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魔王令嬢の教育係 ~勇者学院を追放された平民教師は魔王の娘たちの家庭教師となる~【Web版】  作者: 新人@コミカライズ連載中
第一章:クビから始まる新生活

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第55話:父親で雇い主

「は? え? こ、このチンピ……じゃなくてこの方が……あの?」


 魔王ハザール。


 その存在に関して人間の世界に伝わっている情報はほとんどない。

 分かっているのは散り散りだった種々の魔族を纏めた魔族の統率者であること。

 それはすなわち、人間にとっての怨敵であるということ。


 しかし、実物はその情報から想像していたのとは遥かにかけ離れた人物だった。


「そうですよー、このガラの悪いのがハザール様ですよー。てか焦げ臭っ!」


 リノが手に持っている箒の柄で焦げ臭い男を指し示しながら言った。

 主人に対して向けるような態度ではないが、彼の方は特に気にしている様子はない。


「誰がガラの悪いのだ。しばくぞ」

「んもー……そういうとこですよー。てかフレイ様は知らなかったんですね」

「いや、それは……知らなかったというか教えてもらってなかったというか……」


 少しでもその風体に関しての情報があればもう少しまともな対応が出来たはずだった。


 そう考えながら、ロゼの方を一瞥する。

 視線が合う。


「なぁ、ロゼ……」

「何でしょうか?」

「時間を戻せたりしないか? 三十分程でいいから」

「無理です」


 魔王が、あの子たちの父親がまさかこんなチンピラ風の男だとは思ってもいなかった。


 エシュルさんのべた惚れっぷりや、アンナの心酔ぶりからもっと厳かな雰囲気の人物を勝手に頭の中で作り出していた。


 目の前にいる男は、そう聞かされた今でも精々がスラム街にいるゴロツキの親玉くらいにしか見えない。


「なんだてめぇ……、俺に何か文句でもあんのか?」

「い、いえ……そ、そんな事は滅相も……」


 慌てて取り繕う。


 しかしどうしよう……知らずとはいえ雇い主をチンピラ呼ばわりしてしまった。

 いや、それどころか思いっきり最大級の魔法までお見舞いしてしまった。


 このままでは試験を前にして、またクビになってしまう。


 とにかく今は下手に出るしかない。


「まあいい、それであいつらは元気にやってんのか?」

「はい、フレイ様のご指導の下で日々精進しておられます」

「なるほどな……」


 ロゼにそう言われた謎の男改め、魔王は俺の方を一瞥する。


 よく分からないが許されそうな雰囲気だ。


 気が短そうに見えて意外とおおらかな性格なのかもしれない。


「あっ、もしかして~、心配になって様子を見にきたんですか~?」


 リノがからかうような口調で魔王に向かって言う。


「ち、ちげーよ! たまたま通りかかっただけに決まってんだろ!」


 魔王はまるで茶化された思春期の男子学生のように照れている。

 どうやら図星らしい。


「またまたそんな事言って~、素直じゃないんですから~」

「うるせぇ、尻尾引っこ抜くぞ!」

「きゃー! 穴が増えちゃうー!」


 二人は主従というよりは気の知れた友人同士のような下らないやり取りを繰り広げている。


「しっかし……こいつが、あいつの……」


 魔王が再び俺に視線を移して、また値踏みするような目つきでじろじろと見てくる。


「そ、そのー……知らなかったとは言え、大変な失礼を……」

「あァ? 失礼だ? あんなもん俺のシマじゃ失礼の内にも入んねーよ! ぶっ飛ばすぞ!」

「ははは……ですよねー……」


 よく分からない怒りだが、今はとにかく刺激しないようにしよう。


「それよりロゼ! こいつは上手くやってんのか!?」

「はい、フレイ様は大変よくやっておられています」

「ほんとか? まあ……それもすぐに分かるか……」


 俺の成果はすぐに分かる。

 そう、試験まではもう僅かな時間しか残されていない。


 もしかしたらその前にクビになるじゃないかと危惧したが、この感じだとそれは何とか回避出来たようだ。


「そんじゃ、ここで立ち話もなんですし。お屋敷の方に案内しますよー」

「いや、いい。俺はもう帰る」


 屋敷へと案内しようとしたリノに対して魔王が即答する。


「え? もう帰るんですか? お嬢様方に会って行かれないんですか?」

「おう、女共には会うなって言った手前な。まあ元気にやってるならそれでいい。どうせすぐに会うことになるしな」


 女共というのはあの子たちの母親の事だろう。

 その中の一人はそんな指示を無視してこっそりと会いに来てたが……。


「そうですかー。ではお帰りはあちらからになりまーす」


 リノがそう言って、箒で壊れた正門の方を示す。

 本当に主人に対してとは思えない雑な対応だ。


「おう、そんじゃ――」


 魔王が踵を返して正門の方へと向かおうとした瞬間――


「父上!?」


