第58話:イスナの試練
「あら、次は私みたいね。それじゃあ行ってくるわ」
魔王にその名を呼ばれたイスナは、まるで散歩にでも出かけるような気軽さで自ら場内へと足を踏み出した。
「イスナ、お前なら大丈夫だから落ち着いていくんだぞ」
「ええ、分かってるわ。貴方の価値を……世界に知らしめるにはこんなところで躓いてる場合じゃないもの」
「よく分からんが、まあそれでいい……いいのか?」
「イスナ姉もファイト! 平常心だよ! へーじょーしん!」
「姉さん! 頑張ってください!」
サンとフィーアが声援を送り、フェムもそれに同調するように首を縦に何度も振る。
イスナは背中越しに優雅に手を振って妹たちの声援に応えながら、ゆったりとした歩調で進んでいく。
そして、その姿が観客へと曝け出された瞬間――
静かだった場内に、サンに向けられたものよりも遥かに野太い、地響きのような歓声が鳴り響いた。
「おぉ……これはまた随分と人気だな……それも男に……」
「まあ美人で、胸もおっきいからねー」
単に魔王の娘というわけではなく、その美貌によってイスナの存在は魔族界中に知れ渡っていた。
彼女に何度もアプローチをかけて玉砕し続けたものなど。
その魔性の虜にされてしまった者は観客にも多く含まれている。
そんな野太い声援を受けながら中央へと到達したイスナが、高みに座している父と向き合う。
「お父様、ご無沙汰ね」
「おう、久しぶりだな。しっかし……お前は相変わらず娘にしておくには勿体ないほどのいい女だなぁ……。乳もでけぇしよ」
「実の娘に向かって何を言ってるのよ……」
娘に向かってセクハラじみた言動をする父親に、イスナは呆れ気味に目を細める。
「そうよそうよダーリン! ダーリンには私がいるじゃないの!」
更に実の母親が娘に対して嫉妬のような感情を発露しはじめる。
だが、触れると面倒なことになると分かっている二人は示し合わせたようにその存在を無視する。
「そんで、この三ヶ月はお前的にどうだったんだ? 正直、お前はもっと反発すると思ってたんだが、随分と大人しくしてたみたいじゃねぇか」
魔王がサンにしたのと同じ質問をイスナに対しても行う。
「反発……ええ、確かにそんな時期もあったわね……。でも今思えば、あの頃の私は本当に愚かだったわ……」
その時の事を懐かしむように、少し後悔するようにイスナが言葉を紡いでいく。
「でも、私はこの世界の真理を知ったの……」
「し、真理だぁ?」
「ええ、お父様……それが私にとても甘美な……至上の悦びを与えてくれたの……。そして今の私は真理の奴隷、逆らうなんてありえないことなのよ」
「ど、奴隷……? あ、あの野郎……一体俺の娘に何をしやがったんだ……」
魔王が少し離れた後方で控えているフレイに怪訝な視線を向ける。
しかし、当の彼はそんな会話が行われている事を知る由もない。
ただじっと露出過多なイスナの背中を見守っている。
「まあいい……その話は後だ……。お前に課す試験の話だが……当然、サンのとは全く別のもんだ」
「まあそうよね。あれの相手を私にしろって言われても無理だもの」
夢魔であるイスナの使う精神干渉の魔法はその相手を選ぶ。
特に理性を持たない相手に対してはその効果は大きく限定される。
サンのように魔獣の相手をしろと言われても無理なのは、彼女自身が最も理解していた。
「だから、お前の相手は……こいつらだ!」
魔王がまた大きな声で号令を駆ける。
直後、サンの時は魔獣が出てきた門の奥から今度は数十にも及ぶ人影がぞろぞろと出てくる。
暗い門の奥から歩み出てきたその姿が明かりの下へと曝け出された。
それは数十人にも及ぶ多種多様な魔族の男たち。
全員が目をギラつかせながら障壁越しにイスナへと並々ならぬ感情が込められた視線を集中させている。
