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第18話:朝の訓練

「あー、違う違う。そうじゃなくて、こうだ。こう」


 朝食後、裏の広場で授業が始まるまでの空き時間を使ってサンに格闘術の手ほどきを行う。


「んー……こう?」

「そうだ。それを続けてやってみろ」

「難しいなぁ……」


 サンが苦い顔をしながら俺が教えた動きを繰り返す。


 まず教えているのは身体の動かし方。


 殴る、蹴ると言った基本的な動きの一つを取っても、各部位の細かい動作がいくつも織りなして出来ている。


 武道の理を学ぶ前に、まずはそれを何度も何度も繰り返して、最適な動きを身体に染み込ませていく必要がある。


「基本は下半身だぞ。地面を意識しろ」

「下半身……地面……。んんー……」


 これまでは天性の物だけでやってきた反面、理屈を覚える事は苦手らしい。


 かなり苦心しているように見える。


 しかし、本来なら数年はかけて覚えるような事を三ヶ月で形にする必要があるので手を抜くわけにもいかない。


「とりゃあ!」


 掛け声とともに放たれたサンの綺麗な回し蹴りが空を切る。


「わっ! 今の何かいつもと違った!」


 その言葉通り、横から見ていても今の一撃はこれまでのものと比べて格段にキレがあった。


 流石のセンスと言ったところか、苦心していたように見えても飲み込みが早い。


 これなら三ヶ月である程度まで形に出来るかもしれない。


「今の感覚を忘れないように続けるんだ」

「うん!」


 笑顔と共に気持ちの良い返事が返ってくる。


 最初こそどうなるかと思ったが、一度懐いてくれれば良い子だ。


 これで他の子も同じくらい扱いやすかったら楽なんだが、そうもいかないのが現実だ。


 サンの鍛錬を見守りながら、姉妹達の事を考えていると……


 背後の森、その中にある一本の木の向こう側から微かに気配を感じた。


「誰かいるのか?」


 気配へと向かって声をかける。


「え?」


 サンは鍛錬に夢中でその気配を察知出来ていないのか、木に向かって話しかける俺に対して当惑の声を出す。


 念の為に、守るような形で木とサンの間に立つ。


 この子たちは魔王の娘だ。

 いつ、どこから、どんな奴が襲ってきても不思議ではない。


 自然の音だけが聞こえる間が数拍続いた後に、木の裏からゆっくりと人影が現れる。


「なんだ、フィーアか」

「あはは……お、おはようございます」


 照れくさそうな笑みを浮かべながら、四女のフィーアが俺たちの前に姿を現した。


「そんなところで何をしてるんだ? お前も朝から運動か?」


 その身体はいつもの女の子らしい服装ではなく、動きやすそうな運動着に包まれている。


「えっとですね……その……実はですね……」

「実は?」

「サンちゃんと先生が廊下でお話ししていたのを……盗み聞きしちゃってですね……その……」

「自分も一緒にやりたいと?」


 まごつきながら言葉を紡いでいるフィーアの先回りをする。


「えっと、はい……」


 どうやら正解だったらしい。

 フィーアが暗がりの中で少し顔を赤らめながら頷いた。


「えー……フィーアもやるのー……?」


 サンが口を尖らせて露骨に嫌そうにしながら言う。


「こら、そんなことを言うな。姉妹だろ?」

「だって、フィーアってすごいどんくさいんだもん……」

「うぅ……。やっぱりそうだよね……。私が混ざったらサンちゃんの迷惑になっちゃうもんね……」


 サンの言葉を受けたフィーアが暗がりの中でしゅんとして顔を伏せる。


「だからそういうことを言うな。あんまり意地が悪いとお前にも教えないぞ」

「ちぇっ、仕方ないなぁ……」


 渋々と言った様子だが、サンも了承する。


 姉妹でもう少し仲良くして欲しいものだが、ここに来たばかりでこの子達がこれまでどういう生活をしてきたのか知らない。

 深く踏み込むのはまた難しいので、こういう場を利用して少しずつ探っていくしかなさそうだ。


「よし、フィーア。こっちに来い。一緒にやるぞ」

「え? は、はい……!」


 そう言ってやると、フィーアは一瞬だけ躊躇ってすぐに俺たちの方へと向かって小走りでやってきた。


「それじゃあ……まずはどれくらい出来るのか見せてもらうおうか」


 側まで寄ってきたフィーアにそう告げる。


「は、はい! 頑張ります!」

「そんなに緊張しなくてもいいぞ。見るだけだからな、別に上手く出来てなくても大丈夫だ」

「はい! が、頑張ります!」


 自分で呼んでおいてなんだが、心配になってくる。


 緩すぎるのも問題だが、これだけ緊張しているのもそれはそれでやりづらい。


「それじゃあ、サンと同じ様にやってみせてくれ」


 隣でまだ蹴りの練習を続けているサンを示す。


 普段のスカート姿なら色々と危なくて出来ないが、今は気合たっぷりの格好をしているので大丈夫だろう。


「サンちゃんのと同じ様に……は、はい……やります……やってみせます……」


 まるで死地へ送り込まれる前の一兵卒のような表情をするフィーア。


 額には大粒の汗がいくつも浮かんでいる。


「本当に緊張しなくていいからな。リラックスだ。リラックス」


 緊張を解す為の言葉をかけてやるが、その言葉も届いていないように無言のまま身体をガチガチに強張らせている。


 これ以上声をかけても逆効果になりそうだ。


 心配だけど、今はとりあえず事を見守るしかない。


「い……いきます……」


 大きく深呼吸をしたフィーアがそう言ってから構える。


 そのぎこちない所作を見ているだけでこっちまで緊張してくる。


「えいっ!」


 掛け声に合わせて足を高く振り上げたと同時に、もう片方の接地してあった支えになるはずの足が――


「きゃっ!」


 地面の上を綺麗に滑った。


 そのまま広場全体を揺らしたかのような大きな尻もちをついた。

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