06:言語が理解できません?
「文字が読めない?」
大人でも子供でも生贄でも、生きていくために必要な物はまず金である。
リアンは当面の間自分が働いて生きていける方法がないかと、神父に聞いてみた。
条件は、
①子供の身体でも問題ないこと。
②身分証明がいらないこと。
③人からあまり詮索されないこと。
④文字が読めなくても大丈夫なこと。
この4つ。
しかし、4つ目を伝えると神父は何故か意外そうな顔をした。
「転送陣を作った時に、言語スキルも付与したつもりだったんですが」
「いやでも、宿屋の看板とかちんぷんかんぷんなんですけど」
「ああ…、それはもしかして」
神父は部屋の傍らにある棚から本を一冊取り出すと、それをリアンの前に広げて見せた。
「文字に触れてみてください」
「?」
言われるまま本のページに触れてみると、文字列に日本語が重ねて浮かび上がる。
「お、おお…! おおおお!! すごい、わかります! これ日本語です!」
「触らないとわからない仕掛けにしてあるんです。看板だらけの街に行ったら、視界が混乱するかもしれませんから」
「頭いい! 魔法ってこんなことも出来るんですね!?」
興奮してあちこちのページに触っていると、神父が苦笑した。
「貴女は異世界召喚者ですから特別ですよ。その本は貴族の子供達が使う教科書です。良ければ差し上げます」
「ありがとうございます!こういうのほんとに助かります~」
教科書なんて今のリアンにはぴったりの代物だ。
無邪気に喜んでいると、「それにしても仕事ねぇ…」と神父は顎に手を当て考え込んだ。
「…宿屋のタルマさんには、冒険ギルドに行ったら? って言われたんですけど」
「冒険ギルドですか…。確かに下位のギルドクエストであれば身分証明は必要ありませんし、薬草採取なら子供でもできるかもしれませんが…」
「薬草採取? …人気のない仕事なんですか?」
「ええ。山を朝から晩まで歩き回る上に、薬草のままだと買い取り単価も安いですからね。村の者でも専任者はいません。それならまだ、農家の収穫の手伝いや荷運びの方をオススメしますよ」
なるほど。
山に入って高級キノコを採るようなものか、とリアンは心の中で思案する。
確かにどこに生えてるのか目星が付けられなければ安定した収入は望めない。その上、今は子供の身体だ。体力的に不安もある。…薬草を採るだけなら誰かの手を借りる必要はなさそうだし、条件には当てはまるのだが…。
だが、次の言葉にリアンの片眉がぴくりと動く。
「…近くにある迷宮の影響で、薬草自体の物は良いそうなんですけどね」
「ほぇ…迷宮なんてあるんですね。地上ですか? 地下ですか?」
「地下です。今は封印されて入ることは出来ませんが、周辺は魔素が濃いので近くまで行く時は気をつけてくださいね」
「マソ…?」
またもや聞きなれない言葉が出てきて、リアンは首をかしげる。
「魔素とは、人が魔法を使ったり生きていく上で必要な物質のひとつです。目には見えないためわかりづらいですが、空気中に混じった生命エネルギーとでも言えばいいでしょうか…。人にとって必要な物質ではあるのですけれど、困ったことに魔素量の多い場所には魔物が出現しやすくなるんです」
「なるほど…。危険な場所だけれど、もしもそこで薬草を採取できれば良い収入源にはなるかもしれない…ってことですか」
「無事に帰って来られれば、…ですがね。――貴女は見た目よりたくましそうなので、案外いけるかもしれません」
「メンタルの強さには自信ありますけど、残念ながら体力はからっきしです…」
「あはは」
ローリスクローリターンか、ハイリスクハイリターンか。
どちらにすべきかと悩むリアンに、神父はひとまず明日になったら冒険ギルドに実際に行ってみるのが良いと告げた。たまに子供でも出来るクエストが、村人の好意で張り出されているらしい。そういうものであれば、隣村への荷物運びなど比較的安全なものがほとんどだそうだ。
「あとは貴女のステータス次第ですね。今日はもう遅いので戻った方が良いと思いますが、もし魔法や剣技のスキルがひとつでもあればラッキーです。それを使って何らかの仕事が出来るかもしれません」
「魔法スキルって…、異世界人の私にそんなもの付くんですか?」
「さて、そこまでは。召喚時に指定出来るのは常駐スキルの3つのみ。私が担当したのはそのうちの言語スキルのみですから」
となると、残り2つの常駐スキルがリアンには付与されていることになる。
まずはそれに期待か。
「それじゃ宿に戻って落ち着いたら、見てみますことにします」
「ええ、何かあればまた明日来てください」
「はい」
外を見れば日はとっくに暮れている。
