07:いよいよ本領発揮です?
なに今の…。
「あはは…、―――きっと目が疲れてるか、頭が疲れてるのね」
きっとそうに違いない。
だから幻覚を見たりするのだ。
思えば今日は異世界に飛ばされてきた初日。
自分でも気づかないうちに心労が溜まっていたのだろう。
(私も、たまには自分をいたわってあげないと…)
リアンは遠い目をすると、タルマが作ってくれた残りの夕飯を無心で口へ運んだ。
そうして空腹を満たすと、リアンはベッドに寝転がって再びウィンドウを開く。神父が言っていた『魔法や剣技のスキルがひとつでもあればラッキー』という言葉を思い出したからだ。
もし自分にそれがあれば、呪詛を避けながら生きていく方法も見つかるかもしれない。
だがそれらしき画面を開いたリアンは首をかしげた。自分が予想していたものとだいぶ違ったからだ。
スキル画面に文字は見当たらない。
ただし中央に6つの見慣れぬアイコンが浮かんでいる。
もしかしたらこれも文字の一種なのかもと思ったが、少なくとも神父が教えてくれた文字とはまた別のタイプの言語のようだった。
(異世界人だと、スキルがちょっと特殊だったりするのかなぁ…)
リアンはアイコンの一つを長押しする。
すると≪火≫という説明が浮かび上がると共に、そこからさらに樹形図のような新しい階層が展開された。その先には≪火炎≫≪爆発≫のアイコン。…中には≪強化≫や≪繰り返し≫など、にわかには使い方の分からないアイコンまである。そしてそれらのアイコンを長押しすると、またさらに新しい階層が現れる。
(んん…? これ本当に魔法なの? …一体どうやって使うんだか…)
リアンは首をひねった。
これではまるでマインドマップだ。こんな単語ばかりを集めたところで――。
そこまで思った時、はたとリアンは気づいた。
これらの言葉を組み合わせて起動させるのが魔法なのだとしたら、言語を用いてコマンドを実行させるプログラムと似ている。もしそうなら、これは自分の得意分野だ。これらのアイコンをプログラム言語だと思えば、魔法を構築して発動させることも出来るかもしれない。
問題は記述の仕方だが…、
(う~ん…これだけの言語数があるんだから、まずはもっと使いやすいインターフェイスにしてほしいな…)
いちいち樹形図を長押しして先にあるアイコンを探すのは面倒だ。
するとそれに呼応したように、ウィンドウの中身がさっと変わった。張り巡らされた血管のような樹形図から、全てのアイコンがひと目で見られるリストへと。
(おお! こっちの方が見やすい…オシャレ感は皆無だけどね…!)
どうやらこのウィンドウ内はリアンの思考に合わせて多少変更が利くようだ。ならばとまずは日本語を常時表示。アイコンもわかりやすいように色で分類、ついでにソートと検索機能も追加しておく。
あとは実際の発動方法だが…どうやらこれもアイコンで制御するらしい。即時発動の他、時間指定の遅延発動もあるのはなかなか便利だ。
(試しに…氷でも作ってみよっかな)
水と凍らせるアイコンを選んで最後に発動を押す。
すると、右手の中に紫色の淡い光をともなって魔方陣が現れる。その中央に刻まれているのはアイコンと同じ形。やはりこれは魔法専用の文字だったようだ。――やがて、右手から何かが抜け出ていくような感覚と共に、手の中にこぶしほどのサイズの氷が生成された。
それを見て思わずリアンは「おおおお…」と声を上げる。
(これが…魔法…! すごい、私でもちゃんと使えるんだ…!)
