表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王令嬢の教育係 ~勇者学院を追放された平民教師は魔王の娘たちの家庭教師となる~【Web版】  作者: 新人@コミカライズ連載中
第一章:クビから始まる新生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/97

第38話:自分を好きに

「だから、違うって言ってるでしょ」

「うー……、違うってどう違うのさー……」

「こうしてこうするのよ! 私の抱っこがかかってるのよ!?」

「そんなのあたしの知った事じゃないよ」

「ふ、二人共……喧嘩しないで……ね?」


 広場の反対側で仲良く喧嘩している二人と仲裁している一人を眺める。


 遮る物が何もないせいか、距離はあるが三人の声はここまでよく聞こえてくる。


「さて……、本当はまた本の話でもしたいところだけど、その前に一つ聞いてもいいか?」


 俺の質問に対して、フェムは顔をこっちに向けて首を縦に振った。


 布を目深に被り直して、その頭部は再び完全に隠れてしまっている。


「顔を見られるのがそんなに恥ずかしいのか?」


 はぐらかさずに単刀直入に尋ねる。


 魔法の制御と感情には強い相関があるとされている。


 顔を見られる事が暴走のキッカケの一つになっているのは、この子がそれだけ見た目に対して強い劣等感を持っていることになる。


 その質問に対して、フェムは俺から視線を逸して正面を向いてから小さく首を縦に振った。


「なるほどな」


 隠すこともない可愛い顔をしていると思うけどな、という言葉が出そうになったのを押し止める。


 それが原因で暴走されては元も子もない。


「変、だから……」


 フェムが微かに聞き取れる程度の小さな声で呟く。


 変というのが造形を指しているのではなく、透けた身体を指しているのは流石に分かる。


 フェムは魔族の中でもかなり珍しい幽鬼種と呼ばれる種族の母親を持っていると書類には書いてあった。


 実物を見たのは初めてだが、身体が透けているのが幽鬼種の特徴だというのは過去に何かの文献で読んだ覚えがある。


 それは本来、イスナの尻尾やサンの耳、フィーアの牙のような単なる種族的特徴に過ぎない。


 しかし、フェムが元々持っている内向的な性格に加えて、自分と同じ特徴を持っている者が周囲にいなかったことが劣等感を抱かせる原因になったのは想像出来る。


 それでも自分の中にある制御不能な力をどうにかしたいと考えて、自分を変えたい気持ちは持っているはずだ。


「実は……俺も昔は自分の事が嫌いで嫌いで仕方が無かったんだよな」


 なら、俺から教えるべきは無理に変えようとする事ではない。

 キッカケさえあれば誰でも変われるとだけ教えてやればいい。


「……そうなの?」

「ああ、もう十年以上も昔の話だけどな」


 俺の場合は見た目ではなく、何も出来ない無力な子供でしかない自分が嫌で仕方がなかった。


「……今は?」


 興味を引く事が出来たのか、珍しくフェムの方から話を掘り下げてくる。


「今はまあまあだな。この毎朝ぐしゃぐしゃになってる癖のある毛はちょっと嫌いだけどな」


 少し癖のある前髪を触りながらおどけると、フェムもくすくすと可愛らしい小さな笑い声を上げる。


「どうして好きになれたの?」


 フェムが身を少し前に乗り出して投げかけてきたそれは、俺にとっては良い思い出と最悪の記憶が同時に思い出される質問だった。


 呼吸を意識して、落ち着いてから美しい記憶だけを想起する。


「好きにさせてくれた人がいたんだよ」


 ナル・ペリドット。絶望の真っ只中にいた俺を救ってくれたその少女を思い出す。


「どんな人……?」

「そうだな……。いつもニコニコと笑っている奴だったな。それで頼んでもないのにいつもしつこいくらいに構ってくる」


 今思えば、彼女としては放っておけないくらいに昔の俺は荒んでいたんだろう。


 その結果として当時は疎ましいくらいに思っていた彼女が、今となっては俺の中では途方も無く大きな存在になっている。

 今の俺の人格はほとんど彼女によって形成されたと言っても過言ではない。


 心を落ち着かせるために、自然の音に耳を傾ける。


 広場の反対側からは相変わらず三人の喧騒が響いてきている。


 隣で同じ岩の上に座っているフェムはただ黙って、俺の話を聞いてくれている。


「教師って道を選んだのもそいつが俺に向いてるって言ってくれたからなんだよ」

「そうなんだ……」

「ああ、俺には人を変える力があるって言ってな」


 結局、あいつと約束した形では変えられないかもしれない。


 それでも何の因果か、俺にはこうしてまた別の道が用意された。


 この道が正しいのかどうかは分からないが、もうこれしか残されていないのは間違いない。


「フェムにもそんな人が現れるといいな」


 フェムは何の返事もせずに沈黙している。


 当然、すぐに何かが変わるとは思っていない。

 何かが少しでも伝わったのであればそれでいい。


「よし! それじゃあ特訓に戻るぞ!」


 座っていた岩から立ち上がってそう告げると、フェムも迷いなくすっと立ち上がった。


 篭手の紐をぎゅっと締め直して、ローブ姿の少女と向かい合う。



 **********



 朝の訓練、それから昼の授業を終えた夜。


 自室へと戻って久しぶりの睡眠を甘受した……とはならずに山積みになった文献と向かい合う。


 ロゼに言って集めてもらった人魔両世界の魔族に関する文献だ。


 それを不眠不休でひたすら読み進める。


 探すのはフェムのその体を流れる幽鬼種に関する情報。


 珍しい種族と聞いてはいたが、その情報はほとんど文字として残されていない。


 身体が半透明。

 争い事をあまり好まない。

 特定の共同体を作らずに単独で気の向くままに漂っている。

 時折、人間界でもその姿が目撃されることもある。


 僅かだが手に入る情報はある。

 しかし俺の欲しい情報はなかなか見つからない。


 そうしてひたすら文献の山を崩している内に、窓の外にある風景がいつの間にか青白くなっているのに気がつく。


 結局また寝ずに朝を迎えてしまった。


 生徒たちにはいつも体調管理をしっかりしろと言ってる身でこれは少しまずい。


 だが眠気は最大の山を超えて、既に変な領域に達している。

 こうなると逆に身体を休められなくなる。


 そんな事を考えながら、これを読んだら今日はここまでにして昼の準備をしようと決めて、山の一番上にあった本を開く。


「ん……? これは……」


 そこには幽鬼種に関する興味深い事柄が記されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