第23話:案内
「……とまあ、そんな経緯だな。俺が教師になろうと思ったのは」
俺とナルの出会いから彼女が恩人になるまでの経緯を話し終える。
「なるほど、そうだったんですね……」
机を挟んで対面に座っているフィーアが言う。
この子が大いに関心を持って聞いてくれたせいか、つい話しすぎてしまった。
「我ながら単純な動機だよな。子供の時にちょっと褒められたからって」
「そ、そんなことないですよ! すごく素敵なお話でした! 私も先生に会えたおかげで」
「ありがとう。そう思ってもらえたなら俺も話が甲斐があったよ。でも、今の話は他のみんなには内緒にしておいてくれよ」
「え? どうしてですか? 本当に素敵なお話だと思うんですけど」
「昔の俺が嫌味ったらしいガキだってことを知られると色々と言われそうだからな」
笑いながら答える。
例えばサンにでも知られれば小言を言う度に『フレイだって昔はそうだったんじゃん』と口答えしてきそうだ。
「確かに、黙っておいた方が良さそうですね」
その光景が容易に浮かんだのかフィーアもくすくすと笑う。
サンだけでなくアンナも弄ってきそうだし、イスナは別の意味でめんどうなことになりそうだ。
「その人は今、何をされてるんですか?」
「ん? その人?」
「えっと、先生が先生になるきっかけになったナルさんという方です」
その質問に一瞬だけ思考が止まる。
「あー……実は、院を出てからしばらく連絡を取れていないんだ。教師になるための準備とか、教師になってからも忙しくてな」
「そうなんですか……」
「でも、あいつの事だから多分またどこかで誰かの世話でも焼いてるんじゃないかな」
なるべく冷静に当たり障りのない嘘を紡いでいく。
あの後、俺たちの身に何が起こったのかは昨日のことのように思い出せる。
思い出したくもない最悪の記憶は、平穏な思い出の裏側に煤汚れのようにこべりついている。
「私も、今のお話を聞いただけですけどそうだと思います」
「それが俺の時みたいに上手くいってるとは限らないけどな」
けれど笑顔でそう言ってくれるフィーアに本当のことを伝える必要はない。
誰かと共有するのは俺とナルの思い出の美しい部分だけで十分だ。
「それで、その……もう一つだけ、つかぬことをお聞きしたいんですけど……」
「質問はいいけど、その前に暑いなら窓でも開けようか? 顔が真っ赤だぞ?」
「い、いえ……大丈夫です! えっと、それで聞きたいのは先生はナルさんのご関係のことで……先生はナルさんのことが……その……す……」
そう言いながらフィーアは身体の前で指先をもじもじと遊ばせている。
「す?」
「す……す……すいません! やっぱり何でもありません! あっ、もうこんな時間! 私そろそろ自分の部屋に戻りますね! 色々とお話を聞かせてもらってありがとうございました!」
「あ、ああ……気をつけて帰れよ」
勢いよく立ち上がったフィーアがまるで何か失態を犯してしまったかのように大慌てで部屋から出ていく。
「し、失礼します!」
それでも丁寧に一礼しながらいつもより若干だけ力強く扉を開け締めして出ていった。
その数秒後に廊下から凄まじい転倒音が響いてきた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「へ、平気です!」
その後も扉の向こうからドタバタと大きな音が何度か聞こえてきたが、しばらくすると何も聞こえてこなくなった。
一体、何だったんだろうか……。
**********
――翌日。
俺はフィーアの母であるノインさんに充てがわれた案内人の下でフィーアの故郷である魔族の街を見て回った。
基本的な所感はアンナの故郷と同じ、人の世界と同じ生の営みが魔族の世界にも存在すること。
ここは様々な種族が暮らしているせいか文化が雑多に入り混じっている。
単一種族が暮らす竜人族の里とは真逆に、建物の様式から商店に並ぶ物品にも多くの種類がある。
人間界にも民族や宗教など、様々な文化や観点は存在するがそれらがここまで一堂に会する場所は知らない。
住む者たちが互いの文化を理解し、尊重しあっているからこそ成り立っているのだろう。
魔王ハザールが為した種族の統一を本人からではなく、この街を通して初めて垣間見たかもしれない。
「あの、次に向かう場所なんですけど……」
そんなことを考えながら、隣を歩く大柄な男に話かける。
声をかけられた男は無言のまま、上半身を動かして半ば睨むような目で俺を見る。
2mを優に超える巨体に苔色の肌。
人間界ではオーガと呼ばれる種族のこの男がノインさんから俺に充てがわれた案内人だ。
自分も小さい方ではないが、彼の隣を歩いているとまるで子供にでもなったような気分だ。
元は対人間の前線で部隊を率いていた将だったが、今はこの街で戦いに傷ついた魔族の世話をしているらしい。
「実は個人的に訪ねてみたい場所があって、それで良ければ案内を頼めないかと……」
恐る恐る尋ねると、更に威圧感のある視線でじっと睨まれる。
生まれつきこういう顔つきなのか、それとも不満があるのかは分からない。
だが、元々は前線にいた者なら人間への恨み辛みも骨髄に徹しているだろう。
主の命令で案内こそしているが、人間である俺に対して何かしらの思うところはあるのかもしれない。
「……ダメだ」
男は短くそう言うと、再び体躯の大きさに反してゆったりとした足取りで歩き始めた。
無理を言って訪問させて貰っている身としては無理強い出来ないとこの場は諦める。
しかしフードを被って正体を隠したまま、無言で後を付いていくのは案内というより連行されているようだ。
その後も彼の後ろについて街の主だった場所を案内してもらったが、ついぞ俺が本当に行きたい場所の案内はしてもらえなかった。
そうして二日目の終わりを迎えようとした深夜――
「父さんなら多分こうするよな……」
父と同じように自分の足でこの世界を回って、自分の目でそこに住む人々を見てみたい。
ノインさんには申し訳ないが、それなら訪ねなければならない場所がある。
そう考えながら窓枠に足を掛けて、眼下の闇へと飛び出した。





