五章 4.動き出す戦況
森に侵入したアカリ達を武力をもって追い返す為攻勢に出た保安部隊だったが、予想以上にアカリ達が強かった為なかなか任務を完遂出来ず苦戦を強いられていた。
「どうしますか隊長、このままだと我々だけであの者達を追い返すのは厳しいですが……」
「分かっています。大隊長からの指示は今の私達が人にどれ程通用するか試してくるようにとのことであり、彼らに勝つことが条件では無かった……であれば、私達の戦いはここまでにしましょう」
隊員から今後の対応方法を尋ねられ、保安部隊隊長は大隊長からの指示を思い出し一瞬思考した後、すぐ次の作戦を言い渡す。
「一時撤退ということでしょうか?」
「いえ、厳密には少し違います。私達はシンリー様の霧を利用してこのまま彼らの妨害を続け時間を稼ぎ、その間に少数を村へ向かわせ救援の要請を出します」
撤退ではなく時間稼ぎが主な目的だと隊員達に告げると、皆はそれに一切反論することなく頷き従う。
実質敗走と同じ指示を前にしても、彼ら保安部隊は私情を挟むことは無い。何故なら彼らは主であるシンリーに絶対の忠誠を誓っており、彼女の不利益となる行動こそを最大悪と認識しているからだ。私情など以ての外である。
「それとこれから侵入者には時間稼ぎの攻撃を仕掛けますが、その際隙があれば誰でもいいので一人攫って下さい。個々の力量差では劣っていても、一対多数なら勝てる筈です」
「承知致しました。では村への伝達は、自分とこちらの二名で向かいます」
「お願いします。それでは行動を開始しましょう……全ては、シンリー様の悲願のために!」
「「「シンリー様の悲願のために!」」」
保安部隊は、いやこの森に暮らす全ての村民は、シンリーただ一人の為に人生すらも投げ打つ覚悟が出来ている。彼女達はそれ程に強い主従関係で結ばれているのだ。
そして彼女達は部隊を二分すると、少数は現状の報告と救援要請を兼ねて村へ帰還し、残った大多数でセロルを攫うと、アカリ達を釘付けにしつつセロル単体への集中攻撃を開始するのであった。
やがて保安部隊隊長がアカリ達との戦いを繰り広げる中、伝達係が全速力で村へ帰還し現状の報告までを迅速に完了させる。その仕事の速さは、シンリーへの忠誠心の重さを表していた。
「ほうほう、どうやら今回の侵入者はこれまでの者共とは質が違うようですな〜。さて、いかが致しますかな側近殿」
「……三人衆を向かわせます。彼らならばすぐに敵を始末してくれるでしょう」
「しかし三人衆を動かすとなると、森から追い払うよりも早く殺してしまうでしょうが良いのですかな?」
「やむ負えません。村に近付けさせる訳にはいかないのですから」
戦闘に向かわせた隊員からの報告を聞いた側近は、増援として三人衆と呼ばれる村でも上位に位置する実力者達の派遣を命じる。
大隊長は三人衆が動すと追い返す前に侵入者が死んでしまう可能性を懸念したが、側近は何よりも村に近づけないことを優先させた。侵入者の身の安全よりも、森の秘密を守ることの方が彼らにとっては重要なのだ。
「待って、今回の侵入者は私が相手をするわ。三人衆の出番はいらない」
「シンリー様!いらしていたんですか……!」
だが、三人衆を動かそうとする側近の目論見は、この森の全てを支配しているシンリーその人によって却下された。突然現れた主の存在に、普段は冷静な側近も珍しく動揺を表に出している。
「い、いえ、ですがわざわざシンリー様が出向かなくとも、我々だけで対処を……」
「ダメよ、今回の奴らは私が倒す」
「な、何故そうまでして……」
「ムカつくのよ、さっきから侵入者の中に私の大切な人の気配を強く感じるの。今はまだ眠っていて絶対ここに居るはずの無い、ダーリンの気配がね」
わざわざ主を出向かせる訳にはいかないと側近は止めに入るが、シンリーはそれを頑なに拒絶する。シンリーが自ら動こうとしているのは、侵入者の中に彼女の想い人の気配を感じたからだそうだ。
