第35話:お取り寄せ
「よし、それじゃあ今日はもう休め」
フェムを私室の前まで送り届けて告げる。
「でも……」
「いいから、しばらくゆっくり休め。昼からの授業も今日は休みだ」
それでも躊躇する様子を見せるフェムを半ば押し込むような形で部屋に入れる。
あの規模の魔法だ。身体や精神にも相当な負荷がかかっているはず。
これからの為にも今はしっかりと休んでもらいたい。
「さて……」
フェムの説得にとりあえず成功し、新たに固めた決意を胸に廊下を歩く。
俺に任せろとは言ったが、現実はそう簡単な話ではない。
あの規模の魔法を行使する一個人と相対し、それを制御出来るように指導するなんてのは初めてだ。
当然、これまでやってきた魔法指導の常識は通用しない。
しかし、泣き言を言う暇もない。
やらなければ俺にもあの子にも先は無いのだから。
「ロゼ、ここにいたのか」
屋敷の中を歩いていると、探していたメイドの姿を発見する。
「フレイ様、フェム様は?」
「見つけて、今は部屋で休んでもらってる。もう安心してくれていい」
「分かりました。安心させていただきます」
少し間の抜けたやり取りだが、ロゼの表情に僅かではあるが安堵の色が浮かぶ。
それから続けて、本題を切り出す。
「ロゼ、それで用意してもらいたい物がいくつかあるんだけど頼まれてくれるか?」
「はい、なんなりとお申し付けください」
当然のようにそう答えたロゼに対して必要な物を次々と注文していく。
まさかあの時は冗談半分だと思っていたやり取りがこんな形で実現するとは思わなかった。
「――と、言った感じの物が必要なんだけど用意出来るか?」
「はい、数日ほど時間を要させて頂く事になりますが、可能です」
「じゃあ任せた。なるべく早く頼む」
「かしこまりました。届き次第、お部屋の方にお持ちいたします」
ある意味で最も困難だと思われたその工程は、たったそれだけのやり取りで完了された。
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「ねぇ、フレイー……フェムは大丈夫なの?」
あの日から数日後、五人姉妹が一人欠けた中での授業中にサンがそんな言葉を口にする。
消失した山のこともあって、隠し通すのは無理だと考えて四人には事情を全て伝えている。
妹がこの場に居ない事を心配に思うのは当然だろうが、フェムには俺の準備が整うまでは授業も休んで心身ともに十分な休息を取ってもらう事にした。
「大丈夫だ。全部俺に任せて、お前はしっかり自分の勉強をしろ」
「うへぇ……」
サンが舌を出して、億劫そうに机に突っ伏す。
「先生は大丈夫なんですか……?」
今度はフィーアが心配そうに尋ねてくる。
「俺? 俺は尚更大丈夫だぞ」
「でも目の下にすごく大きな隈が出来てます……」
「ん? そうなのか?」
「はい……」
目の下を軽く擦る。
いや、擦っても取れるわけがないか。
自分では全く気にしてなかったが、ここまで心配されるってことはさぞ大きな隈が出来ているのかもしれない。
確かにあの日以来、朝昼の訓練と授業に加えて夜にも仕事が増えたのでほとんど寝ていない。
「とにかく心配しなくても大丈夫だ。大船に乗った気持ちでいてくれ」
この程度の寝不足は修行時代に比べたら大したことはない。
あの時は寝るよりも気がついたら意識を失っていた時の方が多かった。
我ながら無理をしていたもんだ。
「サン、フィーア。私達はこの人を信用して大人しく待っていればいいのよ。でしょう?」
イスナが落ち着いた口調で二人に言う。
変わりようにはまだ慣れないが、俺を信頼して妹を任せてくれているのは何よりも心強い。
イスナの問いかけに、二人がゆっくりと首を振ったと同時に入り口の扉が開かれてロゼが教室内に入ってくる。
「授業中に失礼します」
「どうした?」
「フレイ様のご要望の品々が届きましたので、ご報告をと」
「全部か?」
「はい、全て揃っているのを確認しました」
表情を変えずに淡々と言うロゼに対して、俺の心は玩具を前にした子供のように昂ぶっている。
「よし! それじゃあ今日は少し早いけど、授業は終わりだ! 明日は休みだけど、予習はしっかりとやっておくように! 以上!」
四人に対してそう告げて、すぐに自室へと向かう。
部屋の扉を開けた瞬間、目の前に山積みになった品物を目にする。
「おおっ!」
感嘆の声を上げ、それらを手にとって確認していく。
グリフィンの羽毛。
アラクノの粘液。
サラマンダーの油。
コカトリスの嘴。
バジリスクの鱗。
ミスリル鋼に、セレナイト。
などなど、注文通りの様々な魔道具製作の為の素材が間違いなく揃っている。
そして、机の上に大事そうに置かれた小さな小瓶。
それを手にとって半透明の容器越しに中身を確認する。
持っているだけで並外れた魔力を感じ取れる。
紛れもなく本物の古龍の骨髄液。
まさか自分の人生においてこれだけの品を手にする機会がくるとは思いもしなかった。
人間の世界で用意しようと思えば国家予算規模の金額がかかるほどの品々だ。
王族や大貴族の連中でも、たった一人の教育にここまでの費用をかけないだろう。
「使えるもんはありがたく全部使わせてもらうとするか」
そう独り言ちて、フェムの為に必要な魔道具の製作に取り掛かる。