「……こいつらが私の相手? さっきのあれと比べると随分と格落ちじゃない?」
男の群れを確認したイスナが発した何気ない一言が男たちの感情を逆撫でする。
「お前……こいつらが誰だか分からないのか?」
「ええ、知らないわね。見たこともないわ。お父様の部下なの?」
続けてイスナが悪気なく発した言葉が更にその感情を逆撫でする。
男たちは顔を真赤にし、障壁が無ければ今すぐにでもイスナに飛びかかりそうな程に奮起している。
「こいつらはな……これまでお前が振ってきた奴らの中から、特にこっぴどくやられた奴を厳選した連中だ」
「へ~……そうなの。でも、やっぱり記憶にないわね」
毛一本程の興味もなさそうな態度を見せるイスナ。
男たちをどれほど苛立たせようと彼女は全く気にすることなく、そんな態度を続ける。
しかし、それは悪意から生まれた態度ではない。
単に彼女の脳にはフレイ以外の存在を異性として扱う余地が一切残っていないだけの話だった。
「それで、どうすれば合格なのかしら?」
「単純だ。三十分、こいつらに捕まらずに逃げ切ればいい。それが出来たら合格だ」
魔王の口から、サンの時と同じ様にシンプルなルールが告げられる。
「三十分逃げ切るって……まるで遊びね……」
ルールを聞いたイスナは、そう言いながら周囲を見回す。
そこはサンの試験で暴れまわった魔獣の痕跡が多少残っているだけで、何の障害物もない円形平面の闘技場。
数十人にも及ぶ男たちから単に走って逃げ回るのはほぼ不可能。
しかし、困難ではあっても不可能な試練を課すような父親ではない。
つまりは何らかの策を弄して時間を稼ぐ試験であることをイスナはすぐに理解した。
「ちなみに、こいつらには捕まえる課程で多少は何かが起こっても不問にすると伝えてあるからな」
「……何かって?」
イスナは嫌な予感を覚えながら、疑るような目で父親を見る。
「そらお前……触ったり……脱げたり……」
「さいってー……」
公の場で実の娘を辱めようとする父親に幻滅して頭を抱えるイスナ。
しかし、魔王の口から出たその言葉を聞いた観客の一部からは更に大きな歓喜の野太い声が上がる。
先程までイスナへと向けられていた声援は一瞬にして、イスナを捕える側である男たちへと向けられるようになった。
「ほんとに……男って、どうしてこうなのかしら……」
障壁越しにいる男たちが妙にギラついている理由を知ったイスナは、この世の全ての男に失望したように大きく肩を落とす。
「……で、他にルールは無いの? それだけ?」
「ああ、それだけだ。他に何もないなら準備はいいか?」
「いえ、まだあるわ」
試験を開始しようとした父親に対して、イスナが待ったをかけた。
後ろへ振り向き、自分のことを心配そうに見つめる彼女にとっての絶対者の姿を視界に捉える。
突然イスナが自分の方を向いたことで、何事かとフレイが少し首を傾げる。
「どうした? 緊張してんのか?」
「いいえ……ただ、始まる前に一つだけ宣言させてもらおうと思ったの」
フレイから視線を外し、イスナは再び父親へと向き直る。
「宣言……? 何をだ……?」
自分へと向かって真っ直ぐ、睨みつけるような鋭い視線を向けてくる娘に魔王が聞き返す。
「単純な話よ。もし、あの連中が私に指一本でも触れるようなことがあれば……私はその場で舌を噛み切って死ぬってだけの事よ」
「え、ええー!? ちょ、ちょっと! イスナちゃん!? いきなり何を言い出すのよ! 変な冗談は――」
「いいえ、お母様。これは本気よ。でも当然でしょ? 彼に捧げるこの身体が……ほんの僅かでもあんな男たちに穢されることは許されないのよ」
狼狽するエシュルに対して、イスナは揺るぎのない決意を込めた口調で再度告げる。
自分の身体は毛の一本に至るまで、その全てが絶対者である彼のもの。
