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五章 9.魔人の本領

 霧が晴れた。シンリーは森から敵を逃がさないことに魔力解放割いていたが、その結界を一時解除してまで全力でマリナを倒しに掛かる為に。


「なんて魔力、本当に化け物ね……」


 結界の展開用に割いていた魔力がシンリーの体を包み膨れ上がっていく様子を前にして、マリナはここからが魔人との真の戦いであることを直感した。


「ふむ、だが気圧される訳にはいかない。迎撃するぞ二人共!」

「うるさい、あなた達はもう引っ込んでなさい」


 シンリーから放たれる圧迫感に怯みつつも攻撃を再開しようとする狙撃組だったが、それよりも早くプラチウムらの動きを止める為シンリーが動いた。


「っ!な、何これ!?」

「地面から急に巨大な花が……!」


 プラチウム、ネネティア、セルシーの足元を埋め尽くす様に突然巨大な一輪の花が足元に咲き、その花びらが彼女らを包み込みながら閉じ始めたのだ。

 三人は慌てて脱出を試みようとするが、花から染み出ている蜜が強力な粘着力をもっており、思う様に動けず逃げ出すことは不可能であった。


「待ってて、今助ける!」

「邪魔しちゃダメよ、これであの三人は終わらせるんだから」

「くっ、なんて数の枝なの!?捌ききれない……!」


 閉じ込められそうになる三人を助けに向かおうとマリナが動いたが、それを阻止する為にシンリーは彼女の前に地中や周囲の木々から無数の枝を伸ばし壁を作って妨害する。

 つい先程までならそんな壁などマリナの魔力解放で一瞬にして塵に出来た為、大した時間稼ぎとはならなかった。だが今はシンリーの溢れ出す魔力の影響で、無限に木々が目の前に生え続ける故にマリナも対処が追いつかず、結果助けに向かうことが出来ないでいる。


「くっ、硬すぎて魔弾も通らないわねこれ……!」

「私達はこの中に閉じ込めて後回しという訳ですか……」

「ああ、恐らくは我々の中で最も強力な能力を持っているマリナ君と一体一で対峙するのが目的だろう。自分の力が及ばず不甲斐ない」


 マリナと自分達を分断させるのが敵の狙いだと理解したプラチウム達は、どうにも出来ない状況に歯痒さを感じていた。だがそれでも魔弾すら通さない程頑丈な花びらを前に彼らは手も足も出すことが出来ず、ただその状況を受け入れることしか出来ない。

 やがて三人は完全に花びらの中に包まれ、シンリーはようやく最も厄介な存在であるマリナとの一対一に持ち込んだのだった。


「結局最後に残ったのは私だけか……しょうが無いわね、皆の為にも先輩の意地を見せてあげるわ!」

「お前を倒せば後はただの作業と同じ。これで忌々しい不愉快な気配を全て消滅させられる!」


 残り一人となったマリナは、覚悟を決めると単身シンリーの懐へ突撃する。四方八方から襲い掛かる木々の根はマリナの魔剣が全てを断ち切り、そのままの勢いでシンリー本体へも魔剣を振るっていく。

 対するシンリーは何重にも連ねられた木の板によって魔剣を防ぎ、お返しとばかりに片腕を鋭利な枝の槍に変化させマリナ目掛け突き出していった。


「近接戦なら負ける気は無いわよ!」


 しかし幼少期から剣術と共に育ってきたマリナに槍による強襲など通用するはずも無く、軽々と受け流されそのまま根元から断ち切られた。

 切断され片腕を失ったシンリーだが、森の魔人に欠損など無意味とばかりに失った腕の周辺から無数の枝が新たに生え、捻れるように絡まってより頑強な腕と化す。


「不用意に近づいたことを後悔させてあげるわ!」

「再生するなんて聞いてないわよ……。ここは一度距離を取って――えっ?あ、足が!」

「そう簡単に逃がしはしないわ。これで終わりね!」


 せっかく斬ったというのに即座に再生する腕を前にして、体勢を立て直す為一旦後退しようとするもそれはシンリーの魔の手、否魔の足によって阻まれる。

 近接戦闘と並行して行われていた、シンリー足から伸びた木の根が彼女の足に無数に絡みついていたせいで、マリナは後退が許されなかったのだ。


「くっ、魔力解放!」

「またその力……でも片手だけじゃこの攻撃は防げないでしょ!」


 身動きの取れないマリナ目掛け放たれる強化された右腕による一撃は、魔力解放によって跡形もなく掻き消される。だが更なる追撃として、周囲の木々からの無数のツルの鞭が彼女の体に襲いかかった。

