第34話:俺に任せろ
「なっ……」
えぐり取られた山を呆然と見つめる。
その原因がフェムから放たれたあの魔法だと言うのは明らかだ。
しかし、詠唱どころか何の前触れもなくあれだけ大規模の魔法が使える一個人なんてものはおとぎ話の中でしか聞いた事がない。
ましてやそれが目の前で行われたなどとは、目の前に証拠があっても未だに信じられない。
「そうだ……。フェム……フェムは大丈夫か?」
あのローブ姿の少女がいるはずの方向へと振り返る。
彼女は俺に顔を見られた時と全く同じ姿のまま、目を丸く見開いて固まっていた。
そんな彼女と再び視線が重なる。
「ご、ごめんなさい……!」
自身がしでかしてしまった事態の大きさに恐怖しているような震える声。
再びローブを被り直すと俺の元から逃げるようにどこかへと走り去っていった。
「お、おい! 待て!」
「ごほっ、何なのよ……。何が起こったのよ……」
フェムの後を追おうとした時、後ろからイスナの声が聞こえる。
「イスナ、怪我はないか?」
彼女の側へと駆け寄って尋ねる。
その身体は爆風で飛散してきた砂埃に塗れている。
フェムの事も放ってはおけないが、目の前にいるイスナの安否も確認する必要がある。
「け、怪我はないけど……。あれは何……、山がものすごく愉快な形になってるんだけど……」
イスナも遅れてそれに気がついたのか、血の気が引いているような表情でそれを見つめている。
何度見てもそれは現実感の無い光景だが、紛れもない現実だ。
もしあの時、俺が声をかけずにイスナがもう一歩前に出ていたらあれが直撃していたかもしれない。
考えるだけで身の毛がよだつ。
「サンとフィーアは?」
「二人共、先に屋内に戻ったから大丈夫だと思うけど……。あれって……フェムがやったの……?」
イスナは困惑と恐れの入り混じったような声で口籠る。
「ああ、でも意図的なものじゃない。明らかに暴走した魔法だった」
「暴走……それであんな……」
イスナが再び消失した山の方を見ながらゴクリと音を鳴らしてツバを呑む。
「とりあえず俺はフェムを探す。お前はロゼに報告してきてくれ」
「う、うん……分かったわ」
それぞれの為すべきことを決めて、二手に分かれる。
フェムがどこに行ったのかは分からない。
とりあえず思いつく場所を手当り次第に探すしかない。
屋敷の中を駆ける。
まずは姉妹たちの部屋が並ぶ廊下、その一番奥にある扉の前に立つ。
フェムの自室だが、中から誰かがいるような気配は伝わって来ない。
申し訳なく思いながら、少しだけ扉を開いて中を覗く。
本が沢山並んだ本棚以外には物の少ない部屋。
しかし、フェムの姿はどこにも見えない。
自室に戻っていると考えたがどうやら安直すぎたようだ。
そのまま教室、食堂、庭園など過去にフェムを見かけた事がある場所を手当り次第に探すがその姿は全く見つからない。
ここに来て自分がフェムの事をまだ知らなさすぎる事を心の中で後悔する。
「フレイ様」
フェムの捜索を続けている最中、ロゼと出くわす。
「ロゼか、イスナから事情は聞いたか?」
「はい、フェム様を探しておられると」
「ああ、見かけなかったか?」
「いえ、念の為リノにも探すようにと言付けましたが、まだ見つけたという報告はありません」
「そうか……」
そう言うロゼ本人もこれまで探していたのか、その呼吸が僅かではあるが荒くなっているのが分かる。
「フェムのあれの事は知っていたのか?」
「周囲で魔法に関する異常が度々起こっているとは聞いていましたが、まさかあれ程の事になるとは……」
ロゼが大きくえぐり取られた遠景の山を見ながら呟く。
このメイドをしてもそれは想定を遥かに大きく超えた出来事だったのか、その言葉の端々から焦燥が感じ取れる。
「他の皆は大丈夫だったのか?」
「はい、無事を確認しています。敷地内の建造物にも大きな被害はありません」
「不幸中の幸いだな。俺は外を探してくるから、ロゼは屋敷の中を頼む」
「かしこまりました」
二手に分かれて、再び屋敷の外へと出る。
次に目指すのは朝練をしていた広場のその先。
確証は無いが、後はそこくらいしか思いつく場所がない。
今朝、イスナに標的にするように言った木を越えて茂みの中へと入る。
フェムが嘘をついていないなら、お気に入りの場所がこの先にあるはずだ。
雑多に生い茂っている腰ほどの高さほどの草をかき分けて、奥へと進んでいく。
辺りを見回しながら、見落としがないように慎重に進んでいると草木が薄くなっている場所を発見する。
一際大きな木の根本にある樹洞。
その中で膝を抱えて丸くなっている少女を見つけた。
「ようやく見つけた」
声に反応したのか頭がゆっくりと動き、俺の方へと向けられる。
あの可愛らしい顔は隠されて、再び大きな布を目深に被っている。
「いい場所だな。確かにここなら読書も捗りそうだ」
聞こえるのは風と草木が織りなす自然の音だけ。
後と時折響く鳥獣の鳴き声くらいだ。
読書をするにはもってこいの場所だと言っていいだろう。
「ごめんなさい……」
フェムは再び、今にも消え入りそうなか細い謝罪の言葉を口にする。
「それは何に対して謝ってるんだ? あの魔法の事か? それともいきなり逃げた事か? 前者なら大丈夫だ。誰も怪我はしてないし、何も壊れてない。イスナがちょっとシャワーを浴びる必要があるくらいだ」
まずはこの子を安心させてやる必要がある。
あれの発生原因が俺の考えている通りなら、そうしないと再び起こる可能性がある。
「後者に関しても俺は怒ってないから気にするな。こんなところにいたもんだから探すのに少し骨は折れたけどな」
屈んで目線の高さをフェムに合わせる。
近くで見るとその身体を包んでいるローブは木に何度も引っ掛けたのか、至る所がぼろぼろになっている。
あの後、逃げるようにここまで走って来たのが分かる。
「ごめんなさい……」
顔を伏せ、身体を小さく震えさせながら三度目となる謝罪の言葉を口にした。
「それにしてもすごい魔法だったな。二十年以上生きてきて、あんな規模の魔法は初めて見たぞ」
フェムは膝を抱えて、顔を伏せたまま何も言わない。
あの暴走したと思われる魔法に関してはロゼや姉妹の誰もが知らなかった。
きっと誰にも迷惑をかけたくなくて、この子が一人で抱え込んできたんだろう。
もしかしたら、過去に何かがあったのかもしれない。
そこまで詮索をするつもりはないがある程度の想像はつく。
しかし、それでもこの子は今ここにいる。
それは単に父親の命令だからというわけでなく、あれをなんとかしたいという思いを持っているからに違いない。
ならば俺の為すべきことはただ一つだ。
「大丈夫だ」
片手で握りこぶしを作って、フェムの見える位置に突き出す。
「俺に任せろ」
そして、親指を立ててそう宣言した。