手の中が冷たい。恐る恐る舐めると、それは間違いなく水から出来た氷だった。
見れば魔力の数値が3減っている。リアンは初めて使う魔法に、年甲斐もなく興奮を覚えた。この力を使いこなせれば、冒険者になることも不可能ではないかもしれない。
しかもどうやら一度組んで発動させた魔法は、脳内に情報として蓄積される。――つまり自動でショートカットが生成されるらしい。右手をかざすだけで魔法が打てるなど、なんて素晴らしい機能なんだとリアンは氷生成をひたすら連発し…、
――そして魔力切れを起こして気を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、リアンは身支度も早々に冒険者ギルドへ向かった。
少し遠いとタルマから聞いていたが、それでも同じ村の中だ。想像以上というわけではない。
道なりに進むとひときわ大きな建物が見えてきた。この村では珍しく二階建て。きっとあれが冒険者ギルドの拠点だろう。そっと両開きのドアを開けると、室内には4人ほど武装した冒険者達がたむろしていた。
そして奥の受付には屈強な男の姿。…正直、受付に座っているより斧を振り回す方が似合いそうな巨漢だ。周りの冒険者達よりもガタイが良い。
「なんだぁお前? 冒険者…じゃないよな。村の子供か?」
リアンは顔が見えないようフードを目深にかぶり直すと、なるべく低く抑えた声で要件を伝えた。
「タルマさんの宿に居候している者です。ここで何か仕事を請け負えないかと思って…」
「ああ、もしかしてアレか。昨日ゴールボア狩りに巻き込まれたっていうチビか」
「あ、ですです」
男は「ふうん」と言うと、壁に設置されている掲示板に向かって顎をしゃくった。仕事を探すならそれを見ろということだろう。
リアンが掲示板の前に立つと、ギルド内にいた他の冒険者達の視線を感じた。子供の背丈に顔が見えないほど深く被ったフード。自分の見た目が怪しい自覚はリアンにもあるが、だからと言っていかんともし難い。
リアンは極力彼等の方を見ないように意識しながら、掲示板に張り出された粗悪な貼紙に触れていった。――隣村までの荷物運び報酬20ルク。木の実拾い30ルク。薬草採取一束50ルク。犯罪者捕縛300ルク。
…こうして見ると、最初は堅実に荷物運び…といきたいところだが…、
(う〜〜〜ん…これはないなァ)
20ルクでは流石に報酬が安すぎる。
タルマの宿は、一泊が160ルク。そして夕食のみを40ルクで提供している。となると報酬20ルクのクエストでは、無事達成出来たとして一食分すら賄えない。
ならばここは多少無理してでも薬草採取を請け負うべきだ。
20ルクぽっちで隣村まで行くとなるとあまりに時間の浪費が激しいし、次の仕事につなげることも期待できない。薬草採取なら一束で50ルクの報酬。その上たとえ採り過ぎたとしても余りはギルドで買い取ってくれるそうだから、追加報酬を見込むことも出来る。
見つからない場合のことも考えないではないが…、リアンにも全く考えがないというわけではなかった。
「これ、受けたいんですけど…」
「おお珍しいな、薬草か。…ちょっと待ってな」
男は受付の裏に一旦引っ込むと、乾燥した薬草の束を持って出てきた。
どうやらこれがクエスト目標となるカリン草らしい。
「一束ってなぁこのくらいの量だ。まぁ闇雲に探してもなかなか見つからねぇと思うが、やってみな」
「はい。…あのこれ、解析させてもらってもいいです?」
「解析?」
「はい」
リアンはカリン草の束に手をかざすと、解析魔法をかけた。
これは魔素を持つ物質に対して、魔術的構造を調べるものだ。魔力の消費が極めて少ない上、生体に使えば血の穢れに引っかかるかどうかが判別できる。その上、データベース欄なるところに自動登録されるのだから、かなり使い勝手の良い魔法だった。
男はリアンの右手から魔法陣が出るのを見て目を見張る。
「驚いた。お前、そんなにちっこくて魔法使えるのか!?」
「簡単なものだけですけど」
あんぐりと口を開ける男に、魔法とはそこまで珍しいのかとリアンは内心思う。
そう言えば『魔法や剣技のスキルがひとつでもあればラッキー』だったことを思い出す。もしかすると、あまり人の前では使わない方が良かったのかもしれない。
考えあぐねているうちにも、何やら後ろから視線を感じる。これは悪目立ちしすぎただろうか…?
「他にも何か使えたりするのかい?」
「いえ全然全く。…あの! 問題ないなら、早く割符を発行してもらえますか?」
「おお、そうだったそうだった。ちょっと待ってな」
まだ話を続けたそうな男の言葉を遮って、リアンは急かした。
割符というのはクエストを受けた時、その証拠として渡される木札らしい。一枚の札を2つに分け、片方をギルド。もう片方をクエスト受注者が保管する。無事クエストをクリアした暁にはこれを提示して報酬を受け取るらしい。
木札にクエスト名・リアンの名前・ギルドの印が記載され、パキンと眼の前で割られるとその一方が渡される。
(いよいよ初クエストだ…!)
「じゃあ、せいぜい頑張りな」
「ありがとう、おじさん!」
「おじ…っ」
これで無事クエストが受注できた。リアンは男に軽く頭を下げると、足早に冒険者ギルドを出た。視線の主たちに絡まれる前に、さっさとトンズラするのが吉である。
(よし、薬草たくさん採るぞー!)
おー!と手を上げ、リアンは近くの森に突っ込んでいく。
もし自分の考えている方法が可能なら、薬草採取はそう難しいクエストにはならないはずだった。
お読みいただきありがとうございました。
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最近遅ればせながらディアブロ3にハマりました。