それが他の何者かの手によって穢されるなどはあってはならない。
倒錯の果てに、そんな思想へと至ったイスナにとっては至極当然の宣言だった。
「イスナ……それは一丁前に俺のことを脅してんのか……? そう言えば、俺やこいつらが手を抜くとでも思ったか……?」
「いいえ、お父様。これは自分に課したただの覚悟よ」
イスナが野獣のような眼光で自分を見下ろす父親を真っ直ぐに見据えながら言う。
そこに嘘偽りがない事は、誰の目から見ても明らかだった。
「ね、ねえ……ダーリン……。一旦、中止にしない……? イスナちゃんってば、ムキになっちゃってるだけよ……きっと……」
「エシュル、お前は黙ってろ」
「でもぉ……死ぬだなんて流石に……」
「もうガキじゃねーんだ……てめぇのケツはてめぇで拭かせりゃいい」
止めようとする妻を押しのけて、魔王が椅子から立ち上がる。
そして、真下にいるイスナの敵方、自分の部下たちへと向かって叫ぶ。
「いいか! てめぇら! 今のを聞いて手を抜こうとか思っちゃいねぇだろうな! そんなことしたら俺がぶっ殺すからな!? いいか!?」
魔王から怒声を浴びせられた部下たちは、恐怖に身を慄かせて全員が同時に息を呑む。
手を抜けば殺される。
イスナの言葉に続いて発せられた主の言葉にも、嘘偽りはないと全員が本能で理解した。
「ええ、遠慮せずにかかってきなさい。そうね……もし私を捕まえることが出来たら、時間が終わって死ぬまでは、この身体……あんたたちの好きにしてもいいわよ?」
両手の指を胸元に這わせる艶めかしい所作と共に、男たちの情欲を更に刺激するような言葉をかけるイスナ。
目の前にいる妖しげな色気を放つ魔性にそう言われて反応しない者は一人もいなかった。
イスナの挑発は男たちの頭から、先刻の宣言の事などを一瞬にして吹き飛ばした。
「そんじゃ、開始だ! てめぇら! やっちまえ!」
試験開始の合図が告げられ、劣情の獣と化した男たちと獲物であるイスナの間にある隔たりが消失する。
人の形をした獣の群れは雄叫びを上げて、一挙にイスナへと襲いかかった。
**********
イスナは魔王ハザールの二番目の娘としてこの世に生を受け、奔放な母親の下で何にも縛られることなく育った。
魔王の娘であるというだけでなく、幼い頃から異性を誑かす種族としての才能を有していたイスナ。
その周囲には常に、彼女の身も心も我が物とすることを目論む男たちがひしめいていた。
そんな単純な行動原理で生きる男たちを見続けてきたイスナは、いつしか『男という生き物は本当に馬鹿ばかり。こいつらは私に支配される為に生きている』という思想を抱くようになった。
支配力こそが全てを征する力である。
そう考えながら身体に指一本触れさせることなく、その支配を更に強固なものへとしていった。
しかし、どれだけ沢山の男を手玉にとってもイスナが心の底まで満たされることは無かった。
何故なら、その思想が実のところは“男性に対する異常なまでに大きな期待の裏返し”であり、真に求めていたのは母親が盲愛している父親のような自分よりも強い男であったからである。
だが幼い頃から他人の心を読み続けてきたイスナも、自身の心の奥底にある本当の願望には気づけなかった。
気づくことが出来ないまま、ただ漠然と満たされない日々を過ごしていた。あの夜までは――
**********
そして今、心の奥底にあった欲求を度を越して知りすぎて若干おかしくなってしまったイスナは、理性のない獣と化した自分の被害者たちと向かい合う。
彼女は覚えてすらいないが、そこにいるのは高価な宝飾品を貢がされて破産した男たちや暇潰しに血みどろの決闘をさせられた男たち。
他にも彼女が飲みたいと言った魔族界最高峰の湧き水をわざわざ汲んで来た末に振られた男もいる。
