第11話:日記
アンナの言ってた通り、山のように書物が積まれている資料庫。
個室と同じ様式の床に座りながら、その一つ一つをじっくりと読み込んでいく。
「んー……なんか堅苦しい言葉遣いで読みづらいわねぇ……」
隣では仰向けに寝そべりながらイスナも資料を読んでいる。
あまりにも量が多いので、今回ばかりは俺から頼んで助手をしてもらっている。
「かなり古い資料だからな。気をつけて取り扱えよ」
読み終わった資料を慎重に棚へと戻す。
古い資料群はそのほとんどが茶色く変色している。
何度か新しい紙に書き直されてはいるのだろうが、それでも優に百年以上は昔の物もある。
雑に扱えば簡単に破れてしまいそうだ。
「はぁ……なんで私がアンナの手伝いをしなきゃいけないのよぉ……」
「お前が一番暇そうだったからだな」
サンはアンナの修練所を間借りして一人で稽古。
フィーアとフェムもそれぞれ自分たちのために時間を使っている。
その中で、こいつが一番暇そうにしていた。
やることと言えば、日がな一日中俺にくっついてくるだけだ。
それに――
「まあ、もしかしたらここで例の人に関する情報が見つかるかもしれないものね」
考えを読まれたかのようにイスナに言われる。
改めて考えるまでもなく、ここには竜人族の里に纏わる情報の山だ。
もし父が本当にここへと訪れているなら、何かしらの情報が残されているかもしれない。
事情を知っているイスナが手伝ってくれれば、その情報を見逃す可能性が低くなる。
無論、最初からそれ目的で資料庫へと近づいたわけではない。
竜人族の秘儀に纏わる情報を探すのが第一の目標だ。
だが、心の片隅ではアンナのためだと言い訳しつつも父の情報が見つかるのを期待している自分もいる。
「まあ、何かめぼしい情報が見つかったら教えてくれ……どっちでもな」
「はーい……」
気のない返事と共に、再びイスナが資料読みへと戻る。
それから数時間、静寂な室内に紙を捲る音だけがしばらく続いた時だった。
「あれ……これって……」
イスナが何かを見つけたような声を上げる。
「……何か見つかったのか?」
恐る恐る声をかける。
果たしてどちらに関する情報なのか……。
「見て見て! これ! セイス様の手記!」
どちらでもなかった。
「……お前、そんなもん勝手に見たら怒られるぞ」
「別に大丈夫でしょ。自室の金庫に隠してあったんじゃなくて資料庫にある物だし。それに当代巫女の手記よ? 何か重要な手がかりが書いてあるかも」
極めて自分勝手な理論を振りかざすイスナ。
そのまま悪びれもせずにそれを開いて読んでいく。
「わっ! いきなりお父様との馴れ初めについて書いてる!」
「普通に私的な手記じゃないか……やっぱり読んだらまずいだろ……」
「ここまで読んだらそれはもう無理ね。気になって夜も眠れなくなっちゃうから。だって、ほら――」
頼んでもいないのにイスナが声に出して朗読し始める。
もちろん聞きたかったわけでもないが、そうなると不可抗力で聞くことになってしまう。
魔王ハザールと竜人族の巫女セイスの出会いは、彼がまだ魔王の称号を得る以前のこと。
旅の魔族として竜人族の里を訪れた彼に対して、当初の彼女はあまり好意的ではなかったようだ。
それも当然、彼が初対面の彼女へと向かって言い放った言葉が「良い女だ。俺のもんになれ」だったのだから。
そんな巫女に対して不敬極まりない男を種族単位で好意的に見るわけもなく、彼は竜人族の里から即座に追い出された。
しかし、それで諦めない男なのは今を生きる俺たちは誰もが知っている。
彼は彼女を口説くために何度も何度も里へと侵入し続けた。
槍を持って追い回されようが、矢の雨を降らされようが来る日も来る日も口説き続けた。
どれだけ追い出しても自分を求めて危険を冒し続ける男。
これまで接したことのない性質の人に対して彼女の心だけは次第に氷解していく。
だが、竜人族の巫女には彼との関係よりも優先すべき役目があった。
それは竜族の長へと捧げられる贄の役割。
当時の竜人族は今のように竜族と対等な関係ではなく、彼らの支配下にあり、何代かに一人の巫女を贄として差し出さなければいけない掟があった。
故にどれだけ親しくなろうと、彼女は巫女として彼を拒絶し続けた。
しかし、それで諦めない男なのはやはり今を生きる俺たちは誰もが知っている。
彼はその話を聞くや否や竜族の住処へと乗り込んだ。
そして、彼らを纏めていた強大な古龍に対して言葉を以て平和的解決……などではなく、更に圧倒的な力を以て捻じ伏せた。
そうして竜人族は永きに渡った竜族の支配から解放された。
ハザールは魔王の称号を得るために必要な一つの種族の信頼を勝ち取り、巫女を妻として娶った。
「すごいな……これはかなり貴重な資料だぞ……」
「でしょ? お父様のこと、ちょっと見直しちゃったかも……」
気がつくと、イスナの隣に移動して見入ってしまっていた。
断じて二人の馴れ初めが知りたかったわけではなく、歴史的資料として興味深かったからだ。
当時の関係者の視点から魔族の王が誕生する経緯を知れる機会なんて普通はない。
もし人類圏にこの話を持ち帰れば、それだけで歴史学科の教授になれる。
「あっ、お母様の話も出てきた! どっちがお父様の最初の女かで喧嘩したって! セイス様もああ見えて嫉妬深いんだ~」
「流石にそういうプライベートなところは飛ばせ……」
きゃっきゃと下世話な笑い声を上げるイスナを諌める。
そこからはしばらく、本当に日記というような内容が続いていた。
とりとめのない日常が人間の世界でも使われる共通の文字で記されている。
「ここでアンナが生まれたのね」
イスナが新たに開いたページ。
そこにはアンナが生まれたことに対する喜びが何行にも渡って認められていた。
「へぇ……お父様って元々子供は作る気なかったのね……」
イスナの読んでいる行には、母親たちは魔王との間の子を欲しがったが『ガキなんざめんどくせぇ』と言って長年固辞し続けていた旨が記されている。
故にか、アンナが生まれた喜びもひとしおだったのが文章からも強く感じ取れる。
「その割には今は五人もいるなんて……何か心変わりでもあったのかしら?」
「さあな、そればっかりは本人でもないと分からん」
手記はセイスさんの物なので、心変わりの理由については記されていない。
「まあ、長く生きていれば心変わりすることもあるだろう」
「確かに、それもそうね」
そう言ってイスナは次のページを開いていく。
そこからは概ねアンナの子育て日誌だった。
内容に関しては……想像以上に子煩悩だったので割愛しておこう。
「ん……? これは何かしら……」
ひたすら続こうとしていた子育て日誌の中で唐突にその文言が現れた。
『今日はあの人が里を訪れた』
コミカライズ第三話が更新されました!
今回より諸事情あって掲載誌がコミックノヴァから同出版社のコミックポルカへと変更になります!
https://www.123hon.com/polca/web-comic/maou/
何か大きな違いがあるわけではないので、引き続きよろしくお願いします。





