第53話:襲来
試験の日が目前まで迫った休日の昼前。
試験を目前にしてあの子たちの訓練にも一層身が入ってきている。
しかし訓練も大事だが、同じ様に休息も大事だ。
休日はしっかりと身体を休めるようにとあの子たちには言っておいた。
特にフィーアは真面目すぎて根を詰めすぎてしまう性格なので、他の姉妹に無茶をしすぎないように見ておいてくれと頼んでおいた。
そして俺も、今日は日頃の指導による心身両方の疲れを癒やす為に庭園にやってきた。
ロゼが毎日手入れしている庭園をゆっくりと見て回る。
作り上げた本人の姿は見えないが、相変わらず手入れは行き届いている。
庭園を見回った後、今度は中央に備え付けられた椅子に腰を落とす。
そのまま、色鮮やかな美しい花々を何も考えずにただぼーっと眺める。
鼻腔を満たす芳しい香りと優しい情景は、心身両方に想像していた以上の癒やしの効能を与えてくれた。
「ふぅ……」
大きく一息つく。
こんな良い場所を作ってくれているロゼに心中で感謝しながら、迫りくるあの日について考える。
予定通りなら試験の日まではもう両手で数えられる日数しか残っていない。
やるべきことは概ねやってきたつもりだが、それでもいくつかの懸念事項はある。
一つはどんな試験が行われるのかが謎なこと。
ロゼ曰く、試験内容は彼女が上げた報告に基づいて決定される。
魔王は無茶苦茶な男だが試験内容は公正さに基づいて決定されるので安心して欲しい、と言っていた。
しかし、いくら安心して欲しいとは言われてもなかなかそうはいかない。
試験の日が近づくにつれて、ソワソワとした言葉では言い表しようのない不安は募っていくばかりだ。
更に、もう一つの懸念事項の存在もある……。
「ぅおーい! 誰かいねーのかー!?」
もう一つの懸念事項を再確認しようとしたところで、屋敷と反対側の方向。
つまり正面入口の方向から大きな声が聞こえてきた。
初めて聞く声だ。
前にも一度似たような出来事の記憶がある。
あの時は下手に応対してしまったばかりに、非常にめんどくさい人の相手をさせられた。
今回も出来れば応対はしたくないが……、仕方がない。
誰かが近くにいるとも限らないし、とりあえず見に行くしかなさそうだ。
立ち上がって入り口の方へと向かう。
「誰もいねーならぶち破るぞー! いいのかー!?」
入り口の門が見えてくると同時に、門の向こう側で物騒な言葉を叫んでいる何者かの姿も見えてくる。
それは見るからに野蛮な背の高い男だった。
綺麗に整えられているとは言い難いぼさぼさのツンツン髪。
身体も同じような印象を受ける大雑把な服に包まれている。
年齢は俺よりも少し上、二十代後半といった程に見える。
だが、エシュルさんの件もあるので実際の年齢とは乖離しているかもしれない。
とにかく一言で表すなら若いチンピラ風の男。
目立った特徴は見当たらないが、ここにいるならば魔族だろう。
周囲には他に誰の姿も見えない。
めんどうだが俺が応対するしかなさそうだ。
「何をしてる。それは魔法障壁も兼ね備えているから壊そうとしても怪我をするだけだぞ」
明らかにこの場に相応しくない風貌の男に近づきながら告げる。
魔王の妻であるエシュルさんですら独力では入れなくて苦心していた門だ。
こんなスラム街の路地裏でたむろしてそうなチンピラ風の男にどうにか出来るようなものではない。
「あ? んだ、てめぇは……」
俺の存在に気づいた男が格子越しに睨みつけてくる。
野獣のような眼光。
その出で立ちと相まって、ますます教育の場には相応しくない男だ。
「ここの関係者だ。お前こそ何者だ」
毅然とした態度で告げる。
万が一の事があれば、俺が力づくで追い払う必要も念頭に入れながら。
「関係者だぁ? なるほど……、そうか……てめぇが……」
男は格子の向こう側から、俺の顔を値踏みするような視線でじろじろと見てくる。
なんか無性に腹が立つ。
こいつとは根本的に何かが合わないというのを細胞単位でひしひしと感じる。
「それで、何の用だ?」
「なるほど……ムカつくくらいに似てやがるな……」
男は質問には答えずに、その鋭さを感じさせる眼でただじっと俺の事を見ている。
「似て……? とにかく、許可がないなら立ち去れ。ここはお前のような輩が来るような場所じゃない」
教育のきょの字さえ無さそうな男に向かって告げる。
「許可だぁ? 一体、誰の許可が必要だって言ってんだ?」
「そりゃあ……、責任者のだ」
そう言えば、ここの責任者は誰なんだろうか。
俺ではないのは間違いない。
なら、あの子たち? いやロゼか? それとも――
「責任者の許可……か。くっくっく……。なら俺には必要ねぇって事だ……なっ!」
男がそう言った直後――
轟音。衝撃。風圧。
大きな物体が俺の身体の隣を高速で通り抜けていった。
一瞬遅れて、それが正門の片側だと気がつく。
大きく甲高い音を立てながら地面を跳ね、庭園の手前まで飛んでいった。
「うおっと! あ、危ねぇ……もう少しで大目玉食らうところだったぜ……」
男は片脚を上げたままの状態で止まりながら何故か焦るような様子を見せる。
蹴り飛ばされたと思しき門は見るも無残な形に開放されてしまっている。
男は不当に開かれたその門を悠然と潜り、敷地内へと侵入してくる。
「お前っ!」
こいつが誰なのか、一体何が目的なのか。
考える前に腰に携えた剣に手をかけて一気に引き抜く。
「おっ! やる気か? いいじゃねぇか、てめぇとは喧嘩した方が面白そうだしな!」
そう言いながら、ゆっくりと構えもせずに俺の方へと歩いてきた瞬間――
消えっ!?
男の姿が消えた。
いや、右だ!
右側から強大な殺気を感じてとっさに身を屈める。
直後、頭上を強烈な暴威が掠める。
とんでもない速さと威力だが狙いが安直すぎる。
それに合わせて返しの一撃。
目ではなく、感覚で標的の居場所を捉えて横薙ぎの一閃を放つ。
「うおっ! とっとっ……危ねぇじゃねーか! 殺す気か!」
が、完璧に捉えたはずだった反撃に手応えはなかった。
その場から飛び退いて、再び視覚で敵を捉える。
同じ様に飛び退いていた男は、切れ目の入った服を手で確認しながら怒鳴っている。
こいつ強い。それもかなり。
今の僅かなやり取りだけではっきりと分かる。
魔王の娘であるあの子たちでさえ、あの学院にいた誰でさえもが比較にならない程に強い。
つまり、尚更ここを通すわけには行かなくなった。
こいつからあの子たちを守れるのは今この場に俺しかいない。