だが、イスナの心に彼らに対して申し訳なく思うような感情は微塵もない。
あるのは早く崇拝する彼の胸に飛び込んで、目一杯の深呼吸がしたいという気持ちだけだった。
心の隅から隅までを愛と信仰心で埋め尽くし、最高に集中したイスナは場内にいる全ての生物の感情を鋭敏に感じ取る。
邪な感情を抱いて自分へと向かってくる獣たち。
ある者は心配そうに、またある者は下卑た期待をしている観客たち。
様々な感情を抱きながらイスナを見守っている父親と母親たち。
背後から伝わってくる姉妹たちの応援。
そして、絶対者からの信頼。
「さて……出来るだけ早く終わらせましょうか……」
一見ふざけているように見えるこの試験。
それが夢魔の精神干渉魔法を用いて切り抜けることが目的の試験であることにイスナは既に気がついていた。
しかし、理性の無い獣と化した男たちに対しては、その認知を大きく歪めて自分を守るようにする精神操作を行うことは至難の業。
全力で行ったとしても両手で数えられる程の人数を操るのが精一杯。
この人数を相手に逃げ切るのは難しいとも判断していた。
故にイスナは事前に男たちの頭から余計な情報を削ぎ落とし、ある一つの事柄だけに集中させるための種を撒いていた。
想定通りに劣情を漲らせる男の群れに向かって、イスナはゆったりとした動作で手を突き出す。
その手の先端からまるで蝶か、あるいは毒蛾の鱗粉のような細かい魔力の粒子が放たれ、男たちの群れを包み込んでいく。
男たちはまるで誰かに指示されたように、全員が同時にピタリとその場で足を止めた。
そして、イスナへと向けていた暴力的な視線を隣同士で向け合う。
「はぁ……男って……本当に馬鹿ね……」
改めて全世界の男に対する失望を抱いたイスナが大きな嘆息を漏らす。
次の瞬間、男たちはイスナへと目もくれることなく大乱闘を始めた。
「うぉおおおっ! てめぇらなんかにやるもんか! イスナ様は! いや、イスナは俺んもんだぁっ!」
「何を言ってやがんだ、このボケ! あれは! あの身体は俺のもんに決まってんだろが! ぶち殺すぞ!」
「いいや! あの乳は! 俺のモノだ!」
「るせぇ! このカス! あの尻は俺のもんじゃ!」
殴り、蹴り、掴み、折り、投げる。
男たちは鬼の形相を浮かべて、たった一つしかない賞牌を巡って血みどろの戦いを繰り広げる。
「あっはっは! そうそう、もっと頑張って奪い合いなさい! あっはっはっは!」
大笑いしながら、その乱闘を眺めるイスナ。
彼女がやったことは男たちの認知を大きく歪めるようなことではない。
彼らが抱いていた劣情、情欲、性欲。
それらを細分化した際に存在する独占欲と呼ばれる感情。
それをほんの少し、蟻を指先で潰すような程の力で後押ししただけだった。
たったのそれだけで、オスは一人しかいないメスを巡って殺し合う。
本能的に男の情欲を理解したイスナは、彼らに対して一縷の情も抱かずにそれを実行した。
腹を抱えて笑うイスナの前でオスたちの同士討ちは続き、一人、また一人と力尽きて倒れていく。
そして――
「はぁ……はぁ……やった……! やったぞ!」
硬い地面に横臥する数十人の中央で、最後に一人だけ立っていたのは筋骨隆々のオークの男だった。
「これで……これでイスナ様は俺のモノだ! 俺だけのモノだ!」
もはや最初の目的が何だったのかすら忘れて、男は打ち震えながら歓喜の叫びを上げる。
顔に柔らかい笑みを浮かべたイスナが、彼のもとへと向かってゆっくりと歩を進め出す。
彼も自分のもとへ優勝賞品である彼女が近づいてくることに気がつく。
「ああ! イスナ様! どうぞ! 俺の! 俺の胸に!」
男は両手を目一杯広げて、イスナをその胸元へと迎え入れる準備を調える。
イスナは向かう速度を早めて駆け足になる。
硬い靴底と硬い地面がぶつかり、コツコツと軽快な音が場内に鳴り響く。
