第6話:お見舞い
「うげっ、なんでお前も来てやがんだよ……」
開口一番。
心の底から嫌そうな顔で言われた。
「ははは……す、すいません。でも、お元気そうで何よりです」
雇い主からの突然の悪態も慣れたもので、即座に愛想笑いで返せた。
急報を受けた俺たちが急行してきたのは、ほんの一週間前にも滞在していた魔王の本城。
「元気に決まってんだろ。大体、大袈裟なんだよ。ちょっと倒れたくれぇでよ」
倒れたと聞いた張本人はそんな様子を全く見せずに自室の大きな椅子へ腰掛けている。
しかし、城で一番偉い人物の部屋だというのにあまり高級そうな家具や装飾品が無い。
ベッドもやたらと大きいだけで寝心地はあまり良くなさそうだ。
下手すれば屋敷で俺にあてがわれている物の方が上等かもしれない。
一方で部屋の主は、自分に必要なのはそんなものよりこっちだと言わんばかりにイスナの母であるエシュルさんと、アンナの母であるセイスさんを左右に侍らせている。
「もう、ダーリンったら……せっかくお見舞いに来てくれたのにそんな言い方しなくても」
「そうですよ。皆、貴方のことを心配して来てくださったのですから」
「うるせぇうるせぇ、俺は来てくれだなんて頼んでねーよ」
左右から同時に諌められつつも、大きな手で見舞い品らしき果実を鷲掴みにして貪っている魔王。
とてもじゃないが傷病者には見えない。
「はぁ……ほんとに人騒がせなんだから……」
「倒れたって聞いた時はびっくりしたけど全然元気そうじゃん」
「で、でも何事もなくて良かったです」
「うん……健康第一……」
娘たちも父の健勝すぎる姿を見て、半ば呆れるように苦笑いしている。
「も、申し訳有りません! 父上! きっと、あの時の私が無茶させてしまったせいです! 本当に申し訳ありません!」
そんな中でただ一人、アンナだけが半泣きで父に縋り付いていた。
再試験の時に全力で斬りつけたことが倒れた原因だと思っているらしい。
背中の翼も消沈している意気を表すかのように萎びている。
あの一件で多少はファザコンが鳴りを潜めるかと思ったが、そんなことはなかったようだ。
「な、何言ってんだ! お前のせいじゃねーよ! あんなもんで俺がやられるわけねーだろ!」
嘆くアンナを慌てふためきながら宥める魔王。
こっちも意外に子煩悩な一面は変わっていないらしい。
「あ、あんなもん……」
自慢の秘剣が貶されたことに、今度はガーンという音が聞こえそうな別のショックを受けるアンナ。
「いや、ちがっ……あれがしょぼいとかそういう意味じゃなくてだな……」
「な……なら、やはりあれが原因で……」
「いや……だからそこまで効いたわけでも……ああ、めんどくせぇ! とにかく、俺はピンピンしてっからわざわざ雁首揃えて来なくてもいいっつってんだよ!」
長時間かけて来たというのにあっという間に全員まとめて部屋から追い出された。
長い絨毯と燭台だけの殺風景な廊下に呆然と立ち尽くす。
「はぁ、色んな意味で疲れた……なんなのさ、全く……」
「で、でも元気そうで……良かったですよ……はい……」
苦笑しつつも内心では安堵してそうなサンとフィーア。
「あんなもん……あんなもん……」
「アンナお姉ちゃん、元気出して」
嘆き続けているアンナと励ますフェム。
父親の無事を確認した娘たちも色々な意味で気疲れしたのか、会話も程々に用意された自分の部屋へと向かい始めた。
「ごめんなさいね、先生。せっかく来てくれたのにあんなで」
部屋の外まで見送ってくれたエシュルさんが申し訳なさそうに言う。
魔王が倒れてから今までずっと付き添っていたのか、その顔には疲れが色濃く見える。
「いえ、大丈夫です。でも本当に何事もなかったみたいで良かったです」
「……そうだったらいいんだけどね」
「え? それはどういう……」
「ううん、大した意味じゃないの。気にしないで」
「はぁ……」
何かはぐらかされた気もするが、それを深く追求出来るような立場でもない。
「それよりも今日は一日、こっちでゆっくりしていってね。お部屋も用意してるから」
「はい、そうさせてもらいます」
今回は急だったので準備に時間のかかる転移魔法ではなく、飛竜による移動だった。
何度やっても慣れない空の旅による疲れが残っているのでお言葉に甘えさせてもらう。
「それとね。彼、本当は先生が来てくれたのも喜んでるのよ」
「えぇ? そ、そうは見えませんでしたけど……」
予想外の言葉に素っ頓狂な声が出てしまう。
思い返してみても、喜んでたような気配はこれっぽっちもなかったように思う。
「うふふっ、素直じゃないからあんな態度だけど先生のことはちゃんと認めてるのよ。もしかしたらうちは子供がみんな女の子だったから、本当は一人くらいは先生みたいな息子が欲しかったって思ってるのかも」
「ははは……それは光栄なんでしょうかね……」
何とも返答しようがなく、ただ愛想笑いで返す。
あの破天荒さにも少しは慣れてきたが父親にするのは流石に厳しい。
実の娘であるあの子たちには申し訳ないが、一般人の俺の感性では父親があれだけ破天荒だと気が滅入りそうだ。
しかし、記憶にある父と少しだけ似ている部分があるかもしれないとも思った。
子供のように奔放だけれど、大勢の人を惹き付ける魅力を持っているようなところが。
「それじゃあ先生、またお食事の時間にね」
そう言って室内へと戻っていくエシュルさん。
扉をくぐる直前に、廊下の先にいるイスナと何か一瞬だけ目配せしたような気がした。
「……俺も少し休むか」
しかし、身体の芯に残る飛竜酔いが俺にその事を深く考えさせなかった。
あけましておめでとうございます。
今年も本作をよろしくおねがいします。
道筋は大体出来てきたので、今年中の完結を目指して頑張ります。