「ダーリンの気配を真似て私の前に現れるなんて絶対に許さない。だからこの私が、直々にその報いを味わわせてやるのよ!」
シンリーはダーリンと呼び慕っている人物、すなわちアカリの気配を真似る人物は自らの手で倒すと宣言する。
その目には強い怒りが篭っており、偽物など絶対許さないという決意が垣間見えた。だから今森に来ているアカリが本物であるなど、露ほども信じていなかったのだ。
「か、かしこまりました。それでは私もお供致します」
「えぇ、大隊長と三人衆らは村に何かあってもいいようにここで待機していてね」
「承知致しましたぞシンリー様」
「それじゃあ行くわよ。私のダーリンを真似る不愉快な連中を懲らしめに!」
そうしてシンリーは、己の勘違いに気付かぬままアカリ達の元へ戦う為に向かうのだった。
――
一人戦場を分断されたセロルは、何度目とも分からない敵からの奇襲を受けながらも、未だ耐え忍んでいた。
「まだまだ僕はやれるよ……!」
一体多数なら勝てるという保安部隊隊長の計算は間違ってはいない。だが、セロルを倒しきる時間までは考慮出来ていなかったのだ。
このまま戦い続ければいずれセロルの体力と魔力が尽き、勝つことは出来る。でもそれがいつになるかはまだ予想もつかない程にセロルは耐えているのだった。
「本当に執拗いですね。それならば更に攻撃の密度を上げて一気に畳み掛ければ――」
「クウゥー!」
いつまでも耐え続けるセロルに痺れを切らした保安部隊隊長は、更にその攻撃頻度を上げようかと思案するが、それを遮るように小竜の甲高い鳴き声が霧の中に響き渡った。
アカリの派遣したクウが、ようやくセロルを発見し救助に馳せ参じたのである。
「クウちゃん!助けに来てくれたんだね!」
「クアッ!」
思いがけない援軍にセロルは喜び、クウもまた任せろと言わんばかりに自信満々に力強く鳴き声を上げた。
「援軍ですか、だがそんなマジカロイド一台が来た所で戦況は変わりません!」
「いや、悪いけどクウちゃんが来たならもう僕達の戦いは終わりだ。僕だけで倒しきれなかったのは残念だけど、後は仲間達と協力して君達に勝つよ」
魔獣という存在を知らない保安部隊隊長はクウのことをただのマジカロイドと認識し、そんな物が来た所でどうにも出来ないだろうと攻勢に出る。
だがそんな彼女に対し、セロルは至って冷静にこの場での戦いの終わりを宣言した。そしてその言葉を救助に来たクウが実行する。
「クウー!」
「なっ!き、急に居なくなった!?」
クウが鳴き声を上げるのと同時に、セロルの足元に人一人分が入れそうな大きさの黒い渦が出現した。そしてその中にセロルは真っ直ぐ落ちていき、クウも続いた後跡形も無く黒い渦は消滅する。
穴に落ちたセロルとクウがどこへ行ったかなど保安部隊隊長には分かるはずもなく、突然目の前で起きた異常事態に困惑を隠せないでいた。
そうしてクウの救援もあって、セロルは無事単独行動から脱したのである。
――
「クウー!(連れて来たよアカリー!)」
「おっ、さすがだなクウ!ちゃんとセロルを見つけてくれたか!」
霧の中から時折現れる強襲に身構えていると、空にワープホールが出現しそこからクウとセロルが降りてきた。無事に再会出来て何よりである。
「ごめん兄貴、ちょっとはぐれちゃった……」
「気にすんなよ。むしろ慣れない戦場でもちゃんと混乱せずに無事に帰って来れて安心したぜ。訓練の成果は出てるみたいだな」
「へへっ、ありがとう」
戻って来たセロルははぐれたことを申し訳なく謝罪してきたが、むしろここまで一人で耐え抜いていたことを褒め称えるべきである。隊の分断を許したのは、俺の不始末なのだから。
「ともかくこれで全員揃ったんだ。後は連中を殲滅して仲間に会いに行くぞ!」
霧の中での戦闘に関して、反省点は多くある。だが今は過去を悔いるよりも、現状を打破することが先決だ。
セロル達と合流した俺は、再びクウと融合し敵の次の手に備えるのみである。




