会合をすることが決まった。




