五章 7.裏切り者
魔人の攻撃はマリナの魔力解放で防ぎ、魔弾の雨によってシンリー自体の動きを少なくさせる。そして奇襲と緊急の防衛にはセロルが走り回るというチームワークを見せることで、魔人という脅威にガゼル達は対等に渡り合っていた。
だがそんな戦闘の最中ただ一人、何もせず動かないでいる人物がいたのだ。それは世界でも非常に稀な存在である、魔王信者のリリフィナである。
「おいリリフィナ、突っ立ってないでお前も撃て!」
「……うるさいガゼル」
「何だと!?」
いつまでも戦闘に参加しないリリフィナに痺れを切らしたガゼルは、怒鳴り声を上げて戦う様に促す。だが彼の言葉はただひとことうるさいという言葉で流されてしまった。
これには弟のガゼルも怒りを抑えきれないでいる。
「何してるのリリフィナ!あなたも戦いなさいよ!」
「……そうだね。決めた、私も戦う」
いつまでも魔道兵器を握り締め呆然と立ち尽くすリリフィナに対し、とうとうマリナからも怒りの声が飛んでくる。
そんな中ようやく覚悟が決まったらしいリリフィナは、力強い眼と共に魔道兵器を構え、引き金を力の限り引く。そして彼女から放たれた魔弾は寸分違わず目標へと飛来するのだった。
「……ん?えっ?ちょっ、何で私を撃ってるのよ!?」
そう、リリフィナの放った魔弾は寸分違わず、目標に定めたマリナへと撃ち込まれたのだ。
シンリーと対峙していた筈なのに、突然横からの奇襲を受けてマリナは激しく動揺しつつも、慌てて魔剣を振るうことで魔弾を弾き回避する。
「……決めたから、王子様の配下である私は魔人様に協力するって」
「馬鹿かおい!今はお前も俺達の味方だろうが!」
「……違う!私は王子様の味方!」
姉の突然の暴挙にガゼルは怒りを抑えきれず全力で叫び止めようとする。しかし彼の説得などリリフィナには一切響かず、あっさりと受け流されてしまった。
魔王信者であるリリフィナは、このまま魔人と戦うことが正しいことなのか悩んでおり、最初は体が動かなかったのだ。それでも悩みに悩み抜いて導き出した、シンリーに協力するという結論に従って、今彼女はただひたすらに魔弾を撃つのである。
「仲間割れ?人間って本当に愚かよね。でも丁度いいからこのまま纏めて片付けてあげるわ!」
「なっ、くそが……!」
「か、数が多過ぎて捌ききれない!」
リリフィナがマリナに奇襲したことで守りは崩れ戦線が崩壊し、その隙を狙ったシンリーの攻撃がガゼル達の陣営に深く突き刺さる。
大地から無数に伸びる太い木の根によって、魔道兵器組は隊列を崩され甚大な被害を出してしまった。セロルも必死にカバーに入ろうとするのだが、マリナが動けない分皺寄せが全て彼女に回ってしまい、対応しきれず仲間への攻撃を許してしまう。
リリフィナの起こした反旗によって、戦況は易々とひっくり返ったのである。
「本当に余計なことをしてくれたわねこの馬鹿、無事に生き残れたらアカリにたっぷりと叱ってもらうから覚悟しなさいよ……!」
「……ふん、王子様は私の行動を褒めてくれるに決まってる」
「そんな訳ないでしょ!」
「……王子様の味方である私は、必然的に魔人様の味方だから大丈夫」
完全な戦犯であるリリフィナに憤りを抑えきれないマリナは、後でアカリからの罰がきっちり下されることを伝えるも、彼女の耳には全く届くことはなかった。
自分の行いを正しいと確信しているリリフィナは、もう誰に何を言われようとも止まらないのだ。
「さぁ魔人様!私も協力させて頂きま――」
「あんたはさっきからうるさい!」
しかし調子に乗りまくったリリフィナは、最終的にはシンリーの手によって意識を刈り取られた。協力すると言いかけたところでシンリーによる大木槌が勢い良く振り抜かれ、彼女は森の彼方へと消えてしまったのだ。