 門の片割れがある方向。

 つまりは庭園のある方向から聞き慣れたようで、いつもとは全く違う感情を帯びた声が響いてきた。


「ああ! やはり父上だ!」


 全員で同時にその声の方向へと視線を移す。

 その方向から赤い髪のをなびかせ長女のアンナが駆け寄ってくる。


「お……おぉ……アンナか……」


 すぐ側へとやってきたアンナに向かって魔王が声をかける。

 その表情には会うつもりは無かったのに会ってしまったバツの悪さが浮かんでいる。


「はい! お久しぶりです! アンナです!」

「久しぶりだな。元気にやってたか?」

「はい! 父上もご健勝そうで!」


 アンナは俺には一度も見せたことがない柔らかい表情を浮かべている。

 だが、それを見て感じたのは妬ましさよりもアンナもこういう顔を誰かに向けるのかという微笑ましさだった。


 父上の腹部は黒焦げになっていてあまり健勝そうには見えないが、まあそれは置いておこう。


「ちゃんとこいつとロゼの言うこと聞いてっか?」


 魔王が視線をアンナに向けたまま、親指で俺の事をクイっと指し示す。


「え? あ……はい、それは……もちろん」


 アンナは少し口籠りながら答える。


 その返事の半分が嘘だという事を俺が一番よく知っている。


 確かにアンナは授業は真面目に聞いているし、俺からの質問などにも答えてくれる。

 しかし、どこか一歩引いているというか本気で取り組んでいないというか、悪く言えば俺を見下しているようなところがある。


 他の姉妹たちと同じように、授業とは別の訓練にも誘った事は何度もある。

 しかし、その度にはっきりと拒絶されている事からもそういう点があるのは分かりやすい。


 もちろん、どうにかしたいとは思っているが取り付く島もないというのが現状だ。


「……そうかい。まあ、もうすぐ試験だ。そこでしっかりとお前らの成長を見せてくれりゃそれでいい」


 魔王がアンナにそう語る。

 その口調と視線からはそれが何なのかまでは分からないが僅かな違和感を覚える。


「はい! 必ずや父上のご期待に応えられるようにします!」


 アンナはそんな父親の妙な様子にも気付かずに、ただ憧憬の眼差しで見上げている。


「今日はお泊りになられるのですか?」

「いや、もう帰る」

「そうですか……、いや父上はお忙しい……当然か……」


 アンナが寂しそうに一人で納得する。


「おう。あんまり城を空けすぎるとあいつらにどやされるしな」

「ハザール様」

「どうした?」


 これまで二人のやり取りを黙って聞いていたロゼが、一歩踏み出して魔王に声をかけた。


「お帰りになられるのは構いませんが、その前にやってもらわなければならない事があります」

「あ? なんだそりゃ」

「門の修理をお願いします」


 ロゼが魔王の方を見たまま、手を真っ直ぐに伸ばして庭園の前でひしゃげている門の一部を指差す。


「修理……」

「はい、修理です。不埒な輩が入ってこない為に必要なものなので」


 門を蹴破って入ってきた父親で無ければ完全に不埒な男に向かってきっぱりと告げられる。


「ったく……仕方ねぇな……」


 渋々ながらそれを了承する魔王。


 力関係、上下関係が全く分からない。

 ロゼってもしかして意外と偉い?


「もー、ほんとに馬鹿力なんですからー。大変ですよー。あれを直すのー」

「あれが脆すぎんだよ。もうちょいまともなの使え」


 魔王は頭を掻きながらロゼとリノに連れられて壊れた門の方へと歩いていく。


「父上、私もお手伝――」

「いや、いい。それよりもう時間もねーんだからお前はしっかりと自分のやるべき事をやってろ」

「え……。は、はい……分かりました……」


 父親にやんわりと拒絶されて、アンナが再び寂しそうな表情を浮かべる。


 そうして、その場には俺とアンナだけが残された。


「なぁ、アンナ」


 寂しそうにしているアンナの横顔に向かって声をかける。


「……なんだ?」


 彼女は一呼吸置いてから、父親向けの表情を作り変える。

 いつも俺に向けるようの表情だ。


「父親がああ言ってる事だし、やっぱりお前も皆と一緒に……」


 傷心につけ込むというわけでないが、今ならもしかしたらと思い、提案を持ちかけるが――


「くどいぞフレイ。何度も言っているが私には私のやり方というものがある。それを理解してくれ」

「そうは言うがな……」

「では、失礼する」


 再び明確な拒絶の意志が告げられる。

 そのままアンナは門を修理している父親の方を一瞥してから屋敷の方へと歩いていった。


 もう一つの懸念事項である彼女の背中を黙って見送りながら考える。


 アンナの成績や実力に関しては何の申し分もないはず。

 彼女が試験を不合格になるという場面は想像がつかない。


 だが、何かずっと嫌な予感がしている。


 しかし予感の正体を掴めないまま時間だけが過ぎていった。


 そして、俺達は試験の日を迎えた。

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