五章 11.来るのが遅すぎ
長い旅路の末に俺はようやくシンリーと再会した。彼女は俺が目の前にいるという事実が信用出来ないらしく酷く動揺していたが、それも少しずつ落ち着きを取り戻している。
だが彼女の落ち着きとは反対に、今度は俺が現場の状況に困惑していた。まず俺のすぐ近くには、意識を失っているのか不気味に立ち尽くしているマリナが居る。そして少し離れた所では巨大な花の蕾があったり、セロルは地面に倒れ気を失っており、ガゼルは何故かツルに絡まった状態で眠っているのだ。
ルトリィなど何人かは一時撤退したのか別の場所で気配を感じるが、この場を見ただけでもどれだけ激しい戦闘が行われていたのかが伺える。
「セロルは結構な傷だけど命に別状は無さそうだな。ガゼルは寝てるだけだし、やはり一番ヤバそうなのはマリナか。こいつ死んでる訳じゃ無いよな?」
その場にいる仲間達の安否を確認すると、マリナが一番危険な状態であることが分かる。立ってはいるがそこに彼女の意思は無く、見事な抜け殻と成り果てていた。
セロルは怪我で済んでる為治療すればすぐに良くなるが、マリナはまさに植物状態といった感じで、元に戻るのかどうかが全く分からない。
「なぁシンリー、お前マリナに何したんだ?」
「へっ?何って決まってるでしょ、憎き勇者一族がダーリンの真似をしてたから痛い目に合わせたのよ」
「痛い目って……あのなぁ、こいつらは俺の仲間なんだから無茶苦茶なことするなよ。取り敢えず今すぐ意識を戻してくれ」
「はぁ!?ダーリンの仲間!?何でダーリンが勇者一族なんかと一緒に居るのよ!」
どうやらシンリーは俺を封印したマリスの家系である勇者一族が憎くてこんなことをしでかしたらしい。真似をしていた?というのはよく分からないが、ともかくこんな状態ではマリナが可哀想なので早く治してもらうよう彼女を説得する。
だが俺の発言が衝撃だったのか先程までの喜びの表情は一転し、怒りの形相へと変貌した。このツンツンした感じも相変わらずだな。
「後で詳しく説明はするが、簡単に言うとこいつが俺の封印を解いてくれたんだよ」
「はあぁ!?嘘でしょ、他の魔人の誰かがやってくれたんじゃないの!?」
「あ、ああ、そうだよ。そんな驚かんでもいいだろ……」
なぜマリナと一緒に居るのかという質問に対する一番簡単な答えがそれだ。だがシンリーは俺の答えを聞くと、先程よりもより一層大きく驚きとうとう俺の服を掴み詰め寄ってきた。
どうやら彼女は、俺がここに居るのは他の魔人の誰かが封印解除に成功したからだと思っていたらしい。だが残念ながら他の面々も、その辺りはあまり上手くいっていなかったな。特にドロシーに至っては、ただただ区長の懐を食い漁ってる始末だし。
「じ、冗談じゃ無いわよ!そんな話信じられるわけないわ……!」
「いや、これが本当なんだって。こいつのテンスが封印を破壊してくれたんだ。嘘だと思うなら復活させてその力試させてもらってもいいんだぞ?」
「い、いや、確かにそいつの力が凄いのは知ってるけど、でも……」
「お前が勇者一族を憎んでるのは俺の為なんだろ?その気持ちはとってもありがたいよ。でも封印させたのは初代勇者のマリスであってその子孫に罪は無いと思うんだ。ここは俺に会えたことに免じて、どうか許してくれないか?」
「……うぅー、もう!分かったわよ、ダーリンがそこまで言うなら水に流してあげるわ」
俺のことを慕ってくれているシンリーは、元凶の子孫である勇者一族を憎んでいた。だが封印を施したのはマリナであってその子孫には何の責任も無いのだし、それに封印されること自体は俺も半分認めてたところはある。
だから今回の責任は初代勇者に全て背負ってもらうことにして、それでシンリーにはどうにか納得してもらうことにした。もう故人なんだし親友のよしみで許してくれマリス。
「ほら、さっさと起きなさい勇者一族」
「っは!こ、ここはどこ?現実なの……!?」
「ようやく起きたかマリナ。ここは現実だから安心しろよ」
「アカリ!あなたが居るってことは私帰ってこれたのね。ほんとによかった……」
シンリーがマリナの頭に手を置くと、マリナはばっと勢いよく目を開けて覚醒した。ここが現実なのかどうか酷く疑っていた様だが、俺の顔を見ると帰ってきたのだと安堵し膝から崩れ落ちる。