リリフィナがどれだけマリナ達と揉めようとも、シンリーにとっては全て等しく敵であった為、当然の結果である。
「今のだけは敵を褒めたいわね……」
「すまない、うちの姉が迷惑をかけた……」
戦線から姿を消したリリフィナにようやくマリナは安堵の表情を見せ、身内の不始末にガゼルは謝罪する。
「これで一人脱落っと、次はあなた達の番よ!」
「これ以上好きにやらせるものか。俺の新しい魔道兵器で燃やし尽くしてやる!」
気を取り直してという風にシンリーが再び攻撃を再開しようとするが、それより早くガゼルが動いた。彼は背負っているもう一つの魔道兵器を取り出すと、照準をシンリーへと向け魔力を瞬く間に溜めていく。
「体が木なら炎は苦手だろ……咆哮せよ、紅業火二式!」
ガゼルの新たな魔道兵器、紅業火二式は一式に比べると圧倒的に連射性能は劣るものの、一撃の火力が格段に跳ね上がっている必殺の兵器だ。大砲の様な大筒の形状をしており、肩に銃身を担いでバランスを取っている。
大筒から放たれる極太の火炎弾は、アカリの持つトイブラスターのビームの様に一筋の赤い炎となってシンリーに襲いかかった。
「うぐっ、あっついわね……!」
燃え盛る一筋の炎を前にし、シンリーは両腕を巨大な一枚板の木材へと変形させることで防御体勢をとった。だがそれでも強烈な熱はシンリーの体を襲い、木はじわじわと炎によって焼かれていく。
水分を多く含んでいる木は燃えにくいが、それでもガゼルの炎はそれを上回る程の火力を持っていた為、炎への耐性の低いシンリーには効果が大きいものであった。
「ほんとに嫌な奴、お前にはこれがちょうどいいわね」
「ん?ふん、こんな花で、何が出来……くっ、何だ?い、意識が……」
炎を操る厄介なガゼルに対処する為、シンリーはガゼルの足元から細いツルを何本も生やし彼の体にぐるぐると巻き付けていく。
そしてツルの至る所から色とりどりの花々が咲き誇ったのと同時に、ガゼルは強烈な睡魔に襲われたのだった。
「えっ?ど、どうしたのガゼル君!?」
「わか、らん……きゅうに、ねむ、け、が……」
突然ふらつき魔道兵器の攻撃を止めたガゼルにセロルが心配して声を掛けるも、睡魔に抗うこと叶わずガゼルはそのまま深い眠りへと落ちていった。
「うざったい炎はそのまま眠ってなさい」
シンリーの攻撃は単純に木や枝で殴るだけではない。むしろ様々な効果を持つ花を咲かせた、特殊な戦法を得意としていた。
睡眠作用の高い花の他には、治癒力のある花、強力な毒を持つ花等と選択肢は豊富にある。単純な戦闘力が高い魔人の仲で彼女は一番力の劣る存在ではあったが、その代わりに驚異的なサポート力を秘めているのだった。
「厄介な技を使うわね……!」
「なら今度は僕が行くよ!」
シンリーの奇怪な戦術にマリナが警戒心を高める中、ガゼルに次いでセロルが敵に突撃した。
「今度は勇者一族ね、お前も眠らせてやるわ!」
「無駄だよ、こんなツル花を咲かせる前に切ってしまえばどうってことないさ!」
迫り来るセロルに向かって再び眠りの花を咲かせようとするシンリーだったが、それよりも速くセロルは魔剣を振るって次々とツルを切断し、その成長を阻害していく。光無き剣技によって斬り落とされるツル達は、独りでに分離していく様な不思議な光景でさえあった。
「ちっ、こいつの剣は速くて面倒ね……」
シンリーとの距離を瞬く間に詰めていくセロルは、そのまま本体まで目の前という距離まで迫っていく。その勇者一族の飛び抜けた戦闘能力の高さに、シンリーはひたすらに煩わしさを感じているのだった。
「これならいける……!悪いけど勝たせてもらうよ魔人さん!」
順調に戦いを進めていると感じたセロルはその勢いを殺すまいと勝負を決める為一気に攻めに転じる。
だが残念ながら、森の魔人シンリーの恐ろしさはこんなものでは終わらなかった。