魔物は夜に活性化するという。この世界での夜道は危なそうだと、リアンはフードを再び目深に被ると教会を早々に後にした。
まだまだ聞きたいこともあったが、焦らずとも時間はたっぷりある。なんせ今日からはずっとこの世界で生きていかねばならないのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして夜。宿の屋根裏部屋。
暮れる夜道を急ぎ戻って来たリアンは、用意された食事を部屋に持ち込むと、もぐもぐと口を動かしながらステータスウィンドウを開いていた。
下の階は客の声で賑やかだ。どうやらこの宿は宿泊だけでなく食事のみの提供もしているらしい。
タルマの用意してくれた料理は、幸いなことにどれもとても美味しい。彼女の腕を疑っていたわけではなくこの世界の味覚基準が自分と合うか、そちらが心配だったのだ。だがこれを食べる限り、不安に思う必要はないらしい。
肉と野菜がふんだんに入ったスープとパン。多少味付けは濃いが、異世界へ来て最初の食事としては最高だ。
だがそれにしてもリアンの顔は浮かない。
理由はただひとつ。見つめる先の自分のステータス画面がとんでもない内容だったからだ。
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魔術師
レベル1
体力 24 / 24 魔力 36 / 36 生命力1286 / 1286
常駐スキル:自動翻訳 / 魔眼 / 魔素循環
常駐加護:魔王の盟約
常駐呪詛:血の穢れ
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上から順に見ていくに、
魔術師――これはまぁわかる。というか本当に魔術師なら、異世界人である自分にも魔法が使えるということになる。むしろラッキーかもしれない。
そしてレベル1。体力と魔力。…この辺も問題ない。数値が低すぎて不安だが、そこはそれ。レベル制なのだから、ゲーム同様今後の経験次第でなんとかなるだろう。
だが生命力。
わからないのはこの辺りからだ。
なぜ体力の他に生命力があるのか。いや、もしかしたら体力も魔力と同じでスキルを使う度に減っていくものなのかもしれない。残念なことに、体力・魔力・生命力の3項目については、説明の記載がない。
そしてさらにもっとわからないのはここからだ。
常駐加護と常駐呪詛。
お前達は一体なんなんだ。
「てか呪詛って!」
口をもごもごさせながら思わず叫ぶ。
呪詛をかける人間なんて、自分をここに召喚した輩以外に考えられない。
一体何を目的にこんなものをかけたのかとスキル名を長押しすると、説明が日本語で表示される。
【血の穢れ】
――生命体の血液を浴びる、もしくは一定以上の生命体を殺傷すると呪いにかかる。ダメージは生命力に影響し解除されるまで行動不能。解除方法:浄化魔法および死亡時
(あっ…。これがあの時のアレか…)
リアンは遠い目をして、この世界へ来た直後のことを思い出した。
すなわち、巨大猪の血を全身に浴びて卒倒した時のことを。
(ゴールボアの血を浴びた時に気分悪くなって気絶したのは、これのせいか…)
あの時は単に気分が悪くなっただけかと思っていたが、これを見る限りそうではなかったようだ。恐らく冒険者の誰かが浄化魔法を使ってくれなければ、自分はこの呪詛が原因で早くも死んでいたのだろう。
リアンは思わず頭を抱えた。
「誰がこんなこと考えたのよ…、これじゃあ魔物退治なんて受けられないじゃない!」
生命体を殺傷ということは、そこにいる虫を殺してしまっても呪いを受けるということだ。
もしかすると草木を引っこ抜いても発動条件に当てはまってしまうかもしれない。
こうなったら常駐呪詛の逆、…常駐加護に期待するしかない。
スキル名が『魔王の盟約』なんて、むしろこっちの方が呪詛のようだが…。
リアンは祈るような気持ちでスキル名を長押しした。
【魔王の盟約】
――これは魔王クラスに属する者(以下『甲と称する』)と、立花瑠璃亜(以下『乙』と称する)の関係性において契約を交わしたものである。なおこの盟約は双方が接触した日に施行され、命尽きるまで効力を発揮するものとする。第一条(誓約事項)前程条件として甲と乙の生命回路の一部を共有するとする。これはあらかじめ定められた生物としての差異を埋めるものではあるが、完全に一致化させるための詳細内容は別途記載するものとする。まず生命回路につ――
―――――――――パタン。
リアンは真顔でウィンドウを閉じた。
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