「さぁ! 飛び込――」
「むわけないでしょ!!!」
思い切り助走をつけたイスナが男の股座を全力で蹴り上げた。
「――――――っ!!」
大事な部分を蹴り上げられた男は、言葉にならない絶叫と泡を吹き出しながら、白目を剥いて倒れた。
同時に一部の性別の観客からも声にならない悲鳴が上がる。
そうして場内に立っている者はイスナだけとなった。
それは試験開始の合図から、まだ十五分程しか経過していない頃の出来事であった。
「さて、お父様? まだ時間は残ってると思うけど、どうすればいいかしら?」
誰も動かなくなった惨状の中、一人優雅に佇むイスナが父親へと尋ねる。
魔王は動かなくなった部下たちと、宣言通りに指の一本も触れられていないイスナを見下ろす。
「はっ……時間まではまだあるが……。もう十分だ。お前も合格だ!」
そのまま二人目の合格者が宣言された。
「や……ったー! イスナちゃ~ん! おめでと~! 死ぬとかなんとか言い出した時はどうなるかと思ったけど~、やっぱり私の娘ね~! ほら~! 早くお母さんの胸に飛び込んできて~!」
合格の宣言を聞いた母親が誰よりも早く歓喜の声を上げ、大きく両手を広げて豊満な胸元に娘を迎え入れる準備を整える。
それを受けてイスナは、その顔にこれまでの人生において最大級の笑顔を浮かべながら駆け出した。
そして――
フレイの胸へと盛大に飛び込んだ。
「え? い、イスナちゃん……?」
「やった! 私やったわ! 褒めて! 撫でて! あわよくば絞めて!」
呆然とするエシュルを尻目に、イスナはフレイに抱きつきながら男たちを手玉にとった女性とはまるで別人のようにはしゃぐ。
「よ、よくやった。お前なら大丈夫だって信じてたぞ……絞めはしないけどな……」
フレイは困惑ぎみにそう言いながら、イスナの頭を軽く撫でる。
「えへへ……貴方がずっと信じてくれてたから出来たの……」
敬愛する人物に頭を撫でられて喜ぶイスナの顔には先程までの魔性は一切ない。
そこにあるのはまるで初めての恋をしている少女のような無邪気な笑顔だけ。
「うぅ……普通はこういうのは私の役目なのにぃ……先生とばっかイチャイチャしてからにぃ……イスナちゃんのばかぁ!」
「こ、こら! てめぇ! 俺の娘から離れやがれ! ぶっ殺すぞ!」
場内の反対側にいるエシュルと魔王がそう叫ぶ。
しかし、イスナの耳にその声は届かない。
彼女は更に強くフレイの胸元へと顔を押し付けて、その感触と匂いを堪能する。
「い、イスナ……両親もあった言ってることだし……そろそろ……」
「やだ、早く終わらせた分だけ私にはこうする権利があるの」
絶対であるはずの彼の言葉を無視するイスナ。
これは無事に守った供物を捧げる行為であるからセーフと頭の中で都合よく解釈しながら抱擁を続ける。
先に試験を終えたサンと、まだ試験が控えているフィーアとフェムはその様子を苦笑いしながら見ている。
「いや、でもだな……さっきから並々ならぬ気配が周囲から……」
「周囲から……?」
「ほら、観客の方々からも……かなり不穏な……」
フレイが少し青ざめながら観客席を見回す。
そこからも大量の恨めしそうな殺気がフレイへと向かって注がれている。
「大丈夫よ、私は貴方のモノなんだから……誰がなんて言おうと……ね?」
「はぁ……全くお前は……」
オスたちが一心に奪い合った賞牌。
その柔らかさを感じながらフレイは説得を諦めて、大きな溜息をついた。
「あの野郎ぉ……くそっ! 次だ次だ! 次行くぞ!」
気に食わない男といちゃつく娘を見て嫉妬の感情に駆られた魔王がそう吐き捨て、椅子へと腰を下ろす。
場内に倒れていた男たちが全員担架で運び出されていった事を確認すると、続けてその口を開いた。
「次は……フィーア! お前の番だ!」