あの強気なマリナがここまでになってしまうとは、シンリーは彼女に一体何をしたというのだろうか。
「ふん、本当は一生幻想の世界に囚われてたところを助けてあげたんだから、ダーリンに感謝しなさいよね」
「え?何この幼じ――」
「誰が幼女だ!」
「ごはっ!」
意識を取り戻したマリナにシンリーが話し掛けたのだが、さっきまでの魔人化とは違い今は通常状態の幼い姿に戻っている為、マリナはそれが誰なのかすぐに理解出来なかった。
だがシンリーを子供扱いするとは迂闊だったな。それは彼女には禁句だぞ。
「い、痛いわね……何するのよ!」
「あれだけ痛い目に合わせたのに随分と威勢がいいわね〜。なんならまたあの牢獄に戻してあげてもいいんだけど?」
「えっ?あ、あなたがさっきの魔人なの……!?」
「そうよ、何か文句ある?」
シンリーに思いっきり蹴っ飛ばされたマリナは、起き上がるとずんずんと詰め寄って文句を言ってくるが、目の前の幼女が魔人であることをようやく理解すると一瞬にして驚きの表情に変わる。
確かにシンリーとの最初の出会いがあの魔人化状態であるなら、この幼女姿はギャップがあり過ぎる為疑うのも無理はないな。こんなの俺でも初見なら驚く。
「はぁ、それじゃあアカリが来たからもう戦う必要は無いってことね」
「そういうことみたいだな。来るのが遅れてすまん」
「ほんとにね。全員死と隣合わせだったし、なんなら私なんてよく分からない幻覚に閉じ込められてたわよ……」
シンリーは俺が来たことで落ち着きを取り戻してくれた様だが、それまでは仲間達と随分激しい戦闘を繰り広げたらしい。何故そんな事態になってしまったのか。
「シンリーは何でマリナ達に攻撃したんだよ」
「そ、それは……だってこいつらからダーリンの気配がしたから、居るはずないのに気配だけ真似されて不愉快だったのよ……」
「真似ってそういう意味だったのか。もっと調べてから行動に移せよな」
「し、しょうが無いでしょ。頭に来ちゃったんだから」
シンリーがマリナ達を襲った理由は、俺の気配を漂わせていたのが原因だそうだ。ここしばらくは一緒に旅をしていたから、匂いやらなんやらが仲間達に移ってしまったのだろう。
それにしても俺の気配がするってだけで襲うとは、相当鬱憤が溜まっていた様だ。俺の封印は、それだけ彼女ら魔人に心労をかけてしまっていたのだろう。
「まぁ色々と話したいことはあるけど、取り敢えず仲間達の治癒を任せていいか?さすがにあのまま放置は申し訳ないからさ」
「それはまぁ、仕方ないわね。ん?仲間?そう言えばこの人達は随分と大所帯だったけど、あれが全員仲間ってこと?ダーリンは封印が解かれてからどれくらいでここに来たの?」
「え?えーっと、それは……」
言えない。会うのが怖くて先延ばしにしていたら、いつの間にか半年程経過してしまったなどとても言えない。
「私達魔人の情報収集に掛かる期間を考えると、多くてもだいたい二ヶ月くらいかしら。でもダーリンなら、なんだかんだで封印から解かれて一週間程度でここまで来たとかも有り得るわね!」
シンリーの期待が重すぎる。なんだよ俺なら一週間もあれば余裕って。そんなの無理に決まってるだろうが。
最初の一週間は、四百年後の世界情勢を知るので手一杯だったよ。
「二ヶ月?いやいや、学園に入学してから今は一回目の長期休暇でしょ。それならもう約半年は経過してるわよ」
「え……?」
「おい馬鹿!何勝手に言ってんだよ!」
「な、何よ、別に隠すことの程じゃないでしょ……」
どう誤魔化そうか考えていると、あろうことかマリナが丸々真実を話してしまった。こんなの絶対怒られるに決まってるじゃないか。余計なことをしやがって。
「何で……何で……!」
「シ、シンリー?あ、あのな、これには色々と事情があって――」
「何で私の所にすぐ来てくれなかったのよーーーー!」
「ごべらっ!」
シンリーがプルプルと怒りで震え出したので慌てて落ち着かせようとするも、俺の言葉など最早聞く耳を持たず全力の平手打ちを受け、俺は森の彼方へと吹き飛ばされた。
だからここに来るまでの期間の話はしたく無かったんだよなぁ。こうなることが分かってたから。