 マリナの魔力解放は基本的に手のひらで触れたものしか効果が無い為、広範囲からの攻撃にはどうしても後れを取ってしまう。この何度かの攻防でその弱点を見抜いたシンリーは、範囲攻撃によってマリナを仕留めに掛かったのだ。


「まだよ……私にはまだ魔剣がある!そして勇者一族の誇りが!」


 自分のテンスの弱点を見抜かれ、もう仲間達からの援護も無い。そんな絶体絶命な状況にあってもマリナはまだ諦めることはせず、最後まで己の力を信じて戦い抜く。

 迫り来る無数の鞭には魔剣の刃を何本も飛ばすことで殺られる前に全て斬り落とし、そのままの勢いで足に絡みつく木の根も鮮やかな剣技で全てを切り落としてみせた。

 追い込まれた状況の中でも、全ての障害を乗り切ってマリナは再びシンリーに反撃の剣技を加えようと再び魔剣を構える。


「今度はこっちのば――」

「あははっ!馬鹿ね、もう勝負は終わりってるわよ」


 だが、悲しいことに魔人との戦闘においては、一度でも後手に回ってしまえばそれは敗北と同じである。つまり、マリナは既に詰んでいるのだ。

 彼女の言葉を遮る様に高笑いしながら、シンリーはそうして勝利を宣言した。


「何を言ってるの、まだ勝負はこれから――あれっ、ど、どうして?私の剣が当たらない……!?」


 最早マリナに興味は無くなったとばかりに背を向けるシンリーに苛立ち斬り掛かるマリナだったが、彼女の魔剣が魔人を捉えることはなく、まるで煙を斬るように手応えが感じられなかった。


「あれ……なん、で……?剣が当たらない、それに魔力解放も効かない……!」

「当然よ、だってあなたはもう現実世界には居ないんだから」

「どう、いうこと……?」

「幻惑草、あなたは私が創り出した幻の世界に囚われているの。だからもう何をしても無駄ってことよ。ちなみに本体なら既に放心状態で突っ立ってるわ」


 状況が飲み込めず混乱するマリナに、煙の様に漂うシンリーは優しく答えを教えて上げた。魔剣の手応えだけでなく体の感覚までもがおぼつかなくなる中、その事実にマリナは戦慄する。

 幻惑草とは、その香りを嗅いだだけで体の意識は奪われ幻想の世界に囚われるという恐ろしい効果を持った植物だ。しかし実物の幻惑草は、ほんの数秒程度しか効果の無い少し変わった程度の植物なのだが、森の魔人たるシンリーはその効果を何十倍にも引き上げることが可能である。


「うそ、うそよこんなの……信じ、られる訳ない……!」

「あははははっ!あなたは永遠に幻の中で生き続けなさい。それが私の大切な人を愚弄したその報いよ!」


 その結果マリナは、このままシンリーが解放しなければ永遠に意識を幻の中で過ごし、本体は植物状態となる訳だ。魔力解放も本体のテンスである為当然幻想の中では使えず、もうマリナ自身ではこの牢獄から抜け出すことは一切出来ない。

 眠らされ、叩き潰され、命を守る為逃走し、花の中に閉じ込められ、最後に残ったマリナは意識すらも囚われる。魔人と戦った人間にまともな終わりなど訪れるはずも無い。

 こうして森の魔人シンリーとの戦闘は、無惨にも全滅で幕を閉じるのだった。


「よっと、真打ち登場ってな」

「………………え?」


 だが、そんな逼迫した空気が漂う中、間を全く読まず変な口上である男が現れた。


「え?え?えええええええええええ!?だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、ダーリン!?」

「ん?おお、ようやく見つけたぞシンリー」


 そう、その男の名はアカリ。この最悪な状況を唯一丸く抑えられる人物である。


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