第50話:次女の才能
フィーアの部屋に大量の書籍類を運んでから一晩明けた朝。
「まさか、いっつもぽわぽわとしてたあの子にあんな才能があるなんて思いもしなかったわ」
「まだどうなるかは分からないけどな」
長椅子に座って訓練の光景を眺めながらイスナと会話する。
昨晩本人にも言った事だが、まだ机上の事でしかないあの能力が実際の戦場で発揮されるかどうかは未知数だ。
しかし、俺を招集した父親がこの子たちに戦闘に関する訓練を行わせているという事はそれはそう遠くない将来に訪れる可能性が高い。
俺が皆に教えているのは主に戦う為の技術だ。
もちろん、そうなる事は想定してやってきた。
だからといって教え子を戦場に送るというのは何度経験しても複雑な気分だ。
今更後悔はしていないが、そう簡単に割り切れるものではない。
「貴方がついてるんだから大丈夫よ」
「え? あ、ああ……フィーアの事か……」
「それ以外に何があるのよ」
一瞬、心の内を読まれたのかと焦ってしまう。
「そうだな……。サン、攻撃間の繋ぎが少し甘いぞ!」
イスナに返答しつつ、サンに発破をかける。
試験までの日数はもう一ヶ月程しかない。
そろそろ追い込みをかけて仕上げていく時期だ。
「ねえ、それで一つ聞いていい?」
「なんだ? フェム、魔法には体力も重要だからしっかり付けるんだぞ!」
イスナに返答しつつ、今度はフェムに檄を飛ばす。
フェムには基礎体力作りの為に広場をぐるぐると周回させている。
魔法の実力は文句なしだが、いかんせん今のままでは燃費が悪すぎる。
「……私の才能って何?」
「は? いきなりどうした?」
「いきなりじゃないわよ。貴方って私には何も教えてくれないじゃないの」
「……そうか?」
「そうよ。いつも他の子ばっかりで」
そう言われると、授業以外でイスナに指導をした記憶は確かにない。
しかし、それはないがしろにしていたわけではない。
むしろ優秀で手がかからないからだ。
「えーっと、お前の才能な……。それは、魔法……じゃないのか?」
少し考えた結果、出てきたのはそれだった。
この年齢で第六位階の魔法を使えるのは実際大したものだ。
「少し前まではそう思ってたわよ。でも……あの子に勝てると思う……?」
イスナが苦々しい表情をしながら、ピっと腕を伸ばして指先を広場の方へと向ける。
その先には大きなローブを着たまま広場を必死に周回しているフェムの姿があった。
「それは……無理だな」
率直に答える。
一般的な尺度ならイスナは十分に魔法の才能があると言える。
それでも負の魔素と呼ばれる謎の存在まで操り、戦略級の魔法を単独で行使出来るフェムと比較するのは流石に分が悪すぎる。
「……座学の成績はトップだろ?」
五人しか居ない中ではあるが、座学の成績はアンナとほぼ並んで一番だ。
あの学院に居た成績上位者たちと比べてもその知力は劣っていない。
「でも、あの盤上遊戯だとフィーアに手も足も出なかったわよ……」
「うっ……」
昨晩の事を思い出して返事に詰まる。
確かにあの理外の大局観とも言うべき能力は、単なる秀才を一笑に付してしまう天才のそれだった。
学力とは少し方向性の違う能力かもしれないが、替えが利かないのはどちらなのか明らかだ。
「それなら……た、体術は……」
「今のサンと模擬戦をしたら一瞬で気絶させられるわよ……」
少し離れた場所で虚空を相手に型の訓練をしているサンを見る。
イスナは女性の夢魔としてはそれなりに運動能力は高いが、エルフが持っている天性のそれに今から追いつくのは至難の業と言わざるを得ない。
「武器じゅ――」
「それはもうアンナに昔から嫌って言うほどの差を見せられてるわよ……」
「そ、そうなのか……」
アンナが本気で武器を使っているところを実はまだ見ていない。
しかし、強気なイスナがこうまで言うってことは相当なものなのは確かなんだろう。
「そうだ! 料理だ! 料理はお前が流石に一番だろう?」
「確かに姉妹の中だと一番でしょうね。……でも貴方はロゼのご飯の方が美味しそうに食べてるわよね?」
「うっ……」
訝しげな視線を向けてくるイスナに対して何も言い返せなかった。
二人の料理の腕は甲乙つけがたい。
つけがたいが……、俺の貧乏舌には洗練されたイスナの料理よりもロゼのどこか懐かしさを感じる料理の方が僅かに合っていると思ったのも事実だ。
「そこは嘘でもいいから私の方が美味しいって言ってよぉ!」
「す、すまんすまん。でもいいじゃないか、お前は何でも卒なくこなすって事で。実はそれが一番難しいんだぞ?」
拗ねながら肩の辺りを両手でぽかぽかと叩いてくるイスナを何とかなだめる。
サンもフィーアもフェムも特化している事以外に関してはそこまででもない。
だから全体の平均値でいえばイスナの方が大きく上回っているのは間違いない。
「やだやだやだぁ! そんなのただの器用貧乏じゃないの! 私も一つすごいのが欲ーしーいー!」
「分かった! 分かったからやめろ! 実は言ってなかったけど、お前にはものすごい才能が一つある! あるんだ!」
隠すつもりは無かったが、出来れば俺の口から言いたくは無かった文字通り大きな大きな才能がある。
それは上手く扱えばこの子の種族的な特性とも合わさってとんでもない破壊力を生むものだ。
「え? ほんとに!? 何!?」
イスナが手をピタりと止めて、期待に満ちた純真な瞳を向けてくる。
「いいか? よく聞けよ?」
イスナと向かい合い、その目を見ながら素肌が露出しているその肩に両手を置く。
手のひら全体に女性特有のしっとりとした柔らかい肌の感触。
「う、うん……」
ごくりとツバを飲む音が聞こえてくる。
「お前が姉妹で一番……」
手のひらを通して、緊張と期待の感情が伝わってくる。
「胸がデカい!」